第31話 僕は卒業式で泣いたことがない
その後もサナエちゃんの指導の下、エルフの皆さんのかいがいしい世話が実り、ピヨカン達はすくすくと成長した。んっ、オレ? まぁ、3日に1回くらいは手伝ってたかな。エミリールには『社長! 邪魔しないでよ!』って怒られてたけど。今や、ピヨカンは小玉スイカから普通のスイカサイズにまで大きくなった。このままだとアドバルーンばりに膨らんで、お空に飛んでいくんじゃないと心配していた矢先、サナエちゃんが満足げにこう言った。
「ここまで育てば十分だべ。収穫に備えて卒業式の準備をするだよ」
教育らしい教育はまったくしてない気がするが、この通過儀礼をこなさないと、ピヨカンとして出荷できないらしい。とりあえず、フロラに当日、スマミでお祝いメッセージを送ってもらようお願いした。女神の祝福を受けたピヨカンなんて、ブランド力が上がるからね。メグミーヌも『さすタナ!』連呼でご満悦だ。当日の式辞は、概ね面倒見てきたエミリールでいいだろう。『エミリール君、君が校長だ!』と伝えたら、泣いて喜んでたな。あと、卒業式といえば歌か。幸い、エルフは音楽が得意な一族らしいので、エミリールのお仲間達に任しておこう。それから、来賓でメグミーヌに、ドワーフのベルハルト、ついでに悪魔だけど、エムエルも呼んじゃうか。よく分からんが、まぁ、こんなもんだろ。そんな5分で思いついた素案をサナエちゃんに伝えると、拍子抜けするほどあっさりOKをもらったのだった。
そして、やってきました卒業式。体育館はないので、園庭で行うことにした。当日は、お天気に恵まれ快晴なり。一応、オレもモーニングに身を包んで、司会進行を行った。式辞を読むエミリールが感極まったのか、泣きじゃくって進行が一時フリーズ、演題から引きずり下ろすトラブルもあったが、フロラのスマミ越しのメッセージには、ピヨカン達も心なしか嬉しそうだったし、エルフの皆さんの竪琴や横笛に合わせた合唱も厳かで、全体的には良い卒業式だった。少なくとも、無意味に長い校長挨拶の拷問に耐えた、前世の記憶に比べるとね。
卒業式が終わると、ピヨカン達が東の空を見上げて固まった。すると、ピヨカンからオレンジ色のふわふわしたオーラが人魂のように浮き上がる。ピヨカン達が『さよなら』と言った気がした。実際には、いつも通り『ピヨピヨ』しか言ってないけど。ともかく、ピヨカンの魂はタンポポの綿毛のように空に舞い上がり、やがて、小さくなって、雲の中に消えていった。どちら様も、来世は良いご身分に転生できますように。さてさて、そんなわけで、いよいよたわわに実ったピヨカンの抜け殻が、園庭のど真ん中に残されたわけだ。
デンキチさんが大きなガーデンテーブルをセッティングすると、サナエちゃんがピヨカンの前に仁王立ちした。
「ちょっ! サナエちゃん、それ日本刀……」
「これは、かの近藤勇の愛刀虎徹を模して、デンキチさんに作ってもらった三徳包丁だべ」
模するものが違うだろ……などと、突っ込む間もなく、サナエちゃんはピヨカンを一つ掴んで放り上げるや、目にも留まらぬ居合切りを見せた。カチリと刀身を鞘に収める音がした刹那、大きなピヨカンが綺麗な一口サイズに切り刻まれ、花びらのように広がった。
「サナエちゃん、農業ゴーレムだよね?」
「包丁の扱いは、女型ゴーレムのたしなみだべさ」
いざ鎌倉な時は、彼女に先陣を切ってもらうとするか。それはさておき、ピヨカンを試食してみよう。パクっと口に入れた瞬間、強炭酸の刺激が喉を打つ。ついで、濃厚な甘みと程よい粘度のある溢れる果汁。例えるならゼリー状の濃いファン〇オレンジ。これは、美味い!
「エクセレント! カクテルベースにも使えるわよ」
「この刺激がたまらんな!」
すぐ思考がアルコールと直結するメグミーヌが、ベルハルトと満足そうに笑い合っている。一方、園庭の隅では、エムエルが所在なさげにたたずんでいた。
「エムエルも一口どう?」
「ありがとう。いただくわ」
エムエルはそう言って微笑むと、ピヨカンを口に入れた。途端に顔が緩む。
「何これ⁉ こんなの初めて!」
「この世界的にも、珍しいの?」
「だって、果肉に炭酸があるなんて、普通あり得ないわ!」
エムエルが興奮しているが、くだものが喋ったり、飛んだりするのは普通のことらしいから、異世界の常識は良く分からん。
「このままでも十分美味しいけど、スイーツにアレンジしても良さそうね」
「そうかもね」
「ちょっと、キッチン借りられる? 何か作ってみる」
エムエルがウキウキしている。なんだが、楽しい気分になってくれたみたいで、良かったな。サナエちゃんに伝えて、台所に案内してもらった。と、ちょっと目を離した隙に、気が付けば、メグミーヌとベルハルトがピヨカンをつまみながら、酒盛りを始めている。
「タナトス! こっち来い!」
「ベルハルトさん、ピヨカンはいかがですか?」
「いいぞ! これは売れる! それで、今、恵がピヨカンでカクテルを作ってくれたのだが、これがまた美味い! お前も飲んでみろ」
「マダム。また酒ですか。ほどほどにしないと、後で泣きますよ」
「おだまり! 四の五の言うのは、このピヨカン・ハイボールを飲んでから言いなさい!」
なるほど。ウイスキーをピヨカンで割ったのか。一口飲んでみる。これはイカン! 飲みやす過ぎる。調子に乗ったエミリールが、ズラをスラムダンクする姿が目に浮かぶ。
「マダム、大変美味しゅうございますが、この後、販売に関する会議も控えておりますので、この辺りで……」
「えー、ノリが悪いわよ、ダーリン!」
ブツブツ言うアル中から酒瓶を取り上げようと揉み合っていると、エムエルがサナエちゃんを伴って戻ってきた。
「時短レシピだけど、ピヨカンでタルトを作ってみたわ。お茶にしましょう」
「まぁ素敵! いいわね。アフタヌーンティーと洒落込みながら、優雅に今後のことを語り合いましょ」
上手いことアル中の目を逸らしてくれたぞ。エムエル、ナイス。焼き上がったタルトは黄金色の果汁でとろりと輝き、瑞々しいピヨカンがふんだんに敷き詰められていた。ひと口頬張れば、優しい甘みとほのかな酸味が舌をくすぐる。
「エムエル、上手だね」
「フフ。これでも魔王城の料理長も務めてるからね」
「へぇ! そりゃ、すごいな。胃袋捕まりました」
などと、笑い合っていると、情念に燃えた眼力のエミリールとメグミーヌの視線が突き刺さった。
「お菓子くらい私も作れるんですけど……」
「私だって! バカにするんじゃないわよ!!」
いや、バカになんかしてませんがね。結局、2人して肩をぶつけ合いながら台所に向かった挙句、小一時間後、貴重なピヨカンをダークマターに変換して、しょんぼり帰ってきた。
そんなお騒がせコンビのいない間に、残ったメンバーで優雅にお茶会しながら、以下のことを決定したのだった。
1.タナトス・ファーマーズを正式に立ち上げ、ピヨカンをはじめとする農作物の栽培、販売を行う
2.社外取締役にベルハルト、メグミーヌが就任する
3.ドワーフ国はベルハルト、ウォールダム王国はメグミーヌ、エルフ族はエミリールが担当する
4.魔族との関係については、エムエルと情報交換を密にして、今後検討のこと
5.悪魔が代表だと風評被害の恐れがあるため、対外的には獣人鹿男を代表者とする。
5については、これから商談するたび、あの鹿の被り物を装着しなければならないかと思うと、正直あまり乗り気じゃなかったが、気を取り直したエミリールが『じゃあ、鹿のブランドロゴを作りましょう!』と、さらさらと書いた落書きが、意外とファニーでグッときたので、了とした。なんか、転生してこのかた、『ま、いいか』でずっとここまで来た気がするな。
ともあれ、いよいよ本格的に『オペレーション・ガッポガッポ』が始動だ。




