勇者です。引き抜いた聖剣にCMが死ぬほど入るせいでノイローゼになりそうです
裏庭に埋まっていた棒切れを引き抜いたら勇者に任命された。旅の始まりにもいろいろあるけど、僕の場合はそんな冗談みたいな幕開けだ。
王様との謁見、魔術師サイレンとの出会い、大手代理店広報担当マーシャル。僕を助けてくれる、大切な仲間たち。
「どうしたんですかザック、急に恥ずかしいこと言い出して」
「そうですよ。変なリマーケティングでも受けたのですか? SEOも大事ですが、UUも大事にすべきだと私は思いますよ」
顔を赤くするサイレンと眼鏡を持ち上げるマーシャル。いつも通りだ。
「ううん。僕はただ、幸せだなあって思ってさ」
「幸福を自覚することこそ真の勇者への近道。わしもそう思うよ」
「王様……」
大して強くもない僕がここまでやってこれているのは、パーティメンバーみんなのおかげ。でも、いつも順風満帆とはいかないのが魔王討伐の難しいところ。なぜなら僕には悩みがある。
「ついに現れたな雷閃の勇者ザック、我こそは魔戒四天王が一番槍――」
《♪キミの日常を切り取ろう。無限に広がるフォトグラフ》
「うるせええええ消えろおおおおお」
僕は大嫌いなんだ。浸ってる途中に邪魔をしてくるクソ広告付きのこの聖剣が。いい加減にしろよマジでその×は閉じるボタンじゃねえのか腐ってんのかデザイナー。
「バ、バカな。この魔戒四天王の」「神聖光波!」
ああ、しまった。CMに気を取られている間に戦闘が進んでいる。今回もサイレンが敵を倒してくれたらしい。
「聖剣N1034MAの前では四天王も瞬殺ですね」
「サイレンは聖剣の力を過信し過ぎだよ……」
「わたし、これでも巫女候補でしたから」
彼女はその清廉な見た目にたがわず高位の神職者だ。旅の途中立ち寄った村で偶然出会い、なぜか僕についてきてくれている。王様いわく一目惚れらしいけど、僕は聖剣のおまけみたいなものだから違うと思う。
《♪え? 二十万円借りたのに一万円しか返さなくていい?》
「二十枚卸しにしてやるよクソがあああああ」
今さらになるけれど、この世界は今魔王によってマナのバランスが崩れて大変な状況らしい。魔王を討ち滅ぼすには魔戒四天王を全員倒さないといけないらしくて、僕らが難所と名高いシンチャックの森を分け入っているのもそういう理由だ。ちなみに今書かされてるこの日誌は実質遺書の代わりにもなるんだとか。
「そういえば、ザックは聖剣の鞘の話を聞いたことはありますか?」
森を先導しながらマーシャルがこちらを向く。
「さや?」
「ええ。この森に伝わるスキルの伝承です。聖剣N1034MAに付きまとう不視の呪い、それを抑える唯一の手段だとか」
「広告消すんじゃないんだ」じゃあいいや。
「広告? 何ですかその概念?」
マーシャルでも知らないことはあるのか。世界は広いな。でも、僕が彼に何かを教えられるなんてほとんどないから、これはちょっと嬉しいかも。
「広告っていうのはね――」
「二人とも、おしゃべりはそこまでにしておきなさい」
話を差し止めるように王様が杖を構える。いよいよ敵の砦にたどり着いたらしい。遊んでいる場合じゃない。
戦いは苛烈だった。サイレンが水魔法でリザードマンを散らし、マーシャルがコモドドラゴンとの決闘を制し、王様の権力が扉を開ける。僕も聖剣の力で微力ながら戦いに貢献できたと思いたい。
「魔戒四天王の一人、剛爪のガイウスだ。よろしく頼む」
「あ、これはご丁寧に」
ガイウスはいわゆるドラゴニュートというやつなのだろう。鱗と爪と筋肉で覆われた体で僕に握手を求めてくる。砦の灰色に赤い体躯が映えていてなんだかかっこいい。
戦いは苛烈だった。ガイウスの鱗には魔法を弾く効果があるらしくサイレンが倒れ、マーシャルの拳も種族の壁を超えられない。もちろん僕も、聖剣の切れ味を盾に拮抗状態を作るのが精一杯だ。
「隙を見せたな勇者ザック」
「あ、しまった」
一瞬の油断。聖剣を奪われたのだと気づいた時――すでに聖剣を奪われていた。
《♪君の懐にモンスターがいるなら、あなたはリジェンドだ。なぜならしかしてこのRPGには夢の冒険が待っている。君は夢に見捨てられましたか? 断じて否、放置OKの夢の冒険に繰り出そう》
「ぐ、うあああああ」めちゃくちゃな翻訳に意識が飛びそうだ。日本で売る気あんのかボケ。
N1034MAには選ばれていない人間に幻覚を見せる効果がある。あの悪夢を封じることも聖剣の継ぎ手としての責務だと、おばあちゃんも言っていたのに。
「その剣を放して、じゃないと」
「悪いがそれはできない。なぜなら」
《♪ムダ毛が多くてお困り》
「だからだ!」
「そんなこと、僕がさせない。ガイウス、君は正々堂々とした武人だった。だから」
《♪アフィリエイトで大儲け》
「なんてさせない!」
けれども眼前に広がるのは地獄の光景。広告を消すには閉じるボタンを押さないといけない。なのにそれができる聖剣はガイウスの手の中。僕は無力だ。大切なものをいつも手放してしまう。弟のことだって。
「わっ」
ばしゃりと。頭の上に冷たい水の感触。
「何をしょんぼりしてるんですか。取り戻しますよ」
「サイレンの言う通りです。このままではCPAが低いままですからね」
ボロボロの戦い。死力を尽くすサイレンとマーシャルを見ると、不思議と勇気が湧いてくる気がした。
「どうやらわしの出番のようじゃな」
王様が前に出る。杖を引き抜き、その先端をギラリと光らせる。
戦いは苛烈だった。迫りくる砦の壁。逃げ道を失った王様を助けるべく、僕らは必死に戦った。
「ザック、そっちのピン抜け」「え、どっちですか?」「左だ左」
「ガイウスは黙っててください。ザック、先に下です。マグマの出口がなくなっちゃいます」
「私のデータによると、エンゲージメント率の確保こそが重要です」
戦いは苛烈だった。でも、最後には王様も無事1024より大きな数字になって砦を制圧できた。みんなの力だ。
「ザック、迷惑をかけたな。覚悟していたが、聖剣の呪いがあれほどとは」
「ううん。ガイウスが無事でよかった」
「皆の勝利じゃな。祝杯を挙げよう」
固い握手と勝利の宴。勇者はこうでなくっちゃね。月夜の砦に楽しい声は響き続けた。
新たな仲間を引き連れて、足を向けるは呪いの館。ここには三番目の四天王がいるらしい。
「ねえガイウス、三番目の四天王って?」
「タケナカさんじゃないほうだな」
「なるほど」
《♪オホ――「死せ」
刹那、境界へと霧散する禁則事項。遅れて聖剣の魔力が空気を揺らす。
「おお、さすが勇者だな」
「なんやかんや付き合い長いからね」
旅立ちから三か月、聖剣の呪いにもある程度のパターンが見えてくる。たぶんこれが、僕の勇者としての固有スキルというやつなんだろう。聖剣を授かったはずが気づいたら一点突きを極めてました。地味だけど、ないよりマシだよね。
戦いは苛烈だった。物理無効の相手にガイウスは手も足も出ず、ウィッチ系モンスターが多いせいかサイレンの魔法も効きが悪い。マーシャルのクンフーと王様の権力がなければ危ないところだった。僕の聖剣も周囲を照らすのに大いに役立ったと思いたい。
「さすがザックです。わたしの勇者様」
「なんとかなりそうだね」
そう、三か月だ。なんやかんやで僕は旅にも戦いにも広告にも慣れていて、だから警戒というものを忘れてしまっていたのだろう。
「避けろザック!」
ガイウスの声が遠くから聞こえてきた時には、すべてが手遅れだった。
目を覚ますと、カラフルな異空間に僕らはいた。
「敵の領域魔術じゃな」王様はピンの用意を始めている。
「結界が硬すぎてびくともしません」サイレンは魔力を手繰って元の世界に戻ろうとしている。
「……僕のせいだ」
この忌まわしき原色風景。僕は知らなかった。いや違う。忘れていた。入った途端に思い出した。弟を奪われたあの日の無力を――。
「ここは道具屋だ。勝手にページ遷移しやがった」
「ポーションありますよ。買ってきません?」
戦いは嘔心瀝血・屍山血河を極めた。当然だ。道具屋の店主は龍虎相搏のアルダート、僕の弟なのだから。
「兄貴、そんなダサい剣捨てて俺と定職に就こうぜ。割引するよ」
「黙ってろ。僕はこのストアから何も買わずに出るんだ。誤タップ狙いのクソ広告が何の利益も生み出さないことを奴らに思い知らせてやる。社会人の五秒を奪うな殺すぞ」
「いや、奴らって誰だよ。兄貴大丈夫か?」
「お前と語ることは何もない。ストアの画面とともに僕の思い出から消え失せろ!」
聖剣の力を全開にした必殺の双連終撃・永劫回帰。神速の域に達した僕の魂の一撃は、ストアを空間ごと消し去る、はずだった。
「なっ⁉」
「残念、ストアの出口は幻覚で封じさせてもらったよん」
姿を現したのはボロ布をかぶった足のない魔物。そうだ思い出した。魔戒四天王の三番手、名前はなんだっけ。
「思い出せてないぞ兄貴」
「オイラの名前はポルターギュス。覚えてね」
「覚えたよ」
オルターギュスの体からひしひしと伝わってくる魔力。あれが生きている限り僕はこの空間から出られない。けれども同時に分かる。今の僕のレベルじゃあいつを倒せない。ガイウスと比べてレベル差ありすぎだろ。
「おいおい、物理無効だからってずいぶん余裕じゃないかポルターギュス」
「ガイウスさ、鑑定スキルないから知らないだろうけど、四天王最弱なんだよ?」
「かもな。だが俺にはザックがいる。仲間たちがいる」
掲げる拳。ガイウスの咆哮に呼応するように、仲間たちに士気が戻っていく。
「これはインプレッションシェア? なぜか分かりませんが、この異空間だと私の力が増すようです」
「わしもだ。なぜじゃろうな」
マーシャルと王様がオーギュスタスに向かっていく。クンフーと権力が霊体を捉え、その力を削いでいく。これならいける!
「わたしも戦います。幸いここにはポーションもたくさんありますしね」
「ダメだ」
「え?」
「ここでの買い物は許可しない」
「でも」
「絶対ダメだ」
「は、はい♡」
戦いは苛烈だった。でも勝った。最後まで僕たちは何も買わなかった。
「お願いだ、オイラの名前、忘れないで」
「ああ。忘れないよ」
消える瞬間、ポルターギュスの顔が少しだけほころんだのを、僕は一生忘れない。
長い長い旅路の果て、たどり着いた魔の枢軸。城の大広間には、確かに魔王と呼ばれるに足る圧を持つ男が立っていた。
「エイワス、ガイウス、ポルターギュス、タケナカさん。皆やられたか」
「いや、タケナカさんからは承認だけもらって通してもらったよ」
「そうか」
マントの隙間から、低い声が響く。笑っているらしい。
「笑っていられるのも今のうちです。わたしたちにはN1034MAの力があるんですから」
威勢とともに魔法を放つサイレン。水聖帰葬は嵐のごとき勢いで魔王を猛追し、けれども弾かれるように消滅する。
「な、なぜ?」「あれが旦那の絶対防御か」
「なんだあの剣は。明らかにマーケティングレシオがおかしい」
混乱する一同。でも僕にはその正体がはっきりと見えていた。
暗闇に怪しく光る刀身。確かめるまでもない。手元にある聖剣と瓜二つだ。
「厳密には少し違う。私の魔剣は製品版だ。数字は角が立つので出せないが、少なくとも広告は発生しない」
「は?」
瞬身。魔王の体が消える。とっさの突きを繰り出し身を守るも、衝撃だけで体幹を崩されるのに十分すぎる威力だ。
「ほう。よく鍛えている」
「これまでの戦いが僕を強くした。だから、負けない!」
魔王は小さく息を吐き出し、再び低く笑う。けれどそれは嘲りではなく、どこか敬意を感じさせる笑みだ。そして、剣を下ろす。
「悪いが、貴様の努力に報いることはできない。そのN1034MAは欠陥品だ。無広告版へのアップデートはできない」
「無、広告版?」
言葉が出ない。何を言っているのか分からない。
「広告? 何ですそれは」
マーシャルの呆けたような言葉が、果てしなく空虚な城の広間に残響していた。
「……なるほどな」
やがて発せられた言葉は、なぜか魔王から。
「貴様らも騙されていたというわけか」
そして魔王は語る。自らが魔王と呼ばれるようになったわけを。その悲しき歴史を。
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僕らはただ、放心したように魔王の話を聞いていた。だってそれが本当なら彼はただの青年で、悪事なんてしてなくて、本当の黒幕は。
「どうやらバレてしまったようじゃな」
闇に紛れるように、静かに翻るマント。不釣り合いなほどに輝く、王冠。
「国民を悪夢に陥れる魔剣N1034MA、魔王とともに不良在庫を処分するつもりじゃったが、深入りし過ぎたらしい」
「お、王様?――きゃ」
ピンが具現する。気づいた時にはサイレンが倒れていた。それだけじゃない。ガイウスもマーシャルも地に伏している。
そうだ。どうして気づかなかったんだ。本来なら王様はマグマに焼かれて死ぬはずだった。瓦礫に埋もれてゲームオーバーだった。なのにこの人は平然と適切なピンを引き抜いた。縦横三列を揃え続けた。それこそが王様が黒幕である証拠じゃないか。
「ザック、助けて。わたしあなたを攻撃したくない」
「ROASが足りません。ザックにクリック数を稼いでもらいます」
「おいおいこりゃ、どういう、ことだ」
立ち上がり、こちらに武器を構える三人。とっくに動ける体じゃない。なのに僕に魔法を、クンフーを、竜爪を向けてくる。間違いない。何かの呪文で操られている。
襲い来る水の波動、守らなきゃ。でもダメだ、サイレンに剣は向けられない。マーシャルも、ガイウスも、僕の恩人なんだ。
「甘いな、さすがは勇者だ」
僕を守ったのは魔王の剣。数字に出すと世界が消し飛びかねない魔剣の一撃が、空間に絶対の防壁を生み出す。
「勇者ザック、まだ動けるな」
「うん、魔王さんは?」
「フリードだ」
「いや、魔王さんは動けるかって聞いてんだけど」
「あ、はい。動けます」
戦いは――苛烈――だった。王様は広告の極致だ。踊るピン、襲い来るマグマ、そして無限に開き続けるアプリストア。
「受け取れ兄貴、悪夢を消し去るラスト・エリクサーだ!」
「絶対買わない」
きっと、紙一重の戦いだった。王様はずっと優勢だったし、みんないつ死んでもおかしくない重傷だった。勝負を分けたのは、仲間を想う気持ちの差だ。
「今だザック!」
フリードが見つけた最後の隙。仲間たちの背後に隠された×ボタン。ほとんど反射のままに、剣を振るう。
「閉じろおおおおおお」
時を忘れる三連撃。僕の旅の集大成とも言える最速の突きが、仲間たちの洗脳を打ち払う瞬間だった。
砕ける王様の体、崩壊を始める魔王城、そして剣としての姿を失う聖剣と魔剣。
「さようならN1034MA。ありがとう!」
万雷の感謝とともに、僕らは魔王城から離脱する。埋もれていく僕の聖剣。宝は得られず、平和も成せず、王様だっていなくなった。失ってばかりの僕の旅。でも、得られたものはきっとある。にぎやかになった帰り路が、その証拠だ。
「結局、広告って何のことなんです?」
「それはね――」
星明かりの中、マーシャルが楽しげに尋ねてくる。それを邪魔する広告はもはやない。だからこれは、僕らの勝利と言えるだろう。
後書き宣伝シリーズ①。魂込めて書いた長編小説が庭の枯れ木ほども伸びないからCMしてやろうと勢いで書きました。
↓各話五回くらいでいいので読んでってください。謎解けない系ミステリ風異能バトルです。
ジエンドゲーム ~探偵はホワイダニットを明かせない~
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