㉟ 中森セイラの提案
学習合宿が終わると、お盆休みになった。
東京のT病院での出会いの後、彩子は中森セイラと時々メールのやりとりをしている。
セイラが珠子を美人だと言っていたこともあり、ミスコンテストに珠子が出ることになったことを知らせると、返信でなく電話がかかってきた。
「珠子ちゃんは美形だからきっと優勝するわ。やせぎすだから、もう少しだけふっくらすればプロのモデルにもなれるわよ。おめでとうって言っておいて」
既に珠子が優勝したかのように言った後、セイラは学園祭の日取りを尋ねた。
彩子が日程を伝えると「ちょっと待って。後でかけ直すから」と言って電話を切った。
約1時間後に彩子のスマホが鳴った。
「私、そのミスコンの日、彩子ちゃんの学校に行くわ。パパにも話したら、ぜひそうしなさいって」
彩子は声も出せずにスマホを握りしめた。
「もしもし、聞いてる?」
「はい……」
「前の日に福岡で公演があるの。ちょうど良かったわ」
その後の具体的な打ち合わせをしながら、彩子は気もそぞろだった。
電話を終えても興奮が冷めない彩子は、さっそく修と珠子にセイラのサプライズ訪問を伝えた。
二人とも最初はしばらくものが言えず、その後、驚きと喜びの入り混じった声を出した。
サプライズだから絶対に口外しないように念を押して彩子は電話を切り、次の作業にとりかかった。
「もう少しだけふっくらすれば」というセイラのアドバイスが気にかかっていたのだ。
彩子は指で「脹」(チョウ・ふくらむ)と宙に書き、細すぎる珠子が次第に肉づきがよくなり最後は理想的な体型になるイメージを描いた。
そしてその効果が短期間で消滅しないようにとも念じた。
彩子がセイラからのサプライズ訪問の話に気が動転したように、セイラの父親から電話を受けたS高の校長も同じような反応を示した。
「校長先生、中森さんという方からお電話ですが」
事務室から校長室に内線で電話が回された。
「東京の中森プロダクションの中森忠夫と申しますが」
「中森さん?」
「中森セイラの父親と言えばお分かりでしょうか?」
「は、はい!」
一流アイドル歌手の父親からの電話と知って、校長は声が上ずった。
「最近、芸能人が高校の卒業式にサプライズで登場することがあるようですが、そちらの学園祭にうちのセイラをやるというのはどうでしょう」
校長は受話器を取り落とさんばかりに驚いた。
経営陣の土地不正取得疑惑の影響で受験志願者減に悩んでいたS高にとって、それは願ってもない申し出だった。
大体が、今年度の学園祭そのものがその対策として企画されたものだった。
盆休みが終わると補習が再開された。
この期間は補習と並行して学園祭及び次週の体育祭に向けての準備、練習も行われる。
学園祭の準備は、1、2年生はクラス全体で行うが3年生はミスコンテストの出場者だけが集められた。
体育科の女性教師からランウェイでのモデルウォーキングとポージングの指導を受けるためだ。
指導を受けても素人の高校生なのでぎこちないが、珠子は8名の中では一番筋がいいと指導教師からほめられた。
道砂芽は自分の美貌には自信があるものの、珠子がほめられること自体が面白くなかった。
9月に入り、2日間にわたる「創立60周年記念学園祭」の日を迎えた。
初日の帰宅後、早めに夕食を終えた彩子は、珠子の家に遊びに行くと言って家を出た。
この日の夜にセイラ親子の宿泊先に彩子が出向くことを、セイラとのやりとりの中で打ち合わせていた。
嘘をついて彩子は少し胸が痛んだが、金子商事の社長宅ということで彩子の母親は何の疑いも持たなかった。
彩子がホテルのスウィートルームに入ると、セイラが駆け寄ってきて強めのハグをした。
中森氏はにこにこしながら、その光景を見守っている。
「彩子ちゃん、久しぶりだね。さあ、こっちに座って」
中森氏とセイラが並んでソファーに座り、テーブルを挟んで向い合せに彩子が座った。
「元気にしてもらったお礼にセイラがどうしても来たいと言うものでね。スケジュールの都合がついてよかった。ところで明日の件だがね、君の学校のセイラのファンから学園祭に来てほしいという便りが来たということで校長先生には話している。そのファンを彩子ちゃんということにしてステージに上がってもらおうと思うんだが、どうだろう」
彩子は、自分だけでなく修と珠子も一緒にステージに上げてもらおうとも考えたが、結局は断ることにした。
「お気持ちは嬉しいんですけど、他の生徒たちに羨ましがられるだけでなく、ねたまれたりだとか色々面倒なことが起こりそうな気もするんです」
彩子の頭に不破と道砂の顔が浮かんだが、それとは別の懸念もあった。
「それに、セイラさんと私に何か特別な関係があるんじゃないかと気を回す人が出てきたら大変なことになりますから」
中森氏はうなった。
「うーん、君は本当によく気がつくね。それは大人の私らが配慮しなければならないことだった」
「じゃ、そういうことでもういいでしょ、パパ。彩子ちゃん、ちょっと来て。お土産があるの」
セイラが立ち上がって彩子をベッドルームへ連れて行った。
ベッドに並んで腰かけると、セイラは「はい、これ」と言って、紙製の手提げバッグを彩子に手渡した。
バッグの一番上にバナナの絵が描いてある菓子箱が見えたので、東京銘菓の詰め合わせのようだ。
「実はね、パパに聞かれたくないお願いがあるの」
セイラの目つきが真剣になった。
「明日の学園祭、あなたのお母さんも来るんでしょう?」
「さあ、それはどうだか分かりません」
セイラは彩子の手を取った。
「お願い、ぜひ来るように言ってちょうだい。そして、あなたもお母さんと一緒のところにいて」
彩子は、全てを理解した。
学園祭に来ることは、彩子たちがセイラの乳がんを治したことへのお礼の気持ちも勿論あるだろうが、セイラは一目だけでも自分を産んだ母親を見たかったのだ。
「それはいいですけど、明日、会場の体育館は生徒も一般の観客も席はフリーなんです。私とママの席を見つけることは難しいんじゃないですか?」
セイラは、にっこりと笑った。
「大丈夫よ。目をつぶってみて」
言われたとおり彩子が目をつぶると、脳内にセイラの声が響いた。
「ドウ? キコエル?」
その手があったかと彩子は驚いて目を開けた。
「今度はあなたの番よ」
そう言ってセイラが目をつぶったので、彩子は「ハイ、キコエマシタ」と念じた。
セイラは目を開け、「OK!」と言って指で丸い輪のサインを作った。
彩子が帰宅すると、リビングで母親が待っていた。
「遅かったわね」と不機嫌な声で言った。
セイラからもらった土産のバッグから、彩子は一番上の菓子箱を取り出した。
あんの代わりにバナナが入っているこの菓子が母親の大好物であることを彩子は知っている。
「あら、どうしたの、これ?」
案の定、母親の機嫌が直った。
「珠ちゃんのお父さんの東京出張のお土産を分けてもらったの」
母親がさっそく箱を開けて、一つ口に入れた時に彩子は言った。
「ママ、明日の学園祭、観にくるでしょ?」
「行かないわよ。めんどうだもの」
彩子は慌てて説得にかかった。
「2時頃でいいから来てヨ。珠ちゃんがミスコンに出るんだから見なきゃダメよ。そのお菓子、食べたでしょ?」
彩子の母親は、二つ目の菓子を口にくわえたまましぶしぶ頷いた。
彩子が寝室に引き上げて眠りに就いた頃、不破流司はまだ起きていた。
「クア イオア モス、クア イオア モス……」
明日のミスコンテストでモデルとしての歩き方やポーズの取り方を珠子が思い出せなくなるように念じて、不破は呪文を唱え続けていた。




