㊸ ハタおばさんの口寄せ
「こりゃ、幸三! わしの娘の信子が産んだ子を育ててくれた恩人をゆするとは何事じゃ!」
安仁屋は飛び上がらんばかりに驚いた。
イタコについては知らなくても、ハタおばさんの口を借りて語っているのが信子の母親の霊だということは感じられるのだろう。
「幸三、お前が沖縄でレストランを始める前に料理の手ほどきをしてやったのは誰じゃ? わしの連れ合いであったろうが!その恩も忘れおって、馬鹿者が。それにな、信子からちょくちょく聞いておったわい。住み込みでお前のところに預けた信子を、お前はたびたび口説いておったそうな。不倫を言うなら、お前も妻子ある身で信子に不倫を持ちかけたふしだら者ではないか。恥を知れ!」
ハタおばさんが安仁屋を一喝した時、覗いていた彩子は急いで「懲」(チョウ・こらしめる)と宙に書き、割れるように頭が痛むイメージを思い描いた。
すると、安仁屋は両手で頭を抱えて畳の上をのた打ち回った。
彩子は、正面に見えるハタおばさんと目が合った。
ハタおばさんは、一、二度うなずいた。
彩子は指を鳴らした。
痛みが治まった安仁屋は、座布団に戻って正座し、荒い息を吐いている。
「これに懲りたら、二度と悪さをするでないぞ!」
水戸黄門に印籠を見せられた悪役のように安仁屋が平伏すると、ハタおばさんは座を立って和室を出た。
頭を上げた安仁屋の前に、中森氏が現金の入った封筒を差し出して言った。
「聞けば店の立て直しに困っているとか。その足しにでもしなさい。言っておくが、この金は口止め料ではない。セイラを東京の施設に世話をしてくれたことへの謝礼と思ってもらいたい。セイラの出生に関することを公表されても、こちらは構わない。セイラのことでまた何か言って来たら、その時はあんたを名誉棄損や恐喝で訴える。よろしいか!」
安仁屋は、恐ろしいやら嬉しいやら、訳が分からないままに封筒を押し頂いた後、逃げるように部屋を出て行った。
着替えを終えたハタおばさんと彩子たちをソファーに招き、中森氏はハタおばさんに頭を下げた。
「おかげさまで彩子ちゃんのご家族も私どもも事なきを得ました。何とお礼を申し上げてよいか。些少ながら、これは私の気持ちということでお受け取りください」
現金入りの封筒を中森氏がテーブルに置くと、ハタおばさんが言った。
「これは頂戴するわけにはいきません。今回の口寄せは、あなた様からの依頼というよりは、この子に頼まれたようなものですから。私は昔、不義理をしでかしましてね、その時にこの子のおばあさんに大そう迷惑をかけたので、今日はその恩返しなんですよ」
「そうだったのですか。それでは、これは修くんに」
中森氏がテーブル上の封筒を修のほうにずらした。
「いえ、そういうわけにはいきません。俺のばあちゃんはもう亡くなってるし、それに実際に口寄せをしてくれたのはハタおばさんだから」
中森氏が困惑しているのを見て、彩子が修とハタおばさんを交互に見て言った。
「これからハタおばさんのお店を借り切って、珠ちゃんも呼んで今日の打ち上げをしようヨ。これはその費用ってことでどう?」
「今日は祝日で店休日だからちょうどいいよ。美味しいものつくってあげるよ」
「それなら私も参加したいんだが、仕事でこれから福岡に戻らなきゃならないんだ」
中森氏は、彩子たちのためにタクシーを呼んでくれた。
ホテルを出る時に連絡していたので、タクシーがJinJinに着くのとほぼ同時に珠子も姿を見せた。
今回の件に珠子は一切タッチしていなかったので、ハタおばさんが料理をしている間に彩子が事の起こりから順を追って説明した。
「私もおばさんの口寄せ、見たかったな」
珠子が残念そうに言った時、ハタおばさんが料理を運んできた。
「変わり映えしないけど食べとくれ。後でおうどんもつくるからね」
テーブルの上に、お好み焼き、たこ焼き、焼きそばが並んだ。
ハタおばさんも座って話に加わりジュースで乾杯すると、超能力好きの珠子がさっそく話しかけた。
「おばさん、口寄せしている時は、自分が何を言ってるのか分かってるんですか?」
「口寄せの最中は、降りてきた霊が私の口を通してしゃべっている状態だよ。霊が帰った後は私も自分に戻るけど、何を話したかは断片的に思い出せるくらいだね」
「霊を呼ぶのは難しいんですか?」
「イタコの能力にもよるし、降ろそうとする霊の性質にもよるね。今回のおばあさんは、待ちかねていた感じでスッと降りてきたよ。そうそう、あんたによろしくって言ってた」
そう言って、ハタおばさんは彩子を見た。
「どんな時にも必ず道は開けるから、落ち込んでもくじけるなってことだったよ」
「ゴタゴタ続きで模試の成績が下がりっぱなしだから、心配してくれてるのかな。頑張らなくちゃ」




