7.「豊受」の読み方
現在の「豊受」の読みは一般的に「とようけ」であるが、京都府福知山市にある、「元伊勢外宮」の豊受大神社の読みは、「とゆけだいじんじゃ」である。また、804年に成立した「止由気宮儀式帳」では、神名が「とゆけ」となっている。
鎌倉中期(13世紀)成立の倭姫命世記では、奇妙な記述がみられる。(倭姫命世記は伊勢(度会)神道の根本となる経典の神道五部書の一つである。伊勢神道については12節で詳述。)
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10代崇神天皇の39年、但波の吉佐宮(余社宮)に遷幸し、四年間奉斎。ここから更に倭国へ求める。この年に豊宇介神が天降って(天照大神に)御饗を奉る。
21代雄略天皇の21年。天皇の夢の中で「御饌都神止由居太神を伊勢に欲しい」と天照が言った。
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( http://nire.main.jp/rouman/sinwa/yamatohime.htm を参考にした)
ここでは、トヨウケとトユケが明確に別人である。
そして、神道五部書の別の書である豊受皇太神御鎮座本紀では、豊受大神を、天地開闢に先立って出現した天之御中主神と同一視している。
( https://ahimitemo.hatenablog.com/entry/2019/03/01/194700 参照)
まるで、トユケがトヨウケだとミスリードするように。
いわゆる元伊勢の一社である「籠神社」(このじんじゃ)では、「豊受大神は別名を天御中主神・国常立尊・御饌津神とも云い、その御顕現の神を豊宇気毘女神・豊受比売とも云います」と説明している。
( https://enkieden.exblog.jp/27400886/ 引用)
トヨウケは御饌津神つながりで、多くの稲荷神社の祭神にすらなっている。ちなみに稲荷信仰は711年に始まったといわれている。
トユケとは何者だろうか。丹波(京都府中部~北部、兵庫県北東部)にルーツがあると思われるが、謎が多く、エピソードがほとんど残っていない。丹波の羽衣伝説の主人公もトユケではない。しかし、捏造された神格であろうトヨウケは全国で祀られており、あまりにも強い神格を持っている。
神託では、天照は妻の読みを「トユケ」と明確にしている。トヨウケではない。しかし、トユケはトヨウケを演じることで、莫大な権力を行使することができる。大出世だ。