㊳ 珠子のスカウト話
閉会式は生徒が学年別クラス別に着席することになっている。
一足先に帰る母親と別れて彩子が自クラスの座席へ行くと担任の南田が待っていて、彩子に校長室へすぐに行くようにと告げた。
訳が分からないまま彩子がノックして校長室に入ると、セイラ親子の接待をしていた校長が立ち上がった。
「南田先生から聞いたんだが、君が金子君の友達の伊達君か。さあ、こっちに来て座りなさい」
セイラ親子を前にして校長と並んで座った彩子にセイラがウインクした。
「初めまして、中森セイラです。よろしくね」
彩子もそれに合わせて「あ、はい。伊達彩子といいます」と初対面を装った。
「実はね、伊達君。こちらの中森プロダクションの社長さんがさっきのミスコンテストをご覧になって、金子君をモデルとしてスカウトしたいとおっしゃるんだよ」
「ええっ!」と大きな声を出して、彩子は思わずソファーから腰を浮かせた。
「そこでだね、中森さん親子をこれから金子君の家に案内してくれないか。それと、南田先生によれば金子君は引っ込み思案な性格だというから、スカウトの件について君からも背中を押してほしいんだよ」
「あの、珠……、金子さん本人は、この件は?」
校長に代わって中森氏が答えた。
「さっきここに呼んでもらって話をしました。君以上に驚いていたが、後でおじゃまするからご両親に話しておいてほしいと伝えたところです」
彩子の道案内で、セイラ親子を乗せたタクシーは珠子の家に着いた。
タクシーを降りると、中森氏は豪壮な金子邸を見て「ほう、これは、これは」と感嘆した。
彩子がインターホンを押すと、一足先に帰っていた珠子が制服姿で門まで迎えに出てきた。
「おじゃまするよ」
「あの、お父さんとお母さんは去年の東京でのこと、知りませんからよろしくお願いします」
「分かってるわよ、珠子ちゃん」と言って、セイラが珠子の肩をたたいた。
リビングルームで珠子の母親と顔を合わせた中森氏は、先ほどと同じような口調で言った。
「ほう、これは、これは。奥様もお美しい」
メガネを外して長い髪を後ろに垂らしている珠子は、並んで座っている母親によく似ていて確かに二人とも美人だった。
「ところで、ご主人は?」
「連絡しておりますから、もう会社から戻ると思います。あの、娘からお話は伺いましたが、うちの娘にモデルが務まるんでしょうか?」
「長年、芸能界にいる私が太鼓判を押します。美人の奥様にお会いしてさらに確信が持てました。きっと売り出してみせます」
芸能プロダクションの社長だけあって、うまい言い方をするものだと彩子は思った。
持ち上げられた珠子の母親は乗り気になったようで、横に座っている珠子を見た。
「あなたはどうなの?」
「自信ないわ」
珠子はうつむいた。
どちらかに肩入れをするわけにもいかず、彩子は別の話題を振った。
「中森さん、珠ちゃんはステージ上でちゃんと歩けませんでしたよネ。あんなのでよかったんですか?」
「付け焼刃のウォーキングなんてどうでもいいんですよ。素人は素朴なのが一番です。審査員の生徒さんもそれを感じ取ったからこそ、珠子さんが優勝できたんじゃないですか?」
「それに、何より珠子さんにはオーラがあるわ」とセイラが口添えをした時、珠子の父親が帰宅してリビングルームに入ってきた。
珠子の父親に会うのは彩子も初めてだったので、セイラ親子と一緒に挨拶をした。
「あなた、今お話ししていたんだけど、中森社長さんもセイラさんも太鼓判を押して下さるって。珠子は自信がないって言うんだけど」
珠子の母親は夫もスカウト話を喜ぶと思っていたのだが、珠子の父親の顔つきは明るいものではなかった。
「うーん、ありがたいお話ですが、中森さん、珠子は一人娘でしてね。ゆくゆくは婿を取って会社を継がせたいと考えているんですよ」
中森氏の顔が曇り、珠子も肩をすぼめて再びうつむいた。
先ほどまでは中立的な立場にいた彩子だが、珠子を可哀そうに思うとともに憤りにも似た感情が湧いてきた。
乗り気になっていた珠子の母親も夫の発言を聞いて不安げな表情になり、彩子に意見を求めてきた。
彩子は母親でなく、珠子を見据えて言った。
「珠ちゃん! 珠ちゃんの人生は、珠ちゃんの人生だヨ。可能性のあることだったら、やってみて最悪、失敗しても、やらずに後悔するよりも悔いは残らないと思う。アタシたち若いんだから会社のことなんかもっと後でも、あ、すみません、」
話の途中で彩子は頭を下げて上目づかいに珠子の父親を見た。
目を閉じて彩子の言うことを聞いていた珠子の父親が腕組みを解いて、彩子に顔を向けた。
「彩子ちゃんといったかな? よく言ってくれた。私は自分の都合で珠子の人生を縛ろうとしていたようだ。珠子、その気があるならやってみろ」
そう言って、ポンと珠子の肩をたたいた。
珠子は、先ほどまでとは打って変わって晴れやかな顔になった。
珠子親子に見送られて外へ出ると、予約のタクシーが2台停まっていた。
1台は空港へ向かうセイラ親子用、1台は彩子の帰宅用だった。
「今日の学校訪問で少しは恩返しができたと思ったら、また彩子ちゃんに助けられたな。ありがとう」
そう言って中森氏は、タクシーに乗りこんだ。
セイラは、タクシーに乗る前に彩子を抱きしめて耳元でささやいた。
「彩子、いろいろとありがとう」
その言葉には珠子の件へのお礼だけでなく、体育館での母との対面のことも含まれているのだろうと彩子は思った。
そして「彩子」と呼ばれて、セイラとは確かに姉妹なのだということも実感したのだった。
タクシーで家に帰り着くと、彩子の両親は夕食を終えたところだった。
「遅くなる時は連絡しなきゃだめだぞ。タクシーの音がしたみたいだが、彩子が乗ってきたのか?」
「うん。ミスコンの優勝祝いに珠ちゃんのとこに行ったら、遅くなったんでタクシーを呼んでくれたの。それより、ママ、学園祭どうだった?」
彩子の母親はキッチンで食器を洗いながら振り向きもしないで言った。
「珠子ちゃんは優勝するし、中森セイラとも握手できたし、行って良かったわ」
彩子はキッチンに行って母親の背中にそっと抱きついて甘えた。
「ママ、お腹空いた。何か作って」
セイラも握手だけでなくこんな風に母親を抱きしめたかっただろうと彩子は思った。




