第48話 高原リゾートへようこそ!
馬車に揺られて、やってきましたエーデル・ヴァレイ。はじめてのリゾート地に浮足立つタナトスさんです。
馬車が緩やかな山道をぐるぐる回って登り切ったあと、急に視界が開けた。遠くには、緑萌ゆる稜線が幾重にも重なり、その麓には青々とした木々が今を盛りと生い茂っている。眼下に広がる平地に目を向ければ、白壁に赤屋根の瀟洒な建物が整然と並び、オープンカフェがそこかしこにパラソルを広げていた。高原らしいひんやりとした爽やかな風が舞う中、広い石畳の通りには、日傘を差した貴婦人やステッキを手に談笑する紳士たちが優雅に行き交う。
「金持ち丸出し! 金持ち丸出し!」
「ちょっと! 恥ずかしいからやめて頂戴!!」
初めての高級避暑地にテンションMAXのオレが、両手をサルのおもちゃのようにバシバシ叩いて興奮するのを、メグミーヌがたしなめた。ウォールダム王国の城下町も余裕がある感じだったが、エーデル・ヴァレイは美しい自然の景観も相まって、セレブ度合いが格段にアップしている。そんな、街並みを抜けると、石畳の道は新緑が眩しい深い森へと続いていく。溢れるマイナスイオンを感じるぜ。
「社長! お城があるわよ! 素敵!!」
エミリールの声に目を正面に向けると、その最奥に大邸宅が見えた。ねずみ王国のお城を増築したようなそれは、ラピスブルーのとんがり屋根と半円形の格子窓が幾重にも重なり、陽光を受けて白亜の壁が輝いている。
「お城じゃなくて、あれがウォールダム王家の別宅よ」
メグミーヌがドヤ顔でそう告げる。
「金持ちか! 金持ちなのか!!」
「見苦しいから、その金持ち連呼はやめなさい!!」
その後、邸宅の敷地内に入ったオレ達は、すでに各地からパーティーに招待された他の来賓の馬車がずらりと並ぶ、指定された場所に馬車を止めた。すぐさま、ポーター達がぞろぞろと出迎え、オレ達はゲストルームへと案内される。邸宅内は、外観に違わぬ豪奢さだった。磨き上げられた大理石の床は、鏡のようにオレ達の姿を映し出し、なんだか小っ恥ずかしい。広大な廊下の壁側には、歴代の王室の方達であろう、巨大な肖像画や見るからにお宝な調度品ずらりと並び、反対側の大きな窓からは、湖の水面がキラキラと輝く様子が見えた。そんな長い廊下を歩いてたどり着いた客室は、昔テレビで見た5つ星ホテルのスイートルームのようだった。天井が高い広々したリビングには、ややこしい刺繍が施された、見るからに値が張りそうな絨毯が敷かれ、寒い時期に使うのであろう立派な暖炉もある。風呂は内風呂に露天風呂の2つ。ベッドルームに至っては4つもあり、主賓用の寝室の扉を開ければ、中央には天蓋付きの巨大なベッドが鎮座していた。オークの親子が川の字で仲良く寝ても余裕なほどでかい。
「飛び出せ青春!! ひゃっほい!」
「あ、社長ずるい! 私も!」
とりあえず、巨大ベッドに勢いよくダイブしたオレに、負けじとエミリールが続いた。ぴょんぴょん無邪気にベッドで飛び跳ねる2人を見て、メグミーヌがため息をつく。
「まったく、お里が知れるとはこのことね……」
「あー、また負けたー! なんでなのよー!!」
エミリールが手に持っていたトランプを盛大に放り投げる。晩餐会までの暇つぶしに4人でババ抜きをしてみたが、案の定、不運なエルフの1人負けである。本人以外の3人には当然この結果は未来視できていたのだが、リアクション芸人のお約束を見るように、これはこれで見ていて飽きないもんだ。
「次は! 次こそは~!」
「残念だけど、そろそろ晩餐会にでる準備をしないとね。みんな着替えて頂戴!」
「え⁉ マダム、ドレスコードはカジュアルでいいって言ってたんじゃない?」
「ダーリン。こういうパーティーはね、カジュアルだから何でもいいってわけじゃないの。大丈夫、私が恥をかかないようにコーディネートしてあげるから!」
そうなのか。危うく短パンビーサンで行くところだったぜ。
「ダーリン、良く似合ってるわよ」
「やだなぁ。異世界に来てジャケットなんか羽織ると思ってなかったよ」
メグミーヌにされるがままに着替えたオレは、ネイビーブルーの上着にセンタープリーツの効いた細身のグレースラックスを身に付けた、いわゆるジャケパンスタイルになっていた。ノーネクタイなだけまだ楽だが、かわりにシャツになんだかフリフリしたもんが付いてるぞ。
「見て見て! 社長! どう? カワイイ? カワイイ?」
「なんで2回も聞くんだ。あー、可愛いよ。お前は見た目だけはいつも可愛い」
「もう! 社長! 本当のコト言うと照れるじゃない!」
誉め言葉に聞こえるのか? 幸せな脳構造だな。そんな、鹿男夫人は若草色のクラシカルなワンピースを身に纏い、リボンの付いたベージュのパンプスを履いている。一方、メグミーヌはオフワイトのワイドパンツに同色のテーラードジャケットを羽織り、たいして物が入りそうもないシルバーのクラッチバッグを小脇に抱えていた。今宵は、仕事できる女子風なのね。そして……。
「ちょっと、なんで私、男装なのよ!」
「何よ、あなたがメイド服着るのを拒んだからじゃない。あなたは今日は執事役をしてもらうわ」
エムエルは漆黒の燕尾服に身を包んで、自慢の長髪を後ろで一つに束ねている。おいおい、イケメンかよ。
「では、ぼちぼち行くとしますか」
オレは仕上げに鹿マスクを被ると、パーティー会場へ向かうべく、部屋を出た。
次回、鹿男、王女様とご対面?
更新は、9月10日(水)の予定です。