ロジック
いつものように部員でもないのに文芸部にやってきた彼女に、僕は待っていましたとばかりに勝負を持ち掛けた。
「やあ、いらっしゃい。さっそくだけど勝負をしようよ」
「相も変わらずいきなりだな。机の上に置かれたコップから察するに、勝負の内容は早飲みといったところか」
彼女は机に置かれた大小様々なコップを一別するとそう言った。
僕もその通りなので素直に頷く。
「そうだよ。どっちが先に飲みきれるか勝負しよう」
「女性相手の勝負ではないな。らしくないじゃないか?」
「もちろんハンデをつけるよ。僕はこの大きいコップで十杯飲む、そっちはその小さいコップで一杯飲めたら勝ち。お互い邪魔できないように相手のコップに触ったら負けだよ?」
「ふむ……いいだろう、受けて立とう」
彼女はいつものように底の知れない妖しい笑みを浮かべて、僕の勝負を受けた。
僕は内心でほくそ笑みつつ並べたコップにジュースを注ぎ、それが終わるとひとつの提案をした。
「さすがにこのハンデは大変だから、先に一杯だけ飲ませて欲しいんだけど、いいかな?」
「ああ、かまわないさ」
勝利を確信する僕に、彼女はやはり妖しい笑みを浮かべたまま応えた。
「それじゃあ、ごく……ごく……ごく…………ぷはぁ!」
僕はコップの中身を飲み干すと、その空の大きいコップを逆さにして彼女の小さいコップをすっぽり覆うように置いた。
相手のコップに触ったら負け、彼女は彼女のコップに被された僕のコップに触ることができないので、自分のジュースを飲むことができないのだ。
僕はしてやったり顔で彼女を見るけど、
「飲み終わったな? では始めようか」
「え?」
彼女は相変わらず妖しい笑みを浮かべたままそう言った。
「さあ、始まっているぞ? あと九杯も飲まないといけないんだ。急ぐことを推奨する」
彼女はそう言い残して部室を出て行った。
ひとり部室に残された僕は彼女の意図が理解できず頭の上にハテナマークを浮かべた。
そこへ一分と経たずに彼女は戻ってきた。隣の茶道部の部員を連れて、だ。
「おや? まったく進んでないじゃないか、余裕だね?」
「え? そっちはコップに触れないから僕の勝ちだよ?」
「やはりその程度の浅知恵か……頼む」
彼女はつまらなそうに茶道部員に指示をした。茶道部員は頷くと、彼女の小さいコップを覆っていた僕の大きいコップを取り去ってしまった。
「ご苦労。ではいただくか……」
彼女はそういうと呆然とする僕を目じりに、かわいらしくコクコクと喉を鳴らして小さいコップのジュースを飲み干してしまった。
「ふぅ、いい味だ」
「反則だ!」
「反則じゃないさ。キミがルールに存在しない方法でわたしの妨害をしたように、わたしもルールに存在しない方法で解決をはかっただけさ……それにしてもいい味だ、もう一杯いただこう」
彼女は意地悪く笑い僕のコップを取り上げる。
「コク…………それにわたしは親切にも打開作が存在することを暗示したはずだ『急ぐことをおすすめする』と、この程度のヒントにも気付けないキミが悪い」
「むぅ…………そんなに僕とつき合うのはイヤ?」
彼女はその問に答えず、妖しい笑みと共に部室を出て行った。
…………。
…………。
…………。
「むぅ…………そんなに僕とつき合うのはイヤ?」
彼は子供のようにむくれて、それから少し切なそうにわたしに問いかけた。
わたしはそれに答えることなく彼の部室をあとにした。
わたしは唇に触れた、鼓動が煩いほどに自己主張する。
「その程度の論理、聞くまでもないだろう……」
赤く染まる頬を緩めながらわたしはひとり帰路につく、いつかこの道を彼と共に歩きたいと願いながら……。
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