第66話 魔王への手紙
「えへへ。小粋な女神ジョークはさておき、実は重大発表があります!」
いたずらっ子のように鼻をこすりながら、フロラは期待を煽るように声を弾ませた。
「なんでしょう?」
「なんと! オリタナさんが見つかりました!」
「え!? マジですか!? で、今どこに?」
「それが、本人の意向でしばらく伏せていてほしいとのことで――」
「……なんだか事情がありそうですね。分かりました。魔王との決着が着いたら、詳しく教えてください」
「そうですね。ことが終われば、タナトスさんの再転生の絡みで、オリタナさんのことも棚上げにはできませんから」
「再転生かー」
腕を組んでオレは思いを巡らせる。今度は、イケメンの人間で、無双チートを授かって、そんでもって、中身が残念じゃないヒロイン達に囲まれる、正統派ファンタジーを経験したいもんだね。
それから、しばらくのこと。禍々しい瘴気渦巻く魔王城に、ソリに乗ったサンタコスの郵便配達員が訪れていた。
「魔王様! 鹿男から手紙が届きました!」
「な~に~!」
ドキュエルが手紙を握りしめて声を掛けると、魔王ガレスは歌舞伎役者のように首を回して大見得を切った。ガレス渾身のボケに、不覚にも吹き出しそうになったドキュエルは、肩を小刻みに震わせてうつむくと、さっと手紙を差し出す。ガレスは受け取った封筒を乱暴にちぎると、中の手紙を引き抜いた。そこには、こんな内容が書かれていた。
前略 魔王様
はじめまして、鹿男です。この度、勇者ユリウスから全権委任を受け、和平交渉をさせていただきたく、筆を取った次第です。といっても、私、手紙を書くのが不得手なもので代筆ですが。貴殿とは、不幸な行き違いから、過去には色々ありましたが、お互いの利益のため、虚心坦懐に話し合うことを希望します。日時と場所の指定はお任せします。いつか、2人で仲良くセーレたんのライブを楽しめる日が来ると良いですね。
鹿男(代筆 ディア&ディアー農業指南役サナエ)
「魔王様! 鹿男はなんと?」
ガレスは黙って首を振る。
「――ドキュエルよ。我は鹿男を見誤っていたかもしれん」
「と、いいますと?」
「読んでみろ」
ドキュエルは短い手紙にサッと目を通す。なるほど、このタイミングで和平交渉か。四天王が現在、実質1人の魔王軍としては渡りに船だ。それも見越して、自分たちに有利に事を運ぼうとする思惑が垣間見える。鹿男、策士なり。
「鹿男、なかなか食えぬ男のようですな」
「この手紙の重要なポイントは何だか分かるか?」
「はて? 和睦を希望するくだりでしょうか?」
「フッフッフ。ドキュエルもまだまだ青いな」
「と、いいますと?」
「『たん』、だ」
「たん?」
「だから、たんだよ、たん! 『セーレちゃん』ではなく、『セーレたん』と書いてある! この手紙からは、セーレヲタの香ばしい匂いが漂ってくる。鹿男、意外と話せる奴かもしれん。丁重にもてなす用意をしろ!」
「はぁ……」
なんだ、それ。普通魔王なら、手紙を破り捨てて激高するか、おびき出して罠に嵌める策略を巡らせるとかだろ。やれやれと、肩をすくめて呆れるドキュエルであった。
一方、その頃、我らがタナトスさんは、フロラに頼まれたスイーツリクエストをエムエルに伝言するついでに、自分のケーキも1つ焼いてくれるようお願いしていた。
「タナトスからそんなこと頼むなんて、珍しいわね」
キッチンで様々なスイーツの試作品を作っていたエムエルが、柘榴色の目を丸くしてこちらを振り返った。白銀の長髪をポニーテールにまとめて、純白のコックコートに身を包んだその姿は、褐色の肌と対比して凛とした気品と色香を漂わせている。頭にちょこんと乗せた小ぶりなコック帽のキュートさも相まって、さながら、大人向けのクッキンアイドルといったところだ。お店をオープンキッチンにすれば、エムエル目当ての集客も期待できるんじゃないかな。
「悪いね、開店準備で忙しいところ」
「何言ってるのよ! タナトスのために腕によりをかけるわ。新しいメニューの候補になるかもね!」
嬉しそうに身をひるがえして作業に戻るエムエル。――ごめんな。そのケーキは魔王への手土産なんだ。メグミーヌはともかく、エムエルには端から同行させるつもりはなかった。彼女なら、事情を丁寧に話せば一緒に来てくれるに違いない。でも、魔界に乗り込めば、最悪、エムエルの両親や友達と会敵する可能性だってある。さすがに、それはないな……。
オレの再転生の影響で、エムエルには色々と辛い思いをさせたけど、最近は楽しそうに笑うことも増えてきた。出来ればこれからは、爆炎魔法を操るより、微笑みを浮かべてスイーツ作りに励む、平穏で穏やかな日々を過ごして欲しい。何もかもが終わったら、オリタナさんに会わせてあげるからね。
エムエルへの依頼を終えたオレは、個室の畳部屋にサナエちゃんとデンキチさんを呼び込んで、再び作戦会議を開いた。
「サナエちゃん。手紙は魔王に無事ついたかな?」
「ゴンタ君に頼んだから、もう届いた頃合いだべ」
「ゴンタ君?」
「こないだ来た、郵便配達員のジンタさんの弟だわさ」
あのサンタもどき、ジンタだったのか。じゃあ、ゴンタ君の間に、やっぱり、サンタとヨンタがいるんじゃないのか。まぁ、それはともかく――
「オレの策略に魔王が乗れば、セーレネタに食いつくはずだ。あいつも、セーレヲタの匂いがするからな。そして、油断したところを、フッフッフ……」
「タナちゃん、悪い顔になってるべ」
「グヘヘ。自分、悪魔ですから。この世は所詮、狐と狸の化かし合い。寝首を搔かれる方が間抜けなのさ」
オレは、胡坐をかいて高笑いしながら、前祝いとばかり朱塗りの盃を傾ける。魔王ガレス、世界平和とオレの素敵な再転生のため、お前には永眠してもらうぜ!




