第8話 マイホームは純和風
建築業界トントントン。デンキチさんの金づちを振るう小気味良い音が静寂の森に響く。子どもの頃に夢見たツリーハウスはメルヘンチックなかわいい小屋みたいなものだったのだが……。
「なんだ!? 木の上に城? 砦?」
「おい、悪い奴では無いとか言ってたが、やっぱヤバい奴なんじゃないのか⁉」
後ろから聞こえる声に振り向くと、例の美人エルフのエミリールとそのお仲間らしい耳トンガリ族の男二人が騒いでいた。
「ちょっと、悪魔め! よくも騙したわね!! アタシの純情を返せ!!」
「やあ、エミリール。今日は山リンゴの収穫かい?」
「何ノー天気なこと言ってんのよ! これ、どう見たって侵略拠点じゃない!!」
エミリールがギャアギャア騒いでいるが、無理はない。木の上にこんな巨大な城を作るとはオレも想像つかなかった。しかも、純和風。あのサンバを歌って踊れる将軍様が住んでるような城。デンキチさんは今まさに天守閣の屋根に金のシャチホコならぬ金のドラゴンを設置しているところだ。
「いや、もっとこじんまりしたマイホームになる予定だったんだけどさ。大工さんが張り切っちゃてね」
「張り切りすぎよ!! これがマイホーム!? あなた、独り者でしょ?」
「確かに広すぎだよなぁ。掃除も大変だ」
あとで、フロラにお手伝いゴーレムでも頼んでおくか。
「キミ、キミ。タナトス君だっけ」
「はい、そうです」
「我々は悪魔がこの辺に住むという話をエミリールから聞いて、様子を見に来たんだよ。本当は悪魔が住むことなんて見過ごせないところだが、エミリールの命の恩人というから、とりあえず来てみたら……」
「あー、そうですよね。でも、あの大工さん、今興に乗っているから、やめろっていったら何するか分からないですよ。なんせ口癖が『頭かち割るぞ』なもんで」
「え!? そんなに、ヤバイやつなのか?」
「ええ。それで、好きにさせてたらこんなになっちゃって…。威嚇するつもりはなかったんです。申し訳ありません。見てのとおりしがない悪魔一匹です。エルフの皆さんに害をなす気はこれっぽちもありません」
エルフの男二人は『どうする?』といった様子で顔を見合わせてヒソヒソ相談を始めた。よし、ここは平身低頭、好感度アップ作戦だ。
「あの、差し出がましいようですが、何かお困りごとはないですか? 力になれることがあればご協力します。敵意がないことをお示ししたいので」
「それなら……実は最近エルフ族はベビーラッシュなんだ」
「はぁ」
「知ってのとおり、エルフは長寿なもんだから、あまり、その、子作りとかには興味がなかったというか……。それがある日、人間が持ってきたハレンチ本がエルフの間で流行してしまってね……」
「お盛んで、子沢山でおめでたいことです」
「いやはやお恥ずかしい! それで急に食糧不足になってしまってね。エルフは狩猟民族だが、それだけでは足らんのだ」
「なるほど。自分も生活のために食料をどうしようかと考えていたところです。少し時間をいただけますか? 色々考えてみますので。上手くいけばおすそ分けします」
「本当かい!? それは助かるよ!」
上手く話がまとまりかけたところで、エミリールが横ヤリを入れてきた。
「じゃあ、私が定期的に監視に来てあげる。怪しい動きをしてたら即焼き討ちよ!」
「山火事になるからやめてくれ! ……だが、信用できるに足ると判断できるまでは、ちょくちょく様子を見させてもらうよ。あと、落ち着いたら村長に挨拶に来てくれ」
「わかりました。よろしくお願いします」
「私に感謝することね! また様子を見に来てあげるから、次はお茶とお菓子くらい用意しなさいよ!」
高飛車ながら何だか嬉しそうなエミリールの捨て台詞を最後に、耳トンガリ族みなさんは引き上げていった。さて、食料問題か。どうするかなぁ。そんなオレの悩みをよそにデンキチさんは嬉々として作業を続けている。しかし、この城に本当に1人で住むのか? 独り身の寂しさがマシマシだろ。ワンルームくらいで良かったんだけどなぁ。