第46話 人は運が9割
「ダーリン、やっと2人っきりになれたわね。はい、あーん」
「サンキュー、マダム。うん、うまうま」
メグミーヌが得意の冷却魔法で作ってくれた冷凍フルーツを頬張る。まるで、小さな応接室のような豪華な馬車の中は、座席のクッションの具合も程よい固さで快適なり。その上、室内は冷却魔法でキンキンに冷やされており、至れり尽くせりだ。やっぱ、セレブ旅はこうでないとね。ご満悦なオレに、後ろから怒気をはらんだクレームが飛んできた。
「こっ、この馬車、振動がダイレクトに体に響くんだけど!」
「ちょっと、メグミーヌさん! なんでこっちは冷房効いてないのよ!」
後ろの馬車からエムエルとエミリールが次々に文句を言う。オレ達の乗っている馬車は純白の客車に煌びやかな装飾が施された、いかにも王侯貴族が乗るような代物だが、2人の馬車は、乗り合い馬車を小型にしたような、武骨で簡素な作りのものだ。
「うるさいわね! 主賓と従者の馬車に差があるのは当たり前でしょ! それに、馬車内を冷却魔法で冷やすのは、結構大変なのよ。あなた達は亜人なんだから、少々暑くても耐性あるでしょ」
「人種差別反対!」
「そうよ、そうよ! それに、私は従者じゃなくて、ファーストレディよ! そっちの馬車に乗せてよ!」
エミリールが西部劇のガンマンさながら、走行中の馬車から馬車へ飛び移らんと身を乗り出した。意外な身体能力の高さで、こっちの馬車の後方までたどり着いたエミリールの侵入を阻止せんと、メグミーヌも馬車を出て立ちはだかる。
「ちょっ、危ないでしょ! 定員オーバーよ! おとなしくしてなさい!!」
「わ、私はファーストレディなのよー!」
「いつまでも、バカの1つ覚えみたいに言ってるんじゃないわよ!! 大体、今はダーリン、鹿マスクしてないでしょうが!」
「あー、メグミーヌさんが、バカって言った! バカっていう人がバカなんだぞ!」
「クソガキ理論フカしてんじゃないわよ! このとんまエルフ!!」
その場で2人、がっちりロックアップすると、額を突き合わせてにらみ合う。あーあー、このパターン、2人とも落車するぞ。
「あー、御者さん。申し訳ないけど、いったん止まってくれますか。仲間を轢いちゃうと、さすがに寝つきが悪いんで」
「かしこまりました」
「ゆっくり、ゆっくりね。急ブレーキ掛けるとあの2人吹っ飛びそうだから」
腕の良い御者は見事なスローダウンで、スムーズに馬車を止めた。その後、エムエルも交えた4人で話し合い、公平に定期的にくじ引きで席替えすることに決めたのだった。ちなみに、ボロい方の馬車に乗る人には、クールネックレスを支給することにする。最初からそれくらいの配慮はできただろうに、メグミーヌの奴、よほど2人がついてきたのが気に入らなかったんだろうな。
「うー、シクシク。なんで、1回も当たらないのよ……」
その後、くじ引きを繰り返した結果、エミリール以外の3人は2台の馬車を行ったり来たりしたが、なぜかアンラッキーエルフだけは、ボロ馬車に根が生えたように動かなかった。
「メグミーヌさん! なんか、イカサマしてるんじゃない⁉」
「失礼ね! あたしだって、そっちの庶民馬車に何度も乗ってるじゃない! 2分の1の確率に1回も引っ掛からないなんて、あなた呪われてるんじゃない?」
「うぇーん! メグミーヌさんが、またヒドイこと言ったー!」
怒ったり泣いたり面倒くさいエルフだな。しかし、人生は運が9割というオレ理論によれば、仲間がこの状態なのは、今後もらい事故の危険性大だ。いっぺん、フロラにお祓いでもしてもらったほうがいいかもしれない。と、その前に、まずはエミリールのギャン泣きを止めないと、こっちもイライラしちゃうので、助け船を出すことにした。
「仕方ないな、エミリール君。次の休憩でオレが交代してあげよう」
「社長!! 一生付いていきます!」
『疫病神みたいな人はついて来ないでください』という本音を呑み込んで、紳士なオレはニコリと素敵な営業用スマイルを返してやった。