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11.ファルク

 レポートの送信を終えたところで、サトウはその図書館から出た。


 外の日差しは弱く、冷たい風が襟元から入ってくる。真冬の寒さはひどく堪える。


 サトウは身をすくめ、そして人間よろしく横断を歩道を渡る猫を見た。この寒さは外で生活する動物たちには厳しいことだろう。


 全ての動物を保護できればいいのだが、そうもいかないのが現実である。

 猫が無事横断歩道を渡り終えたところでサトウは再び歩き出した。


 しばらく行くと潮風が頬を掠めた。

 拠点までは徒歩で三〇分ほど掛かるが、考えをまとめるにちょうどいい距離だ。

 

 大井埠頭の奥まった場所に位置する廃倉庫を改装した場所、そこがサトウの所属団体の『ファルク』だ。


 動物と生命の共生財団・東京支部。


 動物の保護を主な活動内容とし、基本的には中立姿勢を保ったまま動物を救助や治療を行なっている団体だ。

 まあ、それも表向きの活動に関しての話ではあるのだが。

 後ろ暗いところは何一つない、とはサトウには言えなかった。


 さて、と信号を待ちながらサトウはパインとのやり取りを思い出す。


 パインへのヒアリングで、リーダー猿——、正確にはボノボなので猿ではなく類人猿だが——による扇動が見られたことは事実として確認できたが、その裏に「何者か」がいる可能性については否定してきれず、ファルクは調査を続けていた。


 純粋にボノボが(いだ)いたボノボ自身の意思による扇動、または誘導ならば事態は少しだけマシとも言える。そこに猿以外の意思が存在しないのなら自治の範囲内であろう。


 パインのような人権が欲しい少数派の意見が押し潰されたのは確かに問題であるが、喋る猿たちによって形成された新興社会が民主的に未熟であった結果なのだから仕方がない。

 社会とはそのようなトライアンドエラーを積み重ねて自分たちの手によって成熟させていくものだからだ。


 だが、外部勢力による誘導があったとなると、話は大きく変わってくる。


 人間による誘導が練り込まれた思想や決定は「猿たち自身の自由意思」なのか「人間の意図を内面化させられた意思」なのか猿たち自身にさえ判らなくなり、所謂「内在化」が起きやすいことが最も大きな問題と言えよう。


 自身の意思と認識させられた思想は深く根付いていればいるだけ修正が難しい。


 誘導は人間にもしばしば起こることではあるが、人間社会においては自己修正もまたしばしば起こり得る。


 ネットでさまざまな意見が飛び交う昨今は特に、自身がどの意見を取り込むかを自らの意思によって選択できる。


 扇動や誘導は確かにあるが、選択肢が目の前にいくつも転がっている状況ならば、意思を確認しやすいはずだ。


 だが今回の場合、相手は非ヒト霊長類、猿だ。


 人間社会に不慣れな彼らは誘導されやすい。人間社会のように多様な意見の主張が殆どない現状は、好き勝手に種を蒔かれやすい環境と言える。


 何者かによる誘導があったのか、なかったのか。誘導があった可能性が否定できるまで、ファルクは調査を続けていく方針を固めた。


 それが、およそひと月前のことだった。


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