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偏食吸血鬼王子が咬みたいのはゴーレム娘だけ

作者: 三角ケイ
掲載日:2026/04/19

はじめまして。よろしくお願いいたします。

 ここは様々な種族が共存共栄して暮らしている魔国。その魔国を治める王の末息子であるブラッドは、侍従のボーンが食事を載せたワゴンと共に部屋に入ってくるなり顔を引きつらせた。


「ご、ごめんよ、ボーン。ボーンの提案を了承したのは僕だけど、や、やっぱり食べられそうにないよ。匂いだけで既に吐きそうなんだ。すまないが食事を下げてほしい」


 スケルトン族のボーンは少し頚椎を右に傾げた後、左手で鼻を押さえたブラッドのプルプルと震える右手の人差し指が指し示すものを視線で追っていき、それがワゴンの上に並べられた食事だとわかると、両手を腰骨に当てて胸骨を反らせ、頚椎を左右に振って言った。


「いいえ、なりません、ブラッド殿下。いいですか! たった一口、たった一口食べられるようになるだけでいいのです! ほら、見てくださいませ! 本日のメニューはシェフ渾身の作なのですよ。こちらは牛の血液だけで作られたステーキもどきで、これは豚の血液だけを腸に詰めて茹でスモークしたウインナーもどき、鶏の血液で作られたゼリー寄せもあるのですよ。もし食事はできなくとも、せめて飲み物だけはとソムリエが他国からスッポンとアザラシの血液を取り寄せてくれて、それらをワインで割った二種の飲み物も作ってくれたのです。それに食事も飲むのも駄目ならスイーツではどうかとパティシエが本日のデザートに兎の血液のムースを……」


 ボーンがメニューの説明を始めるとブラッドは顔を青ざめさせ、身体中を震わせたかと思うと、スザザザザッと思いっきり部屋の端に後ずさっていき、壁にぶつかると涙目で言った。


「本当にごめんよ、ボーン。皆にも苦労をかけさせてしまったことも申し訳なく思っている。後から皆に謝りに行くから、お願いだから、いつもの牛や山羊の乳を用意してくれないか。やっぱり僕は血を食せないよ。いくら見た目が工夫されていても臭くて口に入れるのを想像するだけでも耐えられないんだ。頼むから、それを下げておくれよ」


 ブラッドは鼻を押さえながら頼んだが、ボーンはワゴンを下げようとはしなかった。


「ええ、長年お仕えしていますし、重々承知していますよ。ですが! 今日という今日は駄目です! いいですか、ブラッド殿下! ブラッド殿下は今年28歳になられます。もう大人なのだから、いい加減に好き嫌いを言わずに一人前の吸血鬼になれとの王からのご命令です。……考えてもみてくださいよ。どこの世界に血が飲めない吸血鬼がいますか?」


 ボーンの言葉に泣きながらブラッドは口を尖らせた。


「ここにいるだろう! ここにっ! いいじゃないか、別に! 世界に一人くらい血が飲めない吸血鬼がいたってさ!」


 泣き言を言うブラッドにボーンは背を向けてテーブルに食事を並べながら言った。


「ブラッド殿下がただの吸血鬼ならば、それでも良いでしょうが、殿下はこの国を治める王のご子息で、現王であるあなたの父上は吸血鬼です。この国の吸血鬼は美味な血液を持つ者を伴侶にすることで魔力が強くなるのはご存知のはず。それに誠に残念なことに我が国では次の王となるのは、王の血縁の世襲制でもなければ、人柄や執政能力の在る無しでもなく、魔力が一番強い者と昔から決まっている。私はブラッド殿下に王になってもらいたいのですよ」


「二人も兄がいるし、他に魔力が強い者も大勢いるんだから後継者候補は十分事足りているだろう? そもそも僕は王になりたいなんて思っていないよ」


 そう答えるブラッドにボーンはブラッドの方を振り向き、気色ばむように顎骨を突き出した。


「何を言うんですか!? あんな奴らに任せたら、この国はお先真っ暗ですよ!」


「ボーン、それ以上言ってはいけないよ。兄達の耳に入ったらタダじゃ済まなくなる。ボーンは僕の大事な侍従だ。僕のために口を慎んでくれないか」


「……わかりました」


 心配げなブラッドの視線を受け、ボーンはため息をつき、また後ろを向いてカトラリーを並べ始めた。


「ですがね、ブラッド殿下。私は殿下ご自身のためにも一刻も早く伴侶を見つけてほしいのですよ。だって伴侶を定めた吸血鬼は、血以外にも伴侶となった種族と同じ物が食べられるようになりますよね。そうなればこれからは血を食さなくとも誰にも何も文句を言われなくなるんですよ。私はね、私が敬愛するブラッド殿下がこれ以上周囲の者に嘲笑されるのが我慢ならないんです」


「……」


 500年ほど昔。魔国では狼男が満月を見て、着ていた衣服を破いて裸になって狼に変身するのは公然わいせつに当たるのではないかとか、透明人間は自宅以外の場所では服を身につけるべきではないかとか、吸血鬼が直に乙女の首に咬みつき血を吸う行為は婦女暴行等々に当たるのではないかといった様々な種族に対するモラル論争がアチコチで巻き起こった。


 その結果、現在では魔国の狼男は着替えを持参し、変身する場所を選んで変身するようになったし、透明人間は服を着るようになった。


 吸血鬼に至っては家畜の血液及び献血で提供された血液を精製した血液をそのまま飲用するか、それらを加工したものを食すようになっていて、吸血行為は一生に一度の伴侶選びの儀だけとなったのだ。


「ですからね、ブラッド殿下。頑張って一口だけでも食べてみませんか? たった一口、口に入れたら案外美味しいかもしれませんよ。臭いなら完全に鼻を塞いで飲み込んでみてはいかがでしょう? ……さぁ、テーブルが整いましたよ。ワインは冷たい内に料理は温かい内に食べるのが一番美味しいのですよ。どうぞ一口でいいですから、お召し上がりを……って、ブラッド殿下? いない!?」


 ボーンがキョロキョロと部屋中を見回すと、窓枠に足を引っ掛けているブラッドを見つけた。


「っ!? 何してるんですか!」


「うわぁ、見つかっちゃった!」


「ブラッド殿下! 戻ってきて下さい! 往生際が悪いですよ!」


「ごめんよ、ボーン!」


 慌てふためいたブラッドは、そのまま窓の向こうに消えていった。ガサガサガサ……ドタン! バタバタバタ……と窓から落ちていって走り去っていく音が小さくなっていった後、窓の下の庭を守る衛兵達の呆れたような声がボーンの穴しか無い耳に聞こえてきた。


「おい、あれを見てみろよ。まるでブラッド殿下が人間みたいに地べたを走っているぞ。由緒正しき吸血鬼に生まれついたというのに、赤ん坊の頃から血液を一滴も飲んでおられないから魔力が低く、コウモリに化けて空を飛んで逃げることすら出来ないなんて何とも無様なことだな」


「次の満月の晩が次代の王を決める選定の儀だというのにブラッド殿下には恋人もいないからな。あれが王の子とは何とも嘆かわしいことだ。きっと次代の王はハイマ殿下かラットン殿下のどちらかで決まりだな」


 衛兵達の嘲笑う声を聞いて、ボーンは骸骨の歯をガチガチと鳴らせ、冗談じゃないと怒りを募らせた。長男であるハイマは人の物を欲しがる性癖の持ち主で今まで何人もの恋人達や夫婦が泣かされてきたか数知れない。


 次男のラットンは嗜虐趣味の持ち主でラットンの周囲では既に何人も消息不明となっていて、常に血生臭くて後ろ暗い噂が後をたたない。そんな二人が王になったら、この国に未来はないも同然だ。


 王族ではない有力候補の魔族も数名いることはいるが長年、魔力第一主義を貫いてきた弊害か、他の者達もハイマやラットンと似たりよったりで皆が何某かの問題があって、良識ある者とは呼べない者ばかりだ。


 それに比べ、王の末息子であるブラッドは血も吸えず、空も飛べない出来損ないの吸血鬼だが、血を食せない以外に彼にこれといった問題は他に見当たらない。


 それどころかブラッドは三兄弟の中で一番賢く真面目な性格で何より平和主義者であったため、上の兄弟や他の魔族達よりも良い王になるはずだと内心慕っている臣下が多いことをボーンは知っていた。


 だからこそ何が何でもブラッドに王になってもらいたいと思うボーンは、いつものようにため息をついた。


「全くブラッド殿下には困ったものだ。どうせ通うなら、生きた娘のいる家に行けばいいものを……」


 ブラッドの行き先はわかっている。この国でブラッドが向かう先は一箇所だけだ。森の奥にある、かつてブラッドの乳母兼主治医であった魔女の家。そこには魔女が精魂込めて作ったという、動く赤土人形……ゴーレム娘がいる。


 8年前の家出の時に魔女の家に逃げ込んだブラッドは、赤子姿の赤土人形をひと目見て気に入ってしまい、その後の20年、暇を無理やり作っては度々魔女の家がある森に行くようになってしまったのだ。







 僕が物心ついた時から世界は吐き気を催す腐臭に満ちていた。父や兄や他の吸血一族達が芳醇な香りだと評する女性達の血も、自分の鼻には生臭い鉄の塊か饐えた泥水のようにしか感じられなかった。


「また吐いたのか。この出来損ないめ」


 父の冷ややかな視線と兄達の嘲笑はいつものことだった。吸血で生きる魔族にとって血を飲めないことは死を意味するのだから、彼らが僕を出来損ないと言うのは当然のことだった。だからそれに怒りは感じなかったが、ただ悲しかった。


 この国の三番目の王子として生を得た僕は吸血鬼の息子でありながら、どういうわけだか生まれつき血の匂いが苦手だった。


 卒乳の時期に離乳食として与えられた牛の血を全く受け付けず衰弱していくばかりだった僕を助けてくれたのは、僕の乳母兼主治医でもあった魔女だった。魔女は「乳も血液から作られたものであるから」と、獣の乳やそれを加工した食品を血の代用品とすることで僕を生かしてくれたのだ。


 魔女には感謝しているが、血が飲めないなんてと侮蔑や嘲笑をする家族や周囲の者達に囲まれて育った僕は、そんな風に生まれついた自分を恥じていたし、情けないと思いながら生きてきた。


 そんな僕にとって周囲を気にせず、ゆっくりと過ごせる唯一の場所は、森の奥にある魔女の家だけだった。乳母を辞め、森に戻ることにしたと告げる魔女は「僕には息抜きが必要だ」と言い、「一ヶ月に一度は顔を見せに来い」と言って城を出ていったのは僕が8歳の頃だった。


 魔女がいなくなって寂しくてたまらなくなった僕は、半月もしない内に家出して森に向かったのだが、そこで僕は素晴らしい出会いをした。


「ブラッド様、今日も顔色が悪いですね。これをどうぞ。ミルク入りのハーブティーです。飲んで元気を出してください」


 赤土で出来た無機質な手が、湯気のたった温かいカップを差し出してくれる。テーブルに突っ伏していた僕が顔を上げると、全身が赤土に覆われた土人形が僕を見つめている。赤土で出来た顔は表情が変わることはないが、僕を心配してくれていることは、気遣わしげな声音や貧血予防の効果があるハーブをお茶にしてくれていることで十分伝わってくる。


「いつもありがとう、シエナ。有り難くいただくよ」


 相変わらず優しいシエナに僕はホッと安堵し、ハーブティーを飲みながら彼女をチラリと盗み見る。シエナは釜で薬を作っている魔女に頼まれて、薬品棚から数種類のハーブを取り出している。その動きは自然でとても人造の物とは思えない。


 そう、シエナは動く赤土人形。魔女が作った、僕より8歳下の血の通わないゴーレム娘だ。魔女が乳母を辞めて人恋しかったから戯れに赤土で娘を作ったのだというゴーレム娘を初めて見たのは、僕が8歳のときだった。


 左腕にミスリルの腕輪が嵌められた土人形は頭の先から足の先まで赤土で出来ていたが、まるで本物の赤子のように大きな声で泣いていたのを不思議に思っていたし、まだ名前を決めていないと言った魔女に僕が「シエナ」と名付けてはどうかと提案したこともよく覚えている。


 乳母として王族に雇われただけあって魔力が高くて優れた魔女が作ったゴーレム娘は本当によく出来ていて、出会った当初は赤子の姿だったのに、まるで本当に生きている人間のように日々成長していき、20年経った今ではシエナは成人した女性の姿となっていた。


 日々成長していくゴーレム娘が不思議で最初の数年は物珍しさで魔女の家に通っていたが、ゴーレム娘が物心つくようになってからはシエナの穏やかな気性や優しい性格を好ましく思っていたし、僕は彼女が魔女に作られたゴーレムであることに安らぎを感じてもいた。


 だってゴーレム娘であるシエナには血が流れていない。シエナからは僕を苛む、あの不快な匂いが一切しないのだ。赤土で出来たゴーレム娘の体から香るのは日だまりのような乾いた土の匂いだけ。


 ただ、変わらぬ表情から紡がれる声音がまるで生きている者のように優しく、誰よりも真摯であったからか、僕は本当に生きているわけではないシエナが微かに甘い香気を纏った呼気を吐き出しているように錯覚するようになっていた。


 それは決して不快ではなく、むしろもっと嗅ぎたくなるくらい芳しいもので、いつしか僕の中でシエナの存在は誰よりも大きくなっていた。







 王になんてなりたくない。血なんて飲みたくないと嫌がる僕を兄達が選定の儀の会場へ引きずり出したのは、僕をいつものように嘲笑うだけでなく、大勢の前で貶めたいと思ってのことだろうことは誰に言われなくともわかっていた。


 吸血鬼は伴侶を選び、その首を咬んで婚姻の印をつければ、その伴侶の種族と同じ物が食べられるようになるのは大きな利点だけど、そもそも血の匂いが臭くて僕は血が飲めないから伴侶なんて作れない。


 だから最も魔力が強い者が国王となる国で、美味な血液を持つ伴侶にすることで魔力が強くなる吸血鬼であるにもかかわらず、血を受け付けない体に生まれた僕には伴侶探しは死刑宣告に等しかったのだが、何度それを訴えても誰にも理解されることはなかった。


 放り込まれた選定の儀の会場は、煌びやかなシャンデリアと思い思いに着飾った令嬢達と令息達で溢れかえり、会場に足を踏み入れた瞬間、四方八方から強烈な血の臭いが襲いかかってきた。


 どうにかして兄達に伴侶に選んでもらおうとアピールを目論む令嬢達が、自身の指をわざと傷つけ、僅かに血を流しているのだろう。その匂いの臭さに眩暈を覚えた僕は、胃の底からせり上がる不快感に耐えきれなかった。


「うっ……、ああっ……」


 臭さのあまりに息ができない。僕の侍従であるボーンは体調を崩した様子の僕に気づき、こちらに来ようとしてくれているようだが、兄達の侍従に行く手を阻まれているのが横目で見えた。どうやら兄達はこの場で僕を嘲笑、貶めるだけでは飽き足らず、社会的に抹殺するつもりのようだ。


 えずきながら膝をついた僕は苦しい息の中、周囲を見渡してみた。誰も彼も冷笑で見下ろすだけで、誰一人として僕に救いの手を差し伸べてくれようとする者はいない。玉座にいる父すらも立ち上がろうとはしないのを見て、僕は目の前が真っ暗になった。


「だ、誰か助けて。……僕をここから連れ出して。この臭い匂いのない場所……森へ……」


 ここは森ではない。救いなんて来ない。絶望に飲み込まれそうになった、その時だった。会場の重厚な扉が開く音が響いた。


「何だ、あれはっ!?」


「動く土人形だと!?」


「ゴーレムだ!ドレスを着たゴーレム娘なんて前代未聞だぞ!」


 現れたのは夜会ドレスに身を包んだ土人形のシエナだった。突然のゴーレム娘の登場に会場中の人々が突き刺すような視線を向け、嘲笑ったが、シエナは一切気にする様子もなく僕の元へ歩み寄り、膝をつくと、土で出来た指先で僕の頬をそっと撫でたのだ。


「ブラッド様、私はあなた様をお慕いしています。ブラッド様が他の女性に牙を立てるなんて耐えられません。わがままを言ってもいいですか? どうかお願いします。私を咬んでください」


 シエナの声は震えていた。僕は顔を上げ、赤土で出来た彼女の顔を見つめた。そこには相変わらずの無表情しかないはずなのに、僕にはシエナが僕を想って泣いているのが分かった。


「……僕もだよ。僕も君が大好きだ。君以外の誰かを咬むくらいなら、僕は飢えて死んだほうがマシだ」


 シエナは赤土で出来たゴーレム娘で、首を咬んだところで血なんて飲めるはずもなかったし、土人形であるシエナが食物なんて食べるはずがないから僕の食生活が変わることはないとわかっていたが、その言葉は僕の本心だった。


「嬉しいです、ブラッド様。……さぁ、咬んでくださいませ」


 そう言った後、シエナは左腕に嵌めていたミスリルの腕輪を外してから僕に首を差し出した。僕はシエナに手を伸ばし、赤土で出来た首に牙を当てた。牙を通して最初に感じたのは、ざらついた土の感触だったが、僕は覚悟を決め、その赤土の皮膚に深く牙を突き立てた。


 その次の瞬間のことだった。


「——っ!?」


 雷に打たれたような衝撃が僕の全身を震わせた。何故なら口内に溢れ出したのは土でも泥でもなかったからだ。まるで花の蜜を集めて煮詰めたような、あるいは太陽の光をそのまま液体にしたような、凄まじい甘さと熱が口内に流れ込んできたのだ。


(なんだ……これはっ!?)


 ゴクンと喉を鳴らせて飲み込んだ瞬間、今まで僕が不快だと思っていたのは、自分の舌が異常だったからではないことを悟った。僕の体はこの天上の果実よりも甘美な血だけしか受け付けない体質だったのだ。


 驚きで目を大きく見開かせる僕の前で、シエナの体がバキバキと音を立てて、彼女を覆っていた赤土が剥がれ落ちていく。そして中から現れたのは真珠のように白い肌と夕陽を溶かしたような金髪、そして森のような新緑の瞳を持つ、眩しいほどの美女だった。


「ブラッド様。今まで人間であることを黙っていてすみません。実は私は前世で"吸血鬼の花嫁"と評されるほど蚊に好まれる美味なる血を持ち、今世でもその体質を持って生まれたらしく、生まれ落ちた瞬間から吸血する生き物に血を狙われたことで親に森に捨てられ、魔女に拾われたのです。養母となった魔女は私に赤土を塗りつけ、それをミスリルの腕輪で固定することで吸血動物から身を守ってくれていたのです」


 彼女の口から放たれる呼気は赤土の仮面が剥がれた分、より鮮明に香り、その甘くも芳醇な香りが瞬く間に会場中に漂っていくと、まだ伴侶を決めていなかった兄達だけでなく、会場内にいる未婚の吸血鬼達や会場の外にいる吸血コウモリ達までもがシエナの血の香りに魅了され、獣のような欲望を瞳に宿して近づいてきた。


「その女を渡せ、出来損ない!」


「その血は、次期国王である俺にこそ相応しい!」


「なんて美味そうな血の匂いだ。堪らない。一口よこせ!」


 汚らわしい連中の煩わしい声が耳に届く。だが、今の僕は以前の僕ではないのだ。シエナの血が五臓六腑を駆け巡り、内側から爆発的な魔力が生まれてくるのを感じ取った僕は、シエナを抱き寄せ、目の前の連中を睨みつけた。


「消えろ」


 僕が静かに腕を振るうと、魔力が暴風となって広間を吹き飛ばした。兄達や他の吸血鬼達、コウモリ達は無様に壁に叩きつけられ、現王である父さえもその威力に圧倒され、床に倒された状態で絶句していた。


「ブラッド様……」


「大丈夫だよ、シエナ」


 僕は怯える彼女を強く抱きしめた。


「僕の牙によって刻印を刻まれた君の血は、今この瞬間から永遠に僕だけのもの。吸血鬼の愛は海よりも深く、何よりも重く、だからこそ伴侶となった者を誰とも共有しない。その証拠に、吸血鬼の伴侶となった者の血は、既に他の者が一口でも啜ればその身を焼き尽くす猛毒へと変わるんだ。だから、もう大丈夫。もう誰も君の血は飲めないし、この僕が誰にも君に触れさせない」


「フフッ、誰にも咬まれないなんて凄く嬉しいです。ブラッド様に咬まれても痛くも痒くもならなかったですし」


「蚊と一緒にしないでくれないかな。吸血鬼は伴侶に痛みなんて与えないよ」


 僕とシエナはクスクスと笑いあう。前世で"吸血鬼の花嫁”と呼ばれるほどの血を持って生まれたシエナは、まさしく僕だけの運命の"吸血鬼の花嫁”となったのだ。


 僕は妻となったシエナを抱き上げると、僕が妻を迎えたことを大喜びして号泣していたボーンがやってきて、会場中に響き渡るような大声を上げた。


「新たな王、ブラッド王のお通りだ!」


 ボーンの声で正気を取り戻した者達が一斉に跪いていく。僕達が歩む未来はきっとシエナの髪色のように黄金色に輝いているのだろうと確信した僕は、シエナを抱き上げたまま踵を返した。


「って、ブラッド様、どこに行くんですか!? 待ってください! ま、まさか森に行くおつもりで!? そこは森でなく、玉座に座って新王の名乗りが先でしょう!」


「魔女の大事な一人娘を娶るのだ。結婚報告がまず先だ。それにいつまでも魔力が優先で王を選ぶなんて考え方をしていたら、そう遠くない未来に魔国は滅ぶよ。暴力でゴリ押しなんて考え方はモラル的にもどうかと思うしさ。強者を優遇するのだけはなく、弱者に手を差し伸べて皆で知恵を出し合って幸せになる方がうんといいと思わないか? だからさ、皆が集まって国について考える場を設け、国をより良くする者を王に選ぶべきだよ」


「そんな〜ブラッド様〜!」


 半泣き声で追いかけてこようとするボーンをそのままに、僕は背に翼を生やし、シエナを抱き上げたまま飛び立った。


「ボーンさんをあのまま置いてきていいのですか、ブラッド様?」


「ボーンは中々に骨のある良い男で優秀な侍従だから大丈夫。それに現段階で魔力が一番強くなった僕は、名乗りをあげなくとも新王だ。王の言葉は絶対の魔国において、新王となった僕の発言は誰も無視できない。僕らが結婚挨拶を終えて戻ってくる頃には魔国の王に相応しい誰かが選ばれているだろうから、僕は早々にお役御免になるはず。そうなったら僕は婿入りして君と森でのんびりと薬作りをして暮らすつもりさ」


「……そう上手くいかないと思いますよ。だってボーンさんは優秀な侍従ですから」


「え?」


「フフッ……。例えどうなっても私はブラッド様のお傍にいますから、一緒に幸せになりましょうね」


「? うん、勿論そのつもりだよ」





 後日、魔女に結婚報告を済ませて、すっかり森で愛妻のシエナと暮らすつもりで城に荷物を取りに来たブラッドを、ボーンはいい笑顔で出迎えた。


「フハハハ、待っていましたよ、ブラッド様! お慶びください! このボーン、ブラッド様のために随分と骨を折りましたが、何とか国民総選挙を行いまして、無事にブラッド様が王に選ばれたことをここにご報告いたします!」


「そんな! 嘘だと言ってくれ、ボーン! 僕の森でのキャッキャウフフイチャラブ新婚生活の計画が!」


「ああ、やっぱり、そうなりましたか。元気を出してください、ブラッド様」


 床に崩れ折れて絶叫するブラッドと、そんな夫を慰めるシエナ。そしてコツコツコツと骨を鳴らして高笑いするボーン。その光景は新王の誕生に沸く城の人々にとって何よりも微笑ましく幸福な、新しい時代の幕開けとして後々まで語り継がれたという。

ここまで読んでくれてありがとうございました。

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