第60話 真冬のテーマパークって底冷えするよね
それから数日後、冬将軍様もとりあえず怒りを鎮めたようで、久しぶりの快晴となった。オレは早速、エムエルと仲良く腕を組むと、農園の見回りに出掛けることにした。
「ちょっと、エムエルさん! 鹿男夫人は私よ! なんで妻の私を差し置いて、イチャイチャしてるのよ!」
「そうよ! このエロ悪魔カップル! 離れなさいよ!」
世間を欺くため政略結婚した偽嫁エルフと真夏及び高級酒おごってくれる時は正妻の太極拳女が口々に文句を言う。この冬、電熱ベストのようなエムエルを手放せるわけないだろうが。常識で考えろよ、このオタンコナスども。
「エムエル! いい加減に――あれ? 暖かい……」
エムエルの腕を掴んだメグミーヌが、その体温の暖かさに気付いたようだ。あっさり鬼瓦のような形相を解いたメグミーヌは、急に聖母のように優しく微笑むと、そっとメグミーヌと腕を組む。たちまち、エムエルの右手にはオレ、左手にはメグミーヌが腕を絡めた素敵な3人組が出来上がった。
「ちょっ! メグミーヌさんまで何してるの!?」
「私たちは、家族同然! みんなで仲良くすべきだと気付いたのよ」
「そうだぞ、エミリール君。みんな仲良くって、エルフの学校では習わなかったのか?」
「はっ! 私としたことが嫉妬のあまり、大切な教えを忘れていたなんて……」
口からで出まかせだったのに、エミリールが反省猿のように頭を垂れた。そんなエミリールも、やがてエムエル湯たんぽのカラクリに気が付くと、彼女の腰にガッチリとまとわりつき、謎の運動会競技のようにオレ達は4者一体にトランスフォーム。そのまま奇妙な節足動物の如く、ぞろぞろと農園内を練り歩く。
「あなた達、いい加減歩きにくいから離れて頂戴! ちゃんと人数分、火球浮かべてあげるから!」
と、エムエルの堪忍袋の緒が切れた頃、ちょうどコロボックル達が住み着いたエリアに到着した。冬の間、休耕田となっているタナトス農園の一角に、イグルーやかまくらみたいな可愛い雪と氷の家が、円を描くように綺麗に並んでいる。その中心には、等身大ガンダム並みの、巨大な猿の氷像が仁王立ちしていた。オレはポカンと口を開けてそれを見上げる。
「ほぇ~。立派なもんだな。あの猛吹雪の中、作り上げたのか?」
「ていうか、なんで猿の像なの?」
首を傾げるメグミーヌに、赤髪のコロボックルが解説する。
「メグミーヌ様だよ!」
「なっ⁉」
「普段は人間の姿だけど、月夜の晩になると、真の姿を現すんだよね?」
「そんなサ〇ヤ人みたいな設定あるか!! カワイイなりしてると思って、いつまでも調子に乗ってると承知しないよ!」
どうも、コロボックルはイタズラ好きらしいな。赤髪のコロボックルは逃げ回りながらも喜んでるし、周りのコロボックル達も指を差して2人の追いかけっこをケラケラ笑っている。でも、ほどほどにしないとその人、たぶんキングコングより怖いから注意しろよ。
その後、コロボックル達はメグミーヌにこってりと絞られ、氷像は彼女の陣頭指揮の下、ドレス姿の令嬢風に作り直された。心なしか、修正が掛かって本人よりも美人になっている気もするが、また機嫌を損ねるのもアレなので、『本人そっくりで美しいな!』と、適当におべんちゃらを言っておいた。調子に乗ったメグミーヌは、夜はライトアップして、さらに神秘的な美しさを演出するのだと、コロボックル達に熱く構想を語り始めた。
それから何日か経った夜のこと。タナトス農園は、まるでねずみ王国の夜のパレードばりに華やかに煌めいていた。そこかしこに設置されたカンテラの光が雪原を照らし出し、巨大な氷像が無数に立ち並ぶ。コロボックルが作り上げたものはもちろん、その仕事ぶりに職人魂を触発されたデンキチさんも、負けじと次々と氷像を作り上げたからだ。ペガサスやドラゴンなどのファンタジックな氷像は、翼や表皮に至るまで精緻に彫られ、まるで今にも天に向かって羽ばたきそうな躍動感を放っている。10分の1サイズ程の氷の城も建てられ、尖塔や扇窓まで精巧に作られていた。さらに城門前にはバーカウンターが設けられ、コロボックルがノリノリでシェーカーを振っている。そんな氷像やお城を縫うように、本物そっくりに出来たバラや百合が、透明な花びらを虹色に光らせて咲き誇っていた。外周に目を向ければ、ボブスレーのようなスライダーコースが大蛇のようにとぐろを巻き、その上を氷のコーヒーカップに乗り込んだコロボックルたちが、めちゃくちゃにハンドルを回して滑走している。そして、これらスノーパークの中心には、バカでかい貴婦人像が堂々とそびえ立ち、メグミーヌに拝み倒されたエムエルが、渋々氷像の後方から巨大な火球を浮かべ、さながら後光が差したような神々しい輝きを放っていた。
「いいわ! いいわよ!! 世界は私のためにあるって感じね!」
腕を組んで満足げに頷くメグミーヌ。コロボックル達も面白がって、口笛と拍手喝采を浴びせかけ、このエセ貴婦人ををさらに調子づかせている。まぁ、みんな楽しんでくれたら何よりだ。
メグミーヌ像の前には、暖を取るため幾重にも積み上げられた丸太が、轟々と音を立てながら燃え上がっていた。さすがに、イスとテーブルは木製のものを用意している。コロボックルのバーテンダーからホットウイスキーを受け取ったオレは、布張りのローチェアに身を沈めながら、毛布に包まって夜空を見上げる。そこには、スワロフスキーをバラまいたような眩い星空が広がっていた。『あー癒されるねぇ……』とほっこりしていると、幻想的な光景にテンションMAXになったエミリールが耳元で騒ぐ。
「社長! 踊りましょうよ!」
「空気読めよ。オレはまったりモードなんだよ」
「何言ってるのよ! 炎を囲んで踊らないなんて、サラダにドレッシング抜きで食べるようなものよ!」
「良く分からないたとえだが、そういうのは好みだろ?」
「つべこべ言わないの! 踊るったら、踊るのよ!!」
エミリールは水色の瞳を爛々とさせて、オレの腕を掴んだ。なんかヤバイ薬でもキメてるのか、お前は? そんなオーバードーズ気味エルフに手を引かれ、しぶしぶキャンプファイヤーの前に立つ。コロボックル達や他のエルフ、獣人の皆さんも口笛を吹いてはやし立てる。そういえばオレ達、対外的には仲良し夫婦ってことになってるんだったな。そのうち、誰かが軽快なリズムで太鼓を叩きだし、横笛を吹き始めた。オレ達だけじゃなく、タナトス農園の住民が次々に炎を囲んで踊り出す。
「キャハハ!」
少女のように、無邪気に笑うエミリール。中身と違って、ツッコミどころの無い整った顔が、焚き火に照らされて、幻想的な陰影をその白い肌に落としていた。ちくしょう、くっそ可愛いじゃねえか。よし、今だけはコイツの中身は忘却しよう。目の前にいるのは、ただの美しいエルフだ。自分を都合よく誤魔化す術を知っている大人なオレは、すぐさまこの状況に順応し、それなりに楽しんだ。『いっそ、一時の気の迷いに身を任せてみるか。よく考えればエルフとよろしくやるなんて、異世界ならではのチャンスだしね』と、そんな下心もむっくり顔を出し始めた頃、オレの頭上に一粒の雨つぶが落ちた。
「あれ、雨かな?」
「おかしいわね、空はこんなに晴れているのに?」
エミリールも首を傾げる。
「大変だ! メグミーヌ様が泣いている!!」
コロボックル達が叫ぶ。彼らの指差す先はメグミーヌ本人――ではない、本人よりさらに美化補正された巨大氷像。その美しい顔から涙が流れ落ちていた。氷像にも魂が宿って、嫉妬に狂ったのか? 一瞬そう考えたが、顔だけでなく全身から汗をかいているようだ。これは……。
「エムエル! ライトアップを止めろ! 氷像が溶けている!!」
「え⁉」
「何言ってるの、ダーリン! ライトアップはこの氷像の美しさを倍加させるには欠かせない演出で――」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃ――あああー!!!!」
驚くエムエルを尻目にメグミーヌと言い合っていると、火球の暑さに耐えられなくなった氷像の首が、大きな音を立ててバキッと折れた。次の瞬間、その頭部がオレ目掛けてグングン迫って来る。イヤー!!
「シェイッヤー!!!!」
メグミーヌが疾風のようなハイキックで、己のデカ顔を粉砕した。
「大丈夫、ダーリン?」
『また、私が守ってあげたわよ』的なドヤ顔でサムズアップするエセ貴婦人。今回のは、ひどいマッチポンプだと思うんですがね。しかし、メグミーヌの見事な蹴りを初めてみたコロボックル達は、ヤンヤヤンヤの大合唱。すっかり気を良くしたメグミーヌは、タイトルマッチで勝利したボクサーのように、右手を高々と掲げてコロボックル達の歓声に応えている。一方、愛しの鹿男夫人はといえば、氷像が落ちてきたショックで泡を吹いて気を失っていた。なんなんだ、このカオスな状況は。
「ま、飲み直すか……」
なんとか、難を逃れたマイチェアに再び腰を下ろしたオレは、アクシデントで逆に盛り上がった意味不明な喧騒を肴に、静かにグラスを傾けたのだった。




