㊶ ハタおばさんへの依頼
母親からJinJinのおばさんとの関係を聞き出した翌日の金曜日、修は夕食後バッグに数珠を入れて外出着に着替えた。
玄関を出ようとすると母親に呼び止められた。
「あら、どこに行くの?」
「珠ちゃんの家に行って、彩っぺと3人で明日の模試の勉強をしてくる。11時前には帰るよ」
そうは言ったものの、珠子は今日の遅い便の飛行機で東京へレッスンに行ったはずだ。
小さい頃は叱られるのを避けるために嘘をついたが、高校生になってからは親に心配させたくないために嘘をつくようになった。
それが大人になるということなのだろうと思いながら、修は家を出た。
待ち合わせの8時少し前にJinJinに着くと、既に彩子が店の前に立っていた。
店の中には客もおじさんもおらず、おばさん一人がテーブルを拭いていた。
「あらあら、あんたたち。ようこそと言いたいけど、店は8時までなんだよ」
「今日は俺たち、客じゃないんです、ハタおばさん」
「まあ、ハタおばさんだなんて、親戚みたいな呼び方だね」
「ええ、親戚なんです。俺とおばさんは」
ハタおばさんは怪訝な顔をしながらも修と彩子にとりあえず座るように言い、テーブル拭きをすませて店の明かりを半分おとした。
店内が薄暗くなったせいで、テーブルを挟んで向い合せに座ったハタおばさんの目が少し光って見えたので、修と彩子はさらに緊張した。
「私と親戚っていうのは、どういうことなんだい?」
「俺の母さんの旧姓はおばさんと同じで『神秀子』っていうんです。生まれも青森で一緒だし、それで母さんに聞いてみたんです」
修は、昨夜母親から聞き出した話を、ハタおばさんの重荷にならないような言い方で伝えた。
ハタおばさんは、修の母親とは比べようもないほど動揺した。
修はここが正念場だと思い、ハタおばさんが落ち着きを取り戻して口を開くのを辛抱強く待った。
ハタおばさんが話し始めるまで時間にすれば3分もなかっただろうが、修と彩子にはかなり長く感じられた。
「あんたがクエさんの孫なのかい。どことなく面影があるよ。秀子ちゃんがあんたのお母さんだね。クエさんも秀子ちゃんも元気かい?」
重い口を開いたハタおばさんだったが、口調は穏やかだったので修も彩子も安堵した。
「クエばあちゃんは亡くなりましたが母さんは元気です。ハタおばさんのこと、懐かしがってました。母さんが子供だった頃におばさんは急にいなくなったと聞きましたが、何があったんですか?」
修の言葉でハタおばさんは再び黙りこみ、やがて話し始めたが、今度は重苦しい口調だった。
「私がちょうど40の年だったろうかね、『東京に働きに出た娘が行方不明になった。警察に届けても真剣に捜してくれん。娘はどうしたんじゃろう。』という相談があった。口寄せをして娘本人に語らせようとしたができなかった。恐らく死んでいたんだろうと思う。そこであの世の娘の霊を呼び寄せようとしたんだけど、その時からの半年間の記憶が今でもないんだよ。自分で言うのもなんだけど、私の霊能力は他のイタコ以上だった。そのせいで、死んだ娘の霊を降ろす時に悪い霊が私に取り憑いたんだろうね」
ハタおばさんの話が途切れそうになったので、彩子が口をはさんだ。
「その後、おばさんはどうしたんですか?」
「半年後に我に返った時には大阪にいたよ。半年間どこでどうしてたのか、一切記憶がなかった。その後はお好み焼き屋の手伝いなどしながら暮らしていたけど、ある時、たまたまお客さんに青森の知りあいが来てね。地元の人に知られたらもう大阪にはいられない。その後のことは聞かないでおくれ。九州に流れ着くまで色んなことがあった」
ハタおばさんの話が終わったようなので、修がこの後の話の持っていきかたを考えようとした時、ハタおばさんがまた話し始めた。
「ああ、一番大事なことを忘れてた。アパートのことは気になってたんだけど、今あんたに聞くまではクエさんにそんなにまで迷惑をかけたことは知らなかった。近所に住んでるというだけで、近い親戚でもないのによくしてもらって、もうあんたの家に足を向けては寝られないねえ。クエさんが亡くなったのなら秀子ちゃんに恩返しをしたいけど、見てのとおり、この店は食べていくだけで精一杯でね」
ハタおばさんは、力なくうつむいた。
相手の弱みにつけこむようで、修は自分を嫌悪しながらも、人助けのためだと割り切って用件を切り出した。
「その恩返しの代わりにと言っては気が引けるんですが、ハタおばさんに頼みがあります」
視線を落としていたハタおばさんは、勢いよく顔をあげた。
「頼み? 何でも言っておくれ、私にできることなら」
修は横に座っている彩子を改めて紹介した。
「こっちは伊達彩子ちゃんといって、うちが近所なので小さい頃から家族ぐるみの付き合いなんですが、おばさん、中森セイラって知ってますよね?」
「中森セイラ? 聞いたような気もするけど」
「有名なアイドル歌手ですよ。俺と彩っぺはセイラさんと知り合いなんですが、困ったことが起きたんです。話を聴いてやってください」
話を振られた彩子は、祖母がセイラの夢枕に立ったという設定にして中森氏の苦境をハタおばさんに話した。
こみいった話だったので、聴き終えたおばさんは要点だけを確認した。
「それじゃ私が、その中森セイラとかいう歌手のお父さんを脅迫している男の前で、亡くなったおばあさんの口寄せをすればいいんだね。それがクエさんや秀子ちゃんへの恩返しにつながると思えばお安いご用だよ」
彩子は無理矢理にでも東京行きを頼み込むつもりでいたのだが、ハタおばさんが自ら進んで引き受けてくれたので重荷を下ろしたような気分になった。
しかし、修には気がかりなことがあと一つ残っていた。
「あのう、無理なお願いをしたついでに失礼なことを聞きますが、おばさんは今でも死んだ人の霊を呼び寄せる口寄せができるんですか?」
「確かにそれは失礼だよ。任せておくれ。自分で自分のことは分かっているさ。自分のことだけでなく、あんたたちがただ者じゃないってこともその目を見りゃ分かる」
うかつだったと修も彩子も気づいた。
薄暗い店内でハタおばさんの光る目が見える以上、向こうにもこちらの目が光っているのが見えるのは当然だった。
「あんたたちにもいろんな事情があるだろうから詮索はしないけどね。おや、それは?」
修は、バッグに入れていた数珠を「うちでずっと取っておいたものです」と言ってテーブルの上に置いた。
数珠を手に取ったハタおばさんの喜びようは大変なものだった。
「ああ、ありがたい、ありがたい。これがあれば百人力だよ」
初めて見る彩子は、その数珠の大きさに驚いた。
「ずいぶん大きな数珠ですネ。何に使うんですか?」
「口寄せをする時にこの数珠をゴリゴリと押し揉むんだよ。霊はその音を頼りに降りてくるのさ」




