1.目覚め
森の奥深く、凄まじい湿気と生い茂る木々の合間に、そのターゲットはいた。
まだ小さい小さな、乳離れもしていないような小さなゴリラ。その子ゴリラが何故かそこに一匹でポツンといたのだ。
これはラッキーだ、と密猟者はほくそ笑んだ。あの赤ん坊を麻袋に入れて持ち帰るだけで高値で売れる。親を殺す必要がない。密猟者も一応は人の心とやらがある。無駄な殺生は避けたいものなのだ。
遠くで咆哮が聞こえたがシルバーバックが到着する気配はない。
小さなゴリラはきょとんとした顔で密猟者を見ていた。見たこともない無毛の、奇妙な物を纏った 人類が珍しかったのだろう。警戒心が薄いのか、逃げることもせずただただ円な瞳で密猟者を見つめていた。
もしかしたら体の弱い個体なのかもしれない。それできっと、捨て置かれたのだ。
しめしめ、このまま大人しくしてくれよ、と麻袋を掲げた瞬間、肩を何かがポンと叩いた。
「なあ、何してるんだ?」
密猟は通常の場合はグループで行われる。密猟者仲間だろう。
そうだ、この密猟の少し前にグループに迎え入れた男に違いない。
まったく新人というのは足手まといで困る。
「何ってお前、あれが見えるだろ、赤ん坊が親なしでいる。ラッキーだな、あれはまだ本当に生まれたばかりだから高値で売れる」
「ラッキー? 売る?」
「そうだよ、ラッキーだ。何せ親が近くにいない。
ラッキー以外の何ものでもないだろ。
というか、売るのなんて当たり前だろ。俺たちはお偉い研究者や学者じゃないんだ」
「売るのか」
「しつこいな、後にしてくれ。お前何しに森まで来たんだよ!」
声を顰めて語気を荒くしつつ、密猟者は振り返った。
身を屈めた密猟者を見下ろすようにしていたのは、密猟者と同じく無毛の奇妙な物を纏った人類——、
ではなくて、全身が毛で覆われた、顔の黒い、そう、ゴリラであった。
「え」
密猟者は息を呑んだ。しまった。親が帰ってきたのだ、と理解をした瞬間に背中に冷や汗が伝う。
ゴリラの握力はとても強い。背後に回られて敵う相手ではない。密猟者は咄嗟に銃を構えた。
「おい、それで俺を殺すのか?」
「え」
密猟者は再び間抜けな声を上げた。
「……え?」
「無毛の猿がいたから慌てて群れに戻ってみりゃあやっぱり密猟者か。
ウチの子は体が弱いからな、捨て置かれたんだろう。
でも親の俺は子供を見捨てない。おい、お前密猟者だろ?」
「……」
密猟者は目の前で起きている出来事が理解できずに構えた銃の引き金を引けず引いた。
「とーちゃん!」
可愛らしい声に密猟者はハッとした。
ゴリラが人間の言葉を話している。
そんなことが起きるはずがない。起きるはずがないということは、これはきっと着ぐるみを着た人間が何かで、
しかしこんな森の奥深くで人間がゴリラの着ぐるみを着ているわけがなく。
「とーちゃん、この猿なに?」
「密猟者。覚えておけ。悪い奴らだ」
「悪いの?」
「ああ、だから殺さなきゃいけない」
「そうなんだ」
気づくと密猟者の手からは銃が奪われていた。
そしてそれはゴリラの手の中あり、彼は密猟者に向かって銃口を向けていた。
「確かこうやって……、ああ難しい。俺の指じゃあ撃てねぇなあ」
めんどくさい。
そうゴリラが言ったような気がしたが、それを確認するより先に密猟者は悲鳴を上げ、しかし悲鳴が喉から漏れ出すより前にその首をゴリラによってへし折られたのだった。