第68話 ニイタカヤマノボレ
「アビャビャビャー!!!! みちこちゃん助けてー!!」
母の名を呼んで泣き叫んだのは、いつ以来だろう。三半規管を激しく揺さぶる強烈なGと、鼓膜を突き破らんばかりの轟音。よく考えればオレ、絶叫系アトラクション駄目な人だった。
そんな爆速ロケットは、雲の上まで突き抜けたかと思うと、水平飛行に移る。どうやら、巡行モードに入ったようだ。
鉄板を継ぎ接ぎした狭い機内には小さな丸窓が一つ設置されている。そこからは、澄み切った青空と時折高速で流れていく綿雲が見えた。しかし、機内には現在地を示す計器など無く、どこを飛んでいるかは皆目見当がつかない。代わりに目の前には、火災報知器に酷似した、緊急脱出用ボタンが設置されていた。使うことがありませんように――そう祈りながらオレは、ガタガタ震える指先をそのボタンに掛け、身を縮こませた。
果たして、その「使いどころ」は程なくして訪れた。
「ブシュッ! バキッ!!」
リベットが弾け飛ぶ乾いた音と、外壁の鋼板がひしゃげる不吉な音が重なった。えー、続きましては――
「ボフッ!」
機体下部から、明らかに出てはいけない破裂音が響く。
直後、さっきまで青空が見えていた丸窓の外は、ドライアイスのような真っ白い煙に覆われた。
「あー! ロケットに乗るって聞いた時から、こうなると思ってましたよ!!」
オレのヤケクソな叫びに呼応するかのように、さっきまで騒がしかったロケットが急にだんまりを決め込む。その途端、重力に従った自由落下の時間が幕を開けた。『いつやるか? 今でしょ!』オレは渾身の力で、非常脱出用ボタンを押し込んだ。
「バンッ!!」
お尻と腰に突き上げるような衝撃。
次の瞬間、オレは座席ごと空中に放り出され、極寒の強風に揉みに揉まれる。
「寒っー!!」
顔が痛い。分厚い外套を着こんだ体でさえ、布の隙間を縫って冷気がナイフのように肌を刺す。
やがて、落下傘がバサっと広がると、オレはゆらゆらと下降を始めた。
涙で滲む目を凝らせば、眼下には一面銀世界の白い大地。その中心に、古びた灰色の石造りの城壁と、黒い尖塔が針のように林立する街並みが広がっている。
雪に沈むように静まり返ったその街は、恐らく、目的地である魔王領最南端の街、ヴォルデムンド。
やれやれ、どうやら方角だけは合っていたらしい。どのみち片道切符の特攻ロケットだったのだ。無事に着いたなら結果オーライとしよう。
ホッと胸をなでおろしたのも束の間。左右に揺れながらのんびり落下するオレの目の前を、真っ赤な炎に包まれたロケットが、猛烈な勢いで街に向かって加速していく。
その軌道の先にあるのは、ヴォルデムンドの中枢を担う砦。
「アジャパー! これじゃ、宣戦布告じゃあーりませんか!!」
ヴォルデムンドの砦内。会談の場として用意された広間には、重厚な暖炉から弾ける薪の音だけが静かに響いていた。レッドカーペットが敷かれた床には、磨き上げられた漆黒の長大なテーブルが置かれている。その上座に、魔王ガレスは余裕の笑みを浮かべて深く腰を下ろしていた。
「ドキュエル、歓迎の準備に抜かりはないな?」
「は! 紅茶も茶菓子も、最高級のものを用意しております」
ガレスは毛皮の縁取りがされた漆黒のマントをわずかに揺らし、満足げに頷いた。
「しかし、戦場でしか語り合ってこなかった我らが、机を挟んで話し合いとはな」
「魔王様。確かに、現在の魔王軍は戦力不足。しかし、安易な妥協は奴らに付け入る隙を与えるだけですぞ」
「フッ。ドキュエル。我の太鼓持ちに過ぎなかったお前も、随分と言うようになったではないか」
「失敬! 不遜な態度をお許しください!!」
慌てて頭を下げるドキュエルを、ガレスは穏やかな手つきで制した。
「お前が魔界の行く末を案じてくれているのは分かっている。こんなハラスメントまみれの王に、今までよく尽くしてくれた。礼を言うぞ」
「ガレス様! もったいなきお言葉でございます!」
深く頭を下げたまま、ドキュエルは感極まったように声を震わせて涙ぐんだ。
『魔王様、最近一人称が「我」に変わった辺りから、急にキャラ変してきた気がする。なんだって、この期に及んで無駄に好感度上げようとするんだ。オレの忠誠心バロメーターがブレッブレになっちまうじゃないか!』
そんなドキュエルの内心を知ってから知らずか、満足気な表情でガレスは悠然と立ち上がると、石造りのベランダへと足を向けた。
「うーむ、今日は実に天気が良いのう! 和睦を話し合うには良き日和じゃ。ハハッ! 見ろ、ドキュエル! 太陽もあんなに近くに輝いておるぞ!」
「はっ……て、魔王様! あれ、太陽じゃない!! ってか、こっちに向かって――!!」
「ハハハ! 何を戯言を! 太陽が近づくなどと――ウソォーン!!!!」
チュドーン。その日、ヴォルデムンドの砦は大破した。




