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センセイ、セイト

作者: 快丈凪


俺は篠田(しのだ) 幸司(こうじ)。社会科教諭兼3年5組の担任だ。


俺はクラスの江原(えばら) 雅美(まさみ)が好きだ。


言っておくが恋愛感情は無い。ならどこが好きなのかというと、彼女の解答が面白いから好きなのだ。




江原は大人しめな子で、新学期に初めて見たときは全く印象に無かった。…というより、居たのか居なかったのかさえ分からない程だった。


ところが、クラスの顔と名前が一致しかけてきた5月、初めての中間テストで江原を覚えざるおえなかった。


例えば、『小野小町』が正解の問題を、江原は『おののまちこ』と書いていた。漢字が分からなくて平仮名で書いた様だが、見事に間違っている。しかもその字が、とてつもなく几帳面そうな綺麗な字だったので俺は尚更おかしかった。ちなみに、俺は『おののまちこ』で1ヶ月は思いだし笑いに苦しんだ。江原の顔を見ると蘇ってくるのだ。


他にも『摂政と関白』を『摂政と淡白』と答えたり、『チンギス・ハン』を『ジンギス・カン』だったり、『応仁の乱』を『公認の乱』と答えたり…。


おかげでオレは江原の顔と名前を覚え、テストが楽しみになっていた。オマケに3年生はただでさえ他の学年よりテストが多いので余計に待ち遠しかった。



教師として、不謹慎なんだろう。ベテランの先生なら絶対に怒るなり注意するなりするだろう。だが…俺は注意をしなかった。


1学期の終りに教師と生徒の面談があった。

俺は思いきって、江原に聞いてみるとこにした。


「なぁ、江原、勉強で分からないトコロは無いか?」


1学期の期末も、他の実力テストも似たような解答で、俺はまた楽しんだ。

しかし、笑ってもいられない。受験生なんだから、ふざけているならやめてもらわなければいけないし、本気で分からないなら教えなくてはいけない。

ところが、江原から返ってきた返事は、意外なものだった。


「先生、気づいてますか?私の成績が悪い教科は社会だけすよ?」


言われてみれば確かにそうだ。他の教科はほとんど90点代。ズバ抜けて社会だけが悪かった。


「それって、社会が特に苦手って事か?」

「…違います」

「あ、俺の教え方が悪いんだ」

「それも違います」

「…じゃあ…何で?」


すると江原は俺を見て言った。


「先生が好きだからです」


   …はっ?


頭が真っ白になった。

…江原が俺を好き?

俺は教師だぞ。

オマエは生徒だぞ。

何より…それと珍解答と…何の関係があるんだ?


「先生、あの解答見て、私の名前を覚えたでしょう?目立たない大人しい生徒でなくなったでしょう?」

「…その為に…コントみたいな解答書いてたのか?」

「はい。毎回テストの度に、どうすれば面白くなるか考えてました」

大真面目な顔の江原。


江原は嫌いじゃない。むしろ好きなのかもしれない。

でも…

江原は生徒であり、

中学生であり、

10歳も年が離れている。

例えそれが言い訳でも。


「江原…」

俺はどうやったら江原を傷つけないように答えられるかを考えた。


「先生の事、1年の頃から好きでした。3年になったら先生は担任になった…チャンスだと思ったんです」

「なら、成績に影響しない様にすれば良かったじゃないか。成績はお前の一生を左右するかもしれないんだぞ」


「先生が私を好きになってくれるかどうかも、私の中では一生を左右します」

キッパリと言う江原。


…ああ言えばこう言うヤツめ。頭が良いヤツはこれだから…。

よし。オマエがその気なら…。


「オマエ、今よりいい女になれ」


「はっ?」

今度は江原が驚く番だった。


「いい女になって、俺を好きにさせてみろ。悪いが今のオマエを、俺はは恋愛感情どころか女として見ることは出来ない」


呆然とする江原。

そりゃそうだ。

俺も我ながら呆然としてるさ。


「今より、ひとまわりもふたまわりもいい女になれ。その為にはどうしたらいい女になれるか考えるために勉強して、行きたい学校に入っとけ」


そうだ、それでいい。

教師に恋する生徒など、いるだろうがそんなものは一時的だ。今に同世代の男の方が良くなってくるさ。


すると、江原は席を立ち上がり、たった一言

「分かりました」

と答え、去って行った。



それからの江原は1学期の成績が嘘のように良い成績を取り続けた。

そして、この辺でも有名な進学校へ行った。



5年後―…

俺はやはり3年生の担任をしていた。

江原の様な生徒は居なかったけれど、問題なく過ごしていた。

30歳になった今も独身だ。親や周りは結婚しろとうるさいが、心のどこかで結婚を嫌がっていた。

…江原の事があるから?

…んな訳あるか。


江原のその後は全く知らない。悪い噂も、良い噂も。…達者な証拠じゃないか。



「篠田先生、校長がお呼びです」

若い女の先生に言われた。

…校長?

…なんかやったかな…俺…。


頭の中でイロイロ考え、校長室へ向かった。

「失礼します…」

おそるおそる入る。…やっぱ、いくつになっても、校長室は良い所じゃないな…


「おぉ、篠田先生。待ってましたよ」

人の良さそうな笑顔の校長。

「はぁ…それで?どんな用件でしょう?」

「前に言っていた教育実習の先生を紹介します。さ、江原先生」


…おい…。

今…何て言った?


「お久しぶりです。篠田先生」

そう言って、美人な…女子大生が現れた。

   …江原だ。


化粧で少し印象が明るくなったが、昔の面影が残っている…。


「何でも江原先生は教え子なんだそうですね、篠田先生。イロイロ教えてあげて下さい」

にこにこする校長。

まさか俺がコイツに5年前に告白されただなんて…夢にも思って無いだろう。


「校長、お電話です」

職員室から事務の先生が呼ぶ。

「はいはい。ま、そういう事なので篠田先生、ヨロシクお願いしますよ」

そう言って、校長は職員室へ消えていった。



「…ビックリしました?」

二人だけの校長室で江原が言う。

「当たり前だ。いい女になれとは言ったが、教師になれとは言わなかったぞ」

「これが私の答えです」

「答え?」

「だって、いい女になったって、先生に見てもらえなきゃ意味ないでしょ?」

「…だからって…」

「私、全く諦めてませんから。先生の事」

「は?」

「先生、独身なんでしょ?待っててくれたんじゃないですか?」

「違う。いい女が居なかっただけだ」

…半分ウソだけど。


「私、いい女になったつもりです。見てて下さい」

はじけるような笑顔で言う江原。

「いい女なんて、自分で言うもんじゃない。それに、5年やそこらでいい女にはなれないぞ」

俺は真面目な声で言った。もちろん、照れ隠しだ。

「はいはい」

江原はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、相変わらずにこにこしていた。



参ったよ。

俺の負けだ。

でも、最後まで抵抗してやるからな。

例えオマエがいい女でも…。


鼻唄混じりに校長室を出ていく江原を見ながら、俺はこれから始まる実習期間の戦略を、あーでもない、こーでもないと張り巡らせていた。



俺に勝ち目は無さそうだけどな。



いかがだったでしょうか?今回はいつもと違う作風に挑戦しました。珍解答は考えていて楽しかったです。もし機会があれば、コメディーにも挑戦してみたいと思いました。

ここまで読んでくださってありがとうございます。また別の小説でお会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
[一言] ひねりがきいていて面白かったです。他作品も読んでみますね。
[一言] 素敵でした。生徒さんのキッパリな発言が とても印象に残りました。 これからも頑張ってください*
[一言] とっても面白かったです。なかなか、ふわりとしていて読みやすかったです。
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