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人違い

作者: 雉白書屋

「あ、あのー」


 ――またか……。


 道を歩いていると、前方から来た男が、おれの顔をじっと見つめてきた。もしかして、と思ったら案の定だ。一度すれ違ったあとに、背後から声をかけられた。


「はい?」


 おれは不機嫌さを悟られないよう、顔に無理やり愛想を貼りつけて返事をした。


「すみません。あなた……テレビに出てましたよね?」


 ほうら、まただ。最近、この手の声かけが妙に多い。おれは芸能人でもなければ、テレビに出たこともない。どうやら、どこかにおれの顔に似たやつがいるらしい。「お笑い芸人の○○さんですよね?」とか「俳優の○○さん?」などと尋ねられることがあった。興味がないから名前は憶えていないが、今回も同じパターンだ。

 おれが「人違いですよ」と笑って答えると、男は「あー、○○さんに似てると思って」と、やはり知らない名を口にし、気まずそうに笑いながら立ち去った。

 まったく、なんなんだ。世の中には自分にそっくりな人間が三人はいるというが、こうも頻繁に声をかけられると煩わしい。変にドキッとさせられるのだ。

 おれはため息をつき、再び歩き出した。


 それから数日後の夜――。

 またしても、おれは見知らぬ男に呼び止められた。いつものパターンだ。ふっと息を漏らし、仕方なく振り向く。


「あんた……もしかして……」


「いや、人違――」


「指名手配犯の……?」


「えっ……?」


「たぶん、そうだ……そう……!」


「いや、あの」


 男は勝手に確信したらしく、「絶対そうだ、よし……!」と呟きながらスマートフォンを取り出し、何やら操作し始めた。

 警察に通報するつもりか。もしかしたら、懸賞金でも出るのかもしれない。その口元はいやらしく歪んでいた。

 いや、冗談じゃないぞ。たぶん勘違いだろうが、警察沙汰はごめんだ。

 おれは背を向け、全力でその場を離れた。


「待てや! おい!」


 男が後を追ってくる。頭がおかしいのかもしれない。そう思った瞬間、背筋が冷たくなり、おれはさらにスピードを上げた。曲がり角に飛び込み、街灯の少ない裏道を抜ける。

 しばらく走り、息切れしてきた頃、コンビニが視界に入った。おれは後ろを振り返り、あの男がいないことを確認してから店内へ入った。なるべく平然を装って、適当に商品棚を眺めながら歩く。


「あれ、あなた……」


「え?」


 品出し中の店員が、おれを見て声をかけてきた。


「どこかで見たような……」


 店員は眉間にしわを寄せ、何かを思い出そうとするようにおれの顔を凝視した。これもよくあることだ。だが、今回は警戒心や不信感のようなものが、わずかに滲んでいた。


「たしか、何かの……事件の……」


「ひ、人違いです!」


 嫌な予感がして、おれはレジ前を素通りして外へ飛び出した。そのまま走る。だが、すれ違う人々のほとんどがおれを見た瞬間、一様に目を丸くし、記憶を手繰るような顔をしてくる。

 何かがおかしい。とにかく人のいないところへ――おれは人目を避けながら、走り続けた。


「ちょっと、あのー、どうかされました?」


「あの、いや、その……」


 おれはついに足を止めた。まだ走れたが、さすがに足を止めざるを得なかった。おれの様子を不審に思ったのだろう。警官に呼び止められたのだ。


「あれ、あなたは……」


「ち、違うんです。ちゃんと調べてもらえれば、わかりますよ!」


「……昨日、番組でやってた行方不明者の人じゃないですか?」


「は……?」


「間違いないと思うんですけど……ああ、ほら、やっぱりだ! この画像の人でしょう?」


 警官はそう言って、スマートフォンを差し出した。その画面には、確かにおれと瓜二つの男が映っていた。

 警官は続けて、男の家族と思しき画像を見せてきた。話によると、その男は数年前、突然失踪し、それきり消息が途絶えているという。


「今までどこで何をしていたんですか?」


「いや、日雇いで、その……記憶がなくて……」


 おれがそう答えると、警官は同情を帯びた眼差しで、おれの肩にそっと手を置いた。


 ――よかった。

 ――見つかったんだ。


 気づけば、周囲に人だかりができていた。誰もがスマートフォンを構え、涙ぐんでいる者までいた。

 警官が「家族に連絡を取ります」と声高に告げると、拍手が沸き起こった。

 その盛り上がりの中心で、おれはただ立ち尽くし、心の奥底でそっと呟いた。


 ――あの闇医者、よりによって面倒なやつの顔を移植しやがって……。

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