7.なぜ俺が教育係になったのか
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<ライナスの過去>
俺は――この国の人間ではなかった。
もっと言えば、この世界の存在ですらなかった。
遥か彼方、今や記憶の霧に包まれて曖昧になってしまった“前の世界”で、俺は一国の銃士隊の隊長を務めていた。剣よりも銃を信じる国だったが、守るべきものがあるという意味では、ここで剣を振るう今と大して変わらない。
王女を陰謀と裏切りから守り、仲間たちと背中を預け合い、幾度となく修羅場をくぐり抜けた。血と硝煙にまみれ、信頼と誓いで結ばれた日々だった。
だが、ある晩。酒をあおりすぎたその翌朝。目覚めた俺は、見知らぬ天井と、小さな手足、そして妙に高い視点に驚いた。
それもそのはず、俺は――十歳の子供になっていたのだから。
貴族の家で、名をライネル=アークス。由緒正しき中流貴族の嫡男という立場を与えられた俺は、何も分からぬままにこの世界での新たな人生を歩むことになった。
俺の父は、王家の避暑地の管理を任されている男だった。毎年夏になると、王族一行が我が家の管理する湖畔の屋敷へとやってきて、清らかな水と風に囲まれたそこでひと月を過ごす。
その中に、まだ幼かったゼリア=フォン=ルミナス王女もいた。王の三番目の娘、当時わずか三歳。
ゼリアの世話役として指名されたのは、十歳の俺だった。年齢差は七歳。普通ならば、ただのお付き合い程度の関わりで終わるはずだった。
だが、ゼリアには事情があった。
彼女の姉たちは、最初の妃との間に生まれた子どもであり、王宮の中でも重要な立場を与えられていた。対してゼリアは、後妻の子。正式な王族ではあるが、実権からは遠く、宮廷内でも軽んじられ、まるで存在しないかのように扱われていた。
期待もされず、必要とされることもない。人前では笑顔を張り付け、裏では陰口と無視に耐えながら、ただ淡々と時間だけを過ごす――そんな少女だった。
俺は、そんなゼリアに何か特別なことをしたわけではない。ただ、彼女の言葉に答え、求められたことだけを淡々とこなした。馴れ合いもしなければ、無駄に突き放すこともしない。ただ、そこに“普通に”いた。
それが、彼女には新鮮だったのかもしれない。
俺の中に、派閥争いや王族の序列などという価値観は存在しなかった。そもそも俺は、別世界で修羅場を潜り抜けた元軍人。肩書きや血筋より、目の前の人間そのものを見ていたのだ。
年に一度の避暑地でのひと月。そんな関係を繰り返していたある年、ゼリアが六歳になったその夏。
「ライネルを、私の教育係に」
そんな言葉が、王女の口から発せられた。いや、まさか正式に言い渡されるとは思っていなかった。だが、王命としてそれは下された。
俺の両親は困惑していた。中流貴族の嫡男が、王女付きの教育係など、身分を超える栄誉であり、同時に政治的な重圧でもある。
けれど俺は、平然とこう返した。
「別に、かまいません」
そして、一つの条件を添えた。
「ですが条件があります」
ゼリアの目が、不安そうに揺れる。
「私は、あなたとあなたに近づく人々を何年も見てきました。あなたを諌める人は、常に誰かの目を気にしていました。あなたのためではなかった。
あなたを褒める人は、自分の得のためにそうしていました。心からの賞賛などではなかった。
――ですが、私は違います」
俺はゼリアの前に膝をつき、真っすぐに彼女の瞳を見据えた。
「私は、あなたのために諌め、あなたのために褒めます。それでよければ、教育係として仕えましょう」




