㉘ 中森夫妻の回想
ヒーリングを終えた直後は疲労のために動けなかった彩子と修だが、暫くすると椅子から立ち上がった。
「セイラさんはもう大丈夫です。アタシたち、帰ります」
中森氏が慌ててドアの前に立ちはだかった。
「待ってくれ、そうはいかない。今日はここに泊まって行ってくれ。セイラも目が覚めたらお礼を言いたいだろうし」
「アタシたち、この近くのビジネスホテルを予約して荷物も預かってもらってるんです」
中森氏は、彩子たちを押しとどめるかのように前に付き出していた両手をおろした。
「それは残念だな。それじゃ、今日のところはせめて食事だけでも。直子、李下園に予約を入れてくれ」
時計を見ると午後の5時半を回っていた。
「直子」というのが夫人の名前らしく、控室に入っていった夫人が携帯で話しているのがドア越しに聞こえた。
T病院の地下には高級飲食店が並んでいる一角があり、彩子たちは中森夫妻に連れられて中華料理店に入った。
「さあ、遠慮なく召し上がって」
夫人は予約の電話で料理も注文していたらしく、次々とご馳走が運ばれてきた。
金箔を散らしたフカヒレの姿煮だけでも、彩子はお腹いっぱいになりそうだった。
「さきほどの手紙でそちらの事情を初めて知ったが、私たちも話しておこう」
食後のコーヒーを一口すすると、中森氏が話し始めた。
「芸能プロダクションのほうは順調にいっていたんだが、私たち夫婦は40歳を過ぎても子供ができなかった。ある時、妻とドライブに出かけると、奥多摩湖付近の道路沿いに児童養護施設があった。するとその施設の門から2、3歳の女の子が道路に飛び出してきたんだ」
彩子たちは、ウーロン茶を飲みながら話を聞いていた。
「あぶない!と妻が叫んだので私は急ブレーキを踏んだ。本当に危ないところだった」
その瞬間を思い出したのか、夫人は眉間にしわを寄せた。
「車を降りると施設の職員が走り出て来て女の子を抱え上げ、ひた謝りに謝った」
彩子が口をはさんだ。
「その子がセイラさんだったんですか?」
「そうなの」
夫人が中森氏の話を引き取った。
「奥多摩湖でゆっくりしてから東京へ戻る途中、用事があってその日は青梅市のホテルに泊まったんだけど、私たち、昼間見た女の子がどうにも気になってしかたがなかったの」
「運命だったんだろうな」
中森氏が遠くを見るような目線で言った。
夫人もうなずいて話を続けた。
「それで主人と話し合って、翌日、施設に引き返して園長さんに養子縁組を申し入れたのよ。引き受けてくださったけど、関係がこじれるケースもあるというので、実の親に私たちのことは知らせないことにして、私たちもあの子の素性は沖縄で生まれた混血児だということ以外は知らされなかったの」
「そうだったんですか」
彩子の脳裏に祖母の顔が浮かんだ。
「それにしても君たちはセイラの命の恩人だ。2、3日はゆっくりしていけるんだろう?」
中森氏は何らかの形でお礼をすることを考えているようだったが、彩子たちは明日の飛行機のチケットを予約していることもあり、「セイラさんにもよろしく」と伝言して、名残惜しそうな夫妻を振り切るようにしてホテルへ向かった。




