第59話 悔しいけれど、あいつに夢中
避暑地でのドタバタ騒動を終えて、我が家に帰ったタナトスさん。でも、何やら問題発生のようです。
「う~寒! オレの小さい秋が見つからねえよ!」
エーデル・ヴァレイから無事帰還して、数日は気持ちの良い気候が続いた。オレが柄にもなく、スロージョギングを始めたぐらいだ。最近、暴飲暴食気味だったからね。しかし、そんなオレの健気なやる気を挫くように、あっと言う間にタナトス農園に寒波が訪れた。空を見上げれば、昨日まで見事な秋晴れを見せていた青空が、『お前の頭上に叩き落としてやろうか!』と言わんばかりの鉛色に変わっている。断腸の思いで、スロージョギングは2日で終了。やせ我慢して運動するのは心身に良くないからね。健康管理もCEOの大切なお仕事なのだ。そんなわけで、ドワーフ達が慌ただしくタナトス城の冬支度を始めた。天守閣に2重窓を設置していたベルハルトが、
「これから本格的な冬が来るから、ワシらはミスランに帰るよ。最低限の防寒リフォームはしておいてやるから、がんばって冬を越せよ。生きていたら、春にまた会おう」
と、前にも聞いたような捨て台詞を残して、作業を終えるとドワーフ開拓団と共に去っていった。ドワーフって、ヤバくなると風のように去る種族だったっけ? それはともかく、寒いと何にもやる気が起きないね。仕方なく、城内で毛布にくるまって丸くなっていると、背中にじんわりと陽だまりのような温もりを感じた。振り返ると、エムエルが小さな火球をオレの後ろに浮かべている。
「どう、タナトス。あったかい?」
「……エムエル。君がそばにいてくれて本当に良かった」
「タナトス……」
エムエルが切れ長の目を細めて、はにかむように微笑む。なんという慈愛に満ちた包容感。そうだ、同族同士2人が結ばれるのは必然だったんだな。ドラマならここで1曲、恋歌J-POPのキラーチューンが流れ出すところだが、甘いムードを切り裂くように、ヒステリック・グラマーの金切り声が城内に響き渡る。
「このタコー!! ついこの前、私に『ずっと、そばにいてくれ』って、懇願してたじゃない!」
「あの時は、酷暑地獄が無限に続くかと思ってたんだよ。しかし、眩い季節は振り返りもせず過ぎ去っていく。少女の一瞬の瞬きの内に……」
「何ちょっと洒落た言い方でごまかそうとしてるのよ! あんた、女を冷暖房としか見てないでしょ!」
「そ、そんなことある訳ないじゃないか!!」
メグミーヌに図星を突かれ、逆ギレしたオレを庇うように、エムエルが呟く。
「私はタナトスが喜んでくれたら、それでいいんだけど」
「聞いたか、マダム! これがリアル観音様だ!」
「いや、彼女悪魔でしょ。大体エムエル、あなたもねぇ……」
「なんなら、お城全体暖かくしてあげるわよ?」
「さすが、エムエル様! これぞ悪魔式セントラル・ヒーティング!! 者どもが頭が高い! 平服せよ!!」
「ウググ……! これからの寒さを考えると、全館暖房の魅力に抗えない……」
がっくりと、膝をつくメグミーヌ。すると、隣でかじかんだ手をこすりながら、エミリールが囁いた。
「まぁまぁ、メグミーヌさん。昔の転生者が残した言葉に、こんなのがあります。『冬来たりなば春遠からじ』」
「エミリール! あんた、いい子ね!」
メグミーヌがエミリールをヒシっと抱きしめた。エミリールがほんわかした顔でメグミーヌの背中をゴシゴシこする。なるほど、人肌で暖を取る作戦か。エミリールもIQ上がったんじゃないか。ともかく、これで冬将軍もどんと来いだ! ……などとその時は思っていました。
「ごめんなさい、冬将軍様! オレが調子にノッてました! 土下座するので、機嫌直してください!!」
「……」
天守閣の縁側に向かって、華麗に頭を下げるオレ。メグミーヌがその様を冷ややかに見つめている。ガラス越しの景色は猛吹雪と化していた。冬将軍はアブドーラ・ザ・ブッチャーの如く、好き放題暴れまわり、オレ達は完全に城に閉じ込められている。
「大体、この辺りは冬が厳しくて有名なのよ。しばらくは家で大人しくしているしかないわね。幸い、吹雪が来る前に食料も十分確保できてるし」
「マダム、『人はパンのみにて生きるにあらず』だ。せっかく異世界に来たのに、みんなで、トランプやらジェンガやらをやって春を待つ展開で、読者が納得すると思っているのか?」
「まぁ気持ちは分かるけど、吹雪もいつまでも続くわけじゃないから。こういう時は、部屋の片づけとか、掃除とかできることをやればいいのよ」
「嫌だー! 異世界まで来て、そんな地味な作業嫌だー! そうだ、こんな時こそ酒に逃げよう」
「骨の髄までクソニートね……。でも、お酒なら付き合うわよ。寒い時期にグリューワインにして楽しもうと思っていた、とっておきの赤があるのよ」
「さすが、マダム! やはり正妻は気遣いが違う!」
「もう、ダーリンったら! 本当にツンデレなんだから!」
「……タナトス、暖房切るわよ」
「エムエル様ー!! それだけはご容赦を!」
などと、いつもの2割増しでバカ騒ぎをしていると、サナエちゃんがやってきた。
「タナちゃん、城門の前にコロボックルの集団が来てるべよ」
「コロボックル? あの有名な小人さん? ていうか、この吹雪の中、よく外出できるね。とりあえず、中にお通しして」
「ラジャーだべさ」
鹿マスクを装着して客間で待っていると、程なくコロボックルの集団がやってきた。ひいふうみい……30人くらいはいるか? 身長30cm位。みんな、エスキモーみたいな毛皮を着ている。リーダーらしき、赤毛のコロボックルが前に進み出た。
「こんにちわ!」
「こ、こんにちわ」
「僕達、イエティ様に会いに来た」
「イエティ?」
「イエティ様、僕達の守り神。でも、ずっと昔お隠れになった。僕達、ずっと探してた」
「そうなんだ。でも、イエティなんか、ここにいたっけ?」
獣人族の長、ガステオに尋ねてみる。
「はて? 我らの仲間は低地の獣人ばかりのため、寒冷地の獣人はおらぬはずですが……」
「そうなんだ。せっかく、来てもらって悪いけど、ここにはイエティはいないみたいだよ」
コロボックル達は円陣を組むと、何やらガヤガヤと相談を始めた。
「『週刊魔界』のネタだからね、だから私はガセだって言ったのよ!」
「でも、魔界砲で失脚した魔王軍の幹部だっているんだぞ!」
「それだって、えん罪だってもっぱらの噂だよ」
「でも、ヴィゼがコテンパンにのされたのは事実だろ」
ひとしきり相談を終えると、赤毛のコロボックルが再び話しかけてきた。
「イエティ様はイエティ様でないのかもしれない」
「な、なんか、禅問答みたいだな」
「鹿男の手下がヴィゼを倒したって話は、本当か?」
「あぁ、それならそこのマダムが……」
オレは傍らで、他人事のように話を聞いていたメグミーヌを指差す。
「え、私?」
「イエティ様-!!」
たちまち、コロボックルの集団がメグミーヌを取り囲む。
「ちょちょっ! 私、イエティみたいなギャランドゥなんかないから! どこからどう見ても、エレガントなレディでしょ!」
「でも、ヴィゼは倒した?」
「あのエロ女なら、確かにシバキ倒したけど……」
「ありがとう!!」
コロボックル達はメグミーヌに深々と頭を下げた。
「あの女に、僕達ずっと迷惑してた。あいつ、僕達を『カワイイ~♡』って連呼しながら、ペットにしようと追いかけ回していた。だから、ずっと逃げ回ってた」
「あなた達サイズ感的に可愛いから、その気持ちも分からなくも無いけど……。まぁ、お役に立てたのなら良かったわ」
「あなたは、私たちの守り神! これから、コロボックル一族はあなたに忠誠を誓う!」
「誓わなくていいから! お気持ちだけで十分よ!!」
面倒なことになったと、困り顔でこちらを向くメグミーヌ。はてさて、害は無さそうだけど、どうしたもんかな?
「コロボックルさん。お気持ちは有り難いんだけど、これからどうするの?」
「冬の間、ここに住まわしてほしい。僕達、寒いの得意だから、外に雪や氷で家作る。それから、ヴィゼを退治してくれたお礼に、彫像とか滑り台とか色々作ってここ賑やかにするよ」
「札幌雪まつり的なやつか! 楽しそうでいいんじゃない!」
「ありがとう鹿男!」
オレは赤毛のコロボックルと握手する。彼らのおかげで、異世界の冬も楽しくなりそうだ。一方、メグミーヌは釈然としない様子で、首を傾げて呟いた。
「ムダ毛処理は完璧のはずなのに、なんでイエティなんて風評がたったのかしら……」
メグミーヌさん、 スキンヘッドの太極拳使い【事実】→屈強なモンクだろう→ガチマッチョに決まっている→なら大男に違いない→大男なら毛むくじゃらはデフォだろ→つまり、正体はイエティなんじゃね? という残念な連想ゲームの結果と思われます(笑)




