㊻ エピローグ
3学期の始業式の日、東京から戻った珠子と2週間ぶりに顔を合わせた彩子は、昼休みに珠子を屋上に連れ出した。
「修のこと、セイラさんから聞いてびっくりしちゃった。今まで、何、遠慮してたのヨ」
「だって彩ちゃんに悪いし、修くんも彩ちゃんのこと好きみたいだし……」
珠子は、伏し目がちに小さな声で答えた。
「アタシたちは幼なじみってだけで腐れ縁みたいなものヨ。私の伊達彩子って名前も修は最初『いたちさいこ』って読んだんだからもう最悪。鼬の最後っ屁じゃあるまいし。修だってアタシのこと特別に思ってなんかいないヨ。早く告白しちゃいなさい。あ、でも珠ちゃんみたいな美人に告白されて勉強が手につかなくなったらまずいから、センター試験後がいいかも」
珠子は恥ずかしそうに、そして嬉しそうにうなずいた。
午後の授業を終えて帰宅し、自分の部屋に入った彩子にはやらなければならないことがあった。
想いを告白するよう珠子をたきつけたものの、彩子には修の心が珠子よりも自分の方を向いているように思われた。
彩子は指で宙に「凋」(チョウ・しぼむ)と書き、目を閉じて修の自分への恋愛感情が薄れるようにと念じた。
しかし、念じ終わると彩子は心に空洞ができたような感覚に襲われた。
彩子はその喪失感を振り切るように自分を励ました。
「ええい、今日は彩子サマの一世一代の出血大サービスだい! 久世修よ、汝はその名のとおり悩める金子珠子の救世主となるがよい」
古典の補習で習った「寵愛」の「寵」という字を指で書き、珠子への愛情が修の心に芽生えることを念じ、さらに「調」(チョウ・ととのう)と書いて二人の互いの想いが仲睦まじく寄り添うようにとも念じた。
そして手を合わせて祈った。
「神様、お願いです。私のチョウ能力はもう使えなくなってもかまいせん。そのかわり私が二人にかけた愛の魔法がいつまでも解けませんように」
センター試験までの約1週間、彩子は何もかも忘れて受験勉強に没頭し、土、日の2日間にわたるセンター試験を無事に終えることができた。
センター試験の翌日の月曜日は、受験産業の数社に詳細なデータを送るための自己採点が午前中いっぱいをかけて行われた。
自己採点が終わると、3年担当の教師たちは結果の集約や分析を行うので、生徒は放課になった。
風は冷たいが陽射しがあるので、彩子は修と珠子を屋上に誘った。
JinJinに行くことも考えたが、人目につかないところでなければならなかった。
給水タンクの台座の日当たりのよいところに、珠子を真ん中にして3人並んで座った。
珠子は東京の私大をメインに考えているので、センター試験の結果には重きを置いていない。
彩子は志望校のA判定ラインに到達して満足だったが、修の自己採点結果が9割以上の得点率であったことを聞くと目を丸くした。
「その点数なら、どこ受けたって大丈夫じゃない! 東大、受けるの?」
「東大は2次試験の配点がメチャクチャ高いからセンターの成績だけでは分からないよ。安全策をとって1ランク落とすか、すべりどめになる私大も受けるかだろうなあ。けど、医学部は学費だけでもかなりかかるから親が何と言うか」
「こっちの医学部なら楽勝で合格できるし自宅から通えるけど、修の力からすればもったいないネ」
すると珠子が勢いこんで言った。
「そうよ、そうよ。東京へ出たほうが絶対いいと思う。奨学金で足りない分は中森社長が援助してくれるわ」
修は、驚いて珠子の顔を見た。
「お正月にセイラさんの家に泊まった時に修くんの話をしたの。とっても成績がいいから東京の大学を受けるかもしれないって。そしたら社長さんが、学費はぜひ自分に出させてほしいって」
珠子の言ったことに彩子が理解を示した。
「セイラさんを治したのは実質的に修だし、年末も修が仲介してハタおばさんを紹介したんだから中森さんがそう言うのも分かるわ」
「でも超能力やセイラさんとのことは親に内緒にしてるし、中森さんに援助してもらうことを親に説明できないよ」
「修くん、ハタおばさんのことは秘密じゃないのよね? そしたら、私がセイラさん親子とつながってるんだから、私を間において修くんがハタおばさんの力で中森社長の窮地を救ったことにできるわ」
珠子は懸命に修の説得にかかり、最後は熱心さのあまり片手を修の膝のあたりに置いた。
慌てて手をひっこめた珠子よりも修のほうが顔を赤くしたのを見て、彩子は愛の魔法の効力を実感した。
珠子は話し終わるとちらりと修を見て呟いた。
「それに修くんが東京にくれば私も嬉しいし……」
ここが潮時だと彩子は判断した。
「あ、忘れてた! アタシ、今日は早く帰って来いってママに言われてたんだ。ごめん、お先に」
そう言って立ち上がりしなに、彩子は珠子の耳元でささやいた。
「勇気を出して」
1階に降りて下足に履き替え、校門のところまで歩いて彩子は校舎を振り返った。
屋上の珠子たちのいるところは見えないが、今ごろ、珠子が修に想いを打ち明けているはずだ。
彩子は、校舎に背を向けて歩き出した。
「おばあちゃん、アタシ、偉かったでしょう? これでよかったのよネ」
そうつぶやいて彩子は空を仰いだ。
風は冷たくても、見上げた空の色は春がもうそんなに遠くはないことを告げていた。 (完)




