㉞ 不破流司と道砂芽の復讐工作
彩子たちがJinJinに寄った同じ日、不破流司と道砂芽も合宿前の区切りにと「バーガー浦川」に出かけていた。
「明後日から学習合宿ね。うんざりだわ」
「その合宿だけど、協力してくれないかな」
「何を?」
不破は声を落として、顔を道砂に近づけた。
「学園祭のミスコンだけど、5組の金子さんがクラス代表になるようにもっていきたいんだ」
それを聞いて道砂は、瞬時に4月の遠足の日を思い出した。
新入生歓迎遠足の帰りに、二人はJinJinに立ち寄った。
初めて行ったので、その店が田端アパートの地主と深いつながりがあることなど知らなかった。
厨房の田端老人と目が合った時には驚いたが、向こうは二人を覚えていないらしかった。
胸をなでおろした二人は注文した品を食べ始めたのだが、そこへ彩子たち3人が店に現れた。
彩子たちがJinJinの夫婦と親しげに話をするのも面白くなかったのに、珠子は「S高のあくどい買収話にひっかかって畑を取られなくて本当によかったですね」とまで言った。
それで不破は珠子に対してずっと恨みを抱いていたのだろうと道砂は推測した。
「私も金子さんのあの言葉、カチンときたの」
「君はクラス代表はもちろんミスS高も確実だろうけど、彼女はクラス代表にも遠いレベルだから本選に出場させること自体が恥をかかせることになると思うんだ」
「面白いわ、やりましょう」
8月6日に学習合宿が始まった。
学校からバスで2時間ほどの高原のホテルを借り切っての合宿だ。
食事と風呂以外は、自分が立てた計画に従って大広間で勉強し、質問したい場合は教師が待機している部屋へ行く。
合宿4日目の昼食後の休憩時間に、彩子たち3人は廊下の角の休憩コーナーのソファーに座った。
「合宿、まだ半分しか終わってないのに疲れたわね。昼寝の時間が一番楽しみ」
珠子の言葉にあいづちを打って修が言った。
「けど、不破なんかは元気いっぱいで、昨日の昼寝の時間も部屋を抜け出して先生に叱られてたぞ」
彩子が壁にかかっている時計を見上げて言った。
「さあ、これからミスコンの投票だネ」
「こっちに来てからみんなその話ばかりしてる。うちのクラスは彩ちゃんじゃないかな」
「まさかあ」
そう言って立ち上がりながら、彩子は少し期待もしていた。
合宿中は、昼食後に1時間の休憩があるが、その後半の30分は午後からの学習に備えて部屋から出ずに昼寝か静養に当てることになっている。
不破はこの昼寝の時間に抜け出して、5組の男子の部屋の前で昨日と一昨日の2日間、呪文を唱えていた。
一方、道砂の方も昼休みに5組の女子をつかまえては相手の目をみつめて声をかけていた。
「5組は金子さんを代表にしなきゃ可哀そうよね。何てったって金子商事の社長令嬢だし」
合宿の中日にミスコンのクラス代表選出を行えば盛り上がって、合宿後半の士気も上がるだろうというのが学年教師団の思惑だった。
生徒たちは、クラスごとに割り当てられた部屋に入った。
彩子たちのクラスは開票してみると6人に票が入っていたが、うち3人は1、2票ずつで、上位3人に票が集中していた。
上位3名には彩子も入っていたが、最も多くの票を獲得したのは珠子だった。
クラス代表に決定した珠子は、拍手を受けながらうつむいていた。
その様子は、恥ずかしいというよりはとまどっているように見えた。
各クラスの開票結果は、大広間での夕食後に発表された。
クラス代表に選出された女子生徒の名前が、1組から順に読み上げられていく。
4組代表の道砂の名前が読み上げられた時には、男子生徒たちのひときわ大きい「おー」という声があちこちで上がった。
続いて5組代表の珠子の名前が発表された時にはその声のトーンが低くなり、珠子の心中を思うと彩子はいたたまれなかった。
翌5日目の昼食後に、彩子と修はうかない顔をしている珠子を元気づけようとした。
しかし、開票結果が何かの間違いだと言えば逆に珠子を傷つけかねない。
「珠ちゃん自身も納得できないとすれば、ひょっとしたら不破たちが動いたのかもしれないな」
彩子もその可能性はあると思ったが、証拠があるわけでもないので黙っていた。
「二人ともありがとう。気をつかってくれて」
そう言って珠子はメガネを外した。
ハンカチを出して涙を拭いている珠子の顔を見て、彩子と修は、ぽかんと口を開けた。
珠子はびっくりするくらいにきれいな顔だちをしていた。
「やだあ、珠ちゃん、美人じゃない!変に慰めなくてよかったあ」
メガネを外した珠子を見るのは、二人とも初めてだった。
修の言葉を聞いて不破たちの画策を疑った彩子だったが、珠子の素顔を知っているクラスメートが珠子に投票したのだろうと思い直した。
「本番はメガネなしで歩く方が断然いいヨ。コンタクトは持ってるの?」
「私、目はいいの。これ、だてメガネよ」
「えー、何で? もったいない」
珠子は、顔を赤くして言った。
「彩ちゃんたちだから話すけど、小学生の頃からこの黒ぶちのメガネをかけて髪を三つ編みにしてるの。悪い虫が付かないようにってお母さんが言ったから。小学生の頃は意味が分からなかったんだけど……」
社長令嬢で美人の娘に変な男子が言い寄って来るのを防ぐために、珠子の母親は珠子にあえて見栄えのしない格好をさせていたのだった。
それを知った彩子は、二つのことを思い出した。
「珠ちゃんのお母さんもすごい美人だもんネ。それにほら修、東京でセイラさんが言ったこと、覚えてる?」
「そう言えば、彩っぺじゃなく珠ちゃんに美人だって言ってたな」
「『彩っぺじゃなく』は余計ヨ。セイラさんは超能力で見抜いてたのかしら。それとも一流芸能人には分かるのかな」
「うーん、超能力か……」
にわかに黙りこんだ修を見て、今度は珠子が心配した。
「修くん、どうしたの?」
「そろそろ昼寝の時間だ。部屋に戻ろう。続きは明日、またここで」
3人が休憩コーナーのソファーから立ち上がって歩いて行くと、不破、道砂の二人連れとすれ違った。
修には、二人が珠子を見てにやりと口角を上げたように見えた。
合宿6日目の昼、昨日の修の言葉にしたがって彩子たちは集まった。
「合宿も明日で終わりか。長かったような短かったような、いや短くはなかったな。特に珠ちゃんは大変だったよね」
「私のことより、修くん、昨日言いかけたことは?」
「超能力とか言ってたけど、セイラさんと関係ある話?」
「いや、JinJinのおばさんが超能力者だっていう話なんだ」
「えーッ!」と、彩子と珠子は同時に声を発した。
「正確にはイタコなんだけど、」
そう言って修は、JinJinのおばさんが自分の母親とつながりのあるイタコで、目も光っていたことを話した。
「どうして今まで黙ってたのヨ」
彩子は不満げだった。
「なんか恐くてさ。『触らぬ神に祟りなし』って言うだろ?」
珠子がすばやく反応した。
「それ、神様の『神』とおばさんの旧姓の『神』を掛けたのね。南田先生より上手なシャレだわ」




