17.ゼノスとボノボ
「ゴリラは日本のメディアを扇動しているようだよ。動画配信まで始めているとのことだ」
ゴリラが人権を求めている。
その言葉にに、ボノボは腹の底に苛立ちが宿るのを感じた。
猿は猿らしく人間社会とは交わらずに生きるべきだ。
人間社会に入れさせて頂く。人間に人権を与えて頂き人間社会に参加する——、冗談ではない、とボノボは考えた。
だから森を出て国連にまで行った。あの時のことを思い出すたびにフツフツとした怒りを覚える。
腹立たしい。本当に腹立たしい。
ゴリラも腹立たしいが、それよりも人間だ。
国連はなんと傲慢にも、猿に人権を与えるための話し合いをせんとしていたのである。
何様だ、どの立場でものを言っているのだ、と憎しみさえ抱いた。
猿は弱いもの、猿は人間が保護してやらねばならぬもの、猿は人間があれこれと指導し手助けしてやらねばならぬ劣ったもの。
そんなふうに考えているのだろう、というのは明らかであった。
だが、人間も悪いやつばかりではない。
あれこれとボノボに干渉しようとする人間の団体はいくつもあった。国連もそのうちの一つだ。うんざりだった。
だがそんな中にも、たった一つだけ好ましい団体があったのだ。
サンクタス・ファウナである。
彼らは干渉し、だが同時に猿たちを尊重し、その意見には確かに価値がある——、そうボノボは感じられたのだ。
彼らは動物が動物として、動物らしく生きられることが最も動物のためとなる、と考えていた。
素晴らしい考えだと感じた。
猿が人に迎合する必要はまったくなく、今まで通りに人と猿は別の場所で交流をすることなく生きるべきなのだ。
それはどこまでも、ボノボの考える「最善」と合致していたのだ。
数ヶ月ぶりにコンゴの奥地までやってきたゼノスは、ボノボの目の前に座っていた。
その彼がゴリラが人権を求めていることについて教えてくれたのだ。
礼儀正しい彼の第一声は「やあ」であった。
なんとも気の抜ける一声であったが、しかしボノボは彼が嫌いではなかった。
喋る猿たちのために尽力し、喋る猿のためのソーシャルネットワーキングサービスを立ち上げたのは、彼が率いる団体だった。
ソーシャルネットワーキングサービス——、これについては、文明的干渉だとする意見を持つ猿もおり、それを肯定・否定する意見に二分された。
しかし、人間に権利を蹂躙させないためには必要最低限の文明的干渉なのだろうとボノボは判断をしたのである。
結果それは、当事者たる猿たちの預かり知らぬところで決定されかけていた、発話可能な猿たちにまつわる取り決めの阻止——、つまり人間による猿への過剰な干渉の回避の一翼を担うこととなった。
不満はまだ残るが、それはまあ、現段階では良しとすべき、充分な成果と言えるであろう。
だからサンクタス・ファウナが成した、猿たちのための新たな文明的システムの構築は、許容範囲内の文明的干渉なのだ、とボノボは納得していた。
ゼノスは猿を尊重している。猿らしい生き方を選択できる環境整備に協力している。彼は信頼するに足る人間の一人だろう。
そんなゼノスは今日、一人きりでボノボに会いに来ていた。
人間が一人でここまでやってくるのは恐ろしく難儀なことだろうが、彼はボノボの持つ丸いGPS発信機とやら——、アブラヤシの実程度の大きさだ——、が居場所を教えてくれるとかで、思い出したようにボノボのもとを訪れるのだ。
だが今回は本当に久しぶりのことで、つまりゼノスが訪れなければならぬ何かしらの理由ができた、ということなのだろう。
いよいよ、猿のための社会構築が始まるのかもしれない。
ボノボの胸は期待に踊った。
「悪いね、随分と時間が経ってしまった」
「いや、構わない。そう困ることはない」
「ツレないなぁ。GPS、渡してくれるかい? そろそろ電池を交換しないと」
「ああ」
それを渡すと、彼はフンフン、と奇妙な鼻歌を歌いながら電池とやらの交換にあたり始めた。
何をしているのかまったく判らないが、ゼノスが必要だというのなら必要な作業なのだろう。
ゼノスはボノボたちに必要なことだけを行う、よくできた人間だ。
ゼノスの団体はソーシャルネットワーキングシステムの構築以外にも、様々な提案をボノボにした。
その最たるものは、ボノボをリーダーとして擁立したことであろう。
すべての発話可能な猿たちをまとめるリーダーが必要になるはずだ——、という彼らの考えは尤もだった。
群れのリーダーが空白であることは、つまり群れを守る者が誰もいないということ。それはとても危険な状態だ。
だから喋る猿のうちの誰かが立つ必要があるのだと彼らは言った。
次に、多数決で人権が必要かどうかを決めることが最も公平だと教えてくれたのもゼノスたちであった。
確かに全員の意見を是か否かで可視化できるのはとても素晴らしい手段だと感じた。
それから彼らは、ゆくゆくは動物と人類は完全に分たれた道を歩み、地球環境の破壊を進める人類に変わって地球を管理すべきは知性ある猿たちなのかもしれない、との考えを示してくれた。
まったくその通りであるとボノボは考えたのだ。
人類による森林破壊、環境汚染は引き返せないところまで来ている。誰かがどうにかしなければならない。
どうにかするために立つべきは、このボノボなのだろう、とボノボは考えていた。
電池の交換を終えたゼノスは、川のほとりにはよくある倒木に座った。
「僕はね、君。君たちこそが地球を管理する、そんな未来が来るといいと思っているんだ」
「それは以前にも聞いた話だ。我々も勿論そのつもりでいる。愚かな人類を地球にのさばらせておくつもりはない」
ゼノスは口角を持ち上げ笑んだ。首の後ろで結った白い髪が風に揺れていた。
「君たちは本当に賢い」
「……だがゼノス、君はそれでいいのか。君は人間だろう」
ゼノスは首を傾げ、それから「うん?」と言った。
「つまり?」
「人類を、滅ぼすつもりなのだろう?」
「いずれは滅びるべき種だと考えているさ」
ゼノスは穏やかに笑んで言った。まるでそれは、我が子の誕生を寿ぐが如くの笑みだった。
「ゼノス、君は孤独が恐ろしくないのか?」
ゼノスは人類を手ずから滅ぼすつもりでいるのだろう、とボノボは理解した。
ゼノスは地球で最後の、唯一の人類となるつもりなのかもしれない。そう考えたのだ。
「そうだな……、迫害されたり崇拝されるのなら、孤独の方がマシかもな。少なくとも僕はそう考える」
孤独の方がマシ。ボノボには理解し得ない考え方であった。たった一頭で仲間のいない森林で暮らす——、それはどれほどの静寂だろう。動物の声、虫の羽音、木々の揺れる音。そういうものは聞こえても、仲間の声が聞こえない。
ボノボは想像し、そして身が震えるような感覚を覚えた。
人類が滅亡した世界。それはとても穏やかなものだろう。
食べるためではなくただ金のや欲望のために動物を狩るものはいなくなるだろう。動物の数は増えていくに違いない。
だが、そもそも人の滅亡とはどうすれば実現させられるものなのだろうか。
「……どうやって人類を滅ぼすつもりだ? 人類はあまりにも数が多い。そんなこと、できようがないだろう」
ゼノスはボノボを驚いた顔で見つめ、それから暫くの時間を置き、口を大きく開いて笑った。
ハハハハ、という人間的な笑いが森にこだまする。
メスのボノボたちが、ボノボの身を案じて近づいてきた。
『大丈夫、彼は我々の味方だ。我々を害する心配はない』
そう説明すると、彼女たちは不安そうな表情のまま、しかしそっと離れていく。
ひとしきり笑ったゼノスはボノボに向き直った。
「……ごめんよ、笑うつもりはなかったんだ……、彼女たち、なんて?」
「大丈夫なのか、君は……、ゼノスは本当に安全なのか、と」
「ああ……悪かったな。警戒させてしまった。すまない、と伝えてくれないか?」
ゼノスは心底申し訳ない、という表情で謝罪した。
悪い人間ではない。喋る非ヒト霊長類にとって彼は最も信頼のおける人類だ。だが、彼が何を考えているのか判らない——、そう思う瞬間は、ボノボにも少なからずあった。
「あとで伝える。それで?」
「ああ……、そうさ。人類は数があまりにも多い。だから、人類を滅ぼすなんて約束は僕にはできないよ。そんな力もない。流石にね」
それからゼノスはジッと川面を見つめ「人類が滅びた世界は、たぶん僕も君も見ることはできないよ」と呟くように言った。
では、彼は何をしたいのだろう。
何をするためにボノボと接触を持ったのだろう。そんな疑問がボノボの頭を駆け巡った。地球の管理者として知性ある非ヒト霊長類が立つ。それは、非ヒト霊長類が人間を管理下に置かなければ実現のしようがないだろう。
ゼノスはふと口を開いた。
「君、資源って判るかい? 人類は地球から採掘した資源を加工し消費し続けているだろ? 人類はそれを再生産不可能な勢いで消費し続けていってる。つまりね、地球という箱庭の資源枯渇と環境悪化は避けられないわけだよ」
「それには我々非ヒト霊長類も被害を被っている」
「そう……、つまり、人類って機構が間違ってるんだ」
「それを食い止めるには人間に管理者の座から降りてもらうしかない、という話だろう?」
「うん、そうだね。だけどそれはとても難しい」
「……難しい? では人類滅亡はすぐに迎えられないと?」
地球にとって人類の営みは害でしかない。ボノボはゼノスにそう教わるより遥か昔にその事実には気づいた。
年々人類の生活に侵食されていく森、汚染が進む水や空気。そんな風に世界を変容させていくのはいつでも人類だ。
仲間にそれを伝えても彼らは『でもそれはどうすることもできない』と言う。
そうだ、その通りだ。
ボノボには何の力もない。
しかしボノボの前に現れたゼノスは、一つの成果を容易く見せてくれた。
人権の拒否。
こんなに上手くいくとはボノボも思わなかったが、それはあっさりと認められたのだ。
ゼノスの協力が得られるのなら、もしかしたらボノボの望む世界はすぐに実現するのかもしれない。そう考えたのだが。
しかしゼノスは、それは難しいという。
「第三次世界大戦、あるいは致死率の高いウイルス感染の拡大。そんなものがあっても、人類は滅びない。特に戦争は環境負荷が大きくて最悪だ。よしんばそれで人類が滅びたとしとも、表面的な平和しか訪れないよ」
「どういうことだ?」
「第三次世界大戦……、そんなものが起きたら、おそらく地球のあちこちが放射性物質で汚染されるし森も無傷では済まないだろう。それに、今、急に人類が一人もいなくなったとしたら、ビルや家屋はともかくとして、発電所など……、そういうものを放置することになる。その場合の環境負荷は計り知れない。わかりやすい例だと火災。そこかしこで火の手が上がって長期に渡った延焼が続くだろうね」
「つまり、人類を生かしたまま、人類が原始的な生活へと戻っていくことでしか地球の環境負荷を減らす手立てはないということか?」
「それも現実的ではないけどね。人類を今滅ぼすのはまったく現実的ではないし、手立てもない。悪いね。僕が君を混乱させるようなことを言った。すまなかった」
ゼノスは謝った。嘘のない、真っ直ぐな瞳でボノボを見つめる。
風が吹いて、ゼノスの髪をが揺れる。
彼とボノボはそれなりの年月を対話し、これから何をすべきかを話し合い、交流を深めてきた。
次はこうしよう、ああしよう。
そのビジョンのどれもがボノボには判りやすいものであった。ゼノスと行動を共にすることで得られるであろう未来が理解できた。
だがボノボは今、少しばかり彼にガッカリしていた。
ゼノスには人類を滅ぼすことができない。これでは知性ある非ヒト霊長類が地球の管理人に君臨する未来は遥か遠く——、いや、もしかしたらそんな未来は訪れないのかもしれない。そう考えたのだ。
「ゼノス、君は何がしたいんだ」
「僕はね、戦争を起こすつもりないよ。さっきも言ったけど僕には人類を滅亡に追い込む力なんてないんだ」
なにかはぐらかされているのではないか。そう考えると、ボノボの口は自然に閉じられる。
ゼノスという無毛の猿を、ボノボは信用し過ぎたのかもしれない。
彼の評価を改めるべきなのだろうか。
そうは思うが、彼の今までの言動、また実際に猿たちのためにしてきた行いを思うと、どうしても彼を信用に値しないと断じて切り捨てることができなかった。
彼は間違いなく人類の滅亡を望んでいる。ただ、それを実現する手立てを持ち得ないというだけ——、なのかもしれない。
ボノボは、そんな未来をゼノスならば実現できるのかもしれないと信じていたのだが。
「戦争、ね」
ゼノスがポツリと言った。
「だけどね、君。戦争は必ず起きるよ。起きてしまうんだよ。起きてしまうものは止めようがない。今までもそうだったから」
人類は愚かだからね、と彼は付け加えた。
川のせせらぎ、そして仲間の声が聞こえる。
土と木々の匂い。
ボノボはぼんやりとそれをその身で感じた。
残念だ。ゼノスについていれば、人類を管理者の座から下ろすことはそう難しく無いのかもしれないと考えていたのに。
動物を、森を守れると考えていたのに。
それにしても戦争か、とボノボは考える。人類は数年ごとにひどい戦争を繰り返しているということは、ゼノスが以前に教えてくれた。
また、戦争には及ばないが、小さな紛争は繰り返され、もっと小さな日常の中では迫害や暴力で他者を死に至らせるやり取りはそう珍しく無いものだと言っていた。
そうしてその延長で、人は動物の命を貪り、棲家を蹂躙し、そしてボノボたちを苦境に立たせるのである。
「そうだ、いいニュースがあるんだ」
忘れていた、とゼノスは言った。
ゼノスのもたらすいいニュースには期待ができそうになかった。ボノボは意気消沈しているのである。ボノボの中では数年以内に人類を地球の管理者から引き摺り下ろすことは、決定事項であったのだ。
それがどうやら不可能だと知らされた今、どんなニュースも魅力的に響かないだろうと思えてならなかった。
「いいニュース?」
一応は、と尋ねると、ゼノスは笑んだ。
「スウェーデン、ドイツ……、あとスイスかな。あの国では、知性ある君らを何人たりとも害してはならない、という法が制定されたよ。僕たちの活動に賛同するセレブにご協力いただいた結果だ」
「そうか」
それは確かに前進であろうが、しかしボノボの仲間たる非ヒト霊長類が狩られる場は主にこのアフリカ大陸でのこと。
耳慣れない国々で決まったことが、ボノボたちの生活にどれほど大きな影響を齎すのか、ボノボには判断しかねたのである。
「ところで、今日僕がここまできたのは君にお願いがあったからだ」
ゼノスは急に真剣な顔顔つきとなった。それから「最近あった事件なんだけど」と切り出したのだ。
「……実はね、今日から二週間くらい前にチンパンジーの幼獣が攫われたんだ。親が僕たちのところに助けを求めてきた。幸い、親も発話可能な個体でね」
「誘拐……腹立たしい……!」
良くあること、良くある不幸と片付けるには、あまりにも腹立たしかった。法の制定がせめてこのアフリカ大陸東部での出来事であったらよかったのに、とボノボは苛立った。
「……喋る妖獣だから攫ったそうだ」
妖獣が密猟者に狙われるのは常であるが、よりにもよって密猟者は喋るからという理由で子供のチンパンジーを攫ったということだ。
「それで、その妖獣は……?」
「ギリギリのところで密輸は阻止できた」
よかった、とボノボは息を吐いた。
人間は気持ちの悪い生き物だ。
理性ある生き物のくせに、欲望のためには平気で他の生物を傷つける。捕食対象ならば仕方ない。だが人間はそうではない。己のエゴのために平気で動物を殺し、かと思えば保護の名目を掲げて、捕食動物から獲物を奪って恰もいいことをしたかのように語ることさえあるのだ。なんて不気味な生き物だろう。
「やっぱり自治権は早急に必要だな……」
ゼノスが小さく言った。
「それで、僕のお願いだけどね……、君、国連へとまた行ってもらえないだろうか」
「何のために」
今はそれよりも、これ以上知性ある我々が不当に搾取されない法整備が必要だ。そう言いかけると、ゼノスは判ってる、君の言いたいことは判ってるよ、と言ったのだ。
「うん、だからね、僕は知能ある君らを決して害してはならない、という国際的な取り決めを確立させたい。そのために君には再び国連へと行って欲しいんだよ。ドイツ、スイス、スウェーデンも協力してくれるってさ」
「それが上手くいっても保護されるのは発話可能な我々だけだ」
ゼノスはニコリ、と微笑んだ。
「だから僕は『知性ある君ら』を害してはならない、という法整備を進めたいんだよ」
「……つまり?」
「だって君たち、みんな知性があるだろう?」
ボノボは息を呑んだ。
なぜバレたのだろう。
「ああごめん、驚かせてしまったね。うーん……、そう、僕の体感だと、喋れない個体もみなそれなりの知性を有していて——、人間的な学力を有していないのは、彼らがそれを学んできていないだけで、教えればほとんどの個体が四則演算程度はできるんじゃないか?」
ボノボは返答に詰まった。
「どう?」
ゼノスは口角を持ち上げて尋ねる。
ボノボが人間的な発話に目覚めた時、頭がすっきりとクリアになった感覚があった。仲間もまた同様だった。
猟の方法が変わった。効率よく食事を確保できるようになった。人間の言葉の意味が、少しずつ理解できるようになった。仲間に人間の考えを伝えると、殆どの仲間がそれらを理解した。反対意見を唱える者さえいた。
群れの知性が上がったとボノボは感じたのだ。
だがボノボはそれを隠していた。
それが人類に露見したらなにをされるか判ったものではないからだ。
だからボノボは自分一人だけが——、人間的な発話が可能な自分だけが、異質な存在であるように振る舞った。自分だけが特異な個体ならば、人類に狙われるのは自分だけで済むと考えたからだ。
「君は僕の言葉を度々仲間に説明していた。彼らが知性を有していないのなら、君はわざわざ僕の言葉を彼らに伝える必要はないし、君はもっと孤独であるはずだ。あってるよね?」
「……ゼノス、君は……、」
「僕はね、君。僕は、君たち知性ある存在が害されてはいけない、という法を根付かせる必要があると考えている。人権という枠とは別の、君たちのための法律だ。世界はまだ、君たち全員が知性を有しているとは気づいていない。だから今こそ、世界がそれに気づいていないうちにそれを作り上げる必要がある。猿全体に権利を与えるなんて世界は許しちゃくれない。だから、気づかれていないうちに……、なるべく早い段階でそれをやるんだ」
「——」
「ドイツ、スウェーデン、スイスは法が作られた。ならばこれを国際法……、世界的なルールにするのも夢ではないよ」
「何のために」
「君たちが猿らしく生きるためにさ。いずれ訪れる戦争のために対策が必要だろ? 君たちは人権とは切り離された、絶対に手出しできない存在にしなくてはならない。そのためには独自の権利を有する必要がある。人類の法が、人類の干渉がまったく不可能な立場にするためにね」
「そのあとはどうする」
「そうだな、森林での自治権を得ようじゃないか」
「自治権?」
「森を君たちの棲家として手出しできない場所にしたい。君たちの棲家、その環境を保護して、資源を食いつぶされない場所——、つまりね、そう、国だ」
国だと?
ボノボはゼノスのあまりに壮大な夢に言葉を失う。いや、人類の滅亡を目指すよりも遥かに現実的な野望なのかもしれない。
だがそれを実現できるとしたら或いは。
ゼノスが示したプランはとても魅力的だ。
「まずは君たちの権利の確立が必要だね。それから森林の自治権の獲得、それを足がかりに君たちの国を作ろう。大丈夫、君らはみんな知性があるのだから、自治だって容易いさ」
ゼノスはその体毛よりも白い歯を剥き出しにして、そして笑顔を作ったのだった。
まるで子供のような笑顔である。
国。非ヒト霊長類のための場所。人が蹂躙しない場所。動物たちの国。
ボノボは一度だけ「国」と呟いた。
ボノボに宿っていたゼノスへの失望は、どこへやら。
いつの間にかそれは綺麗に消え失せていたのだった。
そう、降り始めたと思ったらすぐに止むスコールのように。




