5. 能力者の生まれ方
「ごほんっ。……では、改めて説明します」
「本当にごめんなさい……」
顔をわずかに赤らめたタクトが、わざとらしく咳払いして場を整える。隣でしゅんと縮こまっているリリシアには「気にしないで」と一言添え、説明を再開した。
なお、メアは勘違いしたままどこかへ去ってしまい、今ここにはいない。タクトは機械兵が動き出す時間ではないと考えていたが、念のため見張りを続けるべくこの場に留まっていた。
「まず、一つ目の条件は“紋様があること”です」
「はい」
「そして二つ目は……“最終日まで生き残ること”です」
「……?生き残ること、ですか?」
「はい。正確に言えば“生き残った者にだけ、その力が宿る”ということです」
首を傾げたリリシアに、タクトは補足を加える。
そもそも機械兵は、人知れず静かに人を殺していく存在だ。外見も声も行動も元の人間そのもの。
目的はただひとつ――人間を滅ぼすこと。
それを全て倒しきるまでは、殺戮は決して止まらない。逃げようとしても、道中で必ず襲われる。
だから機械兵に侵入された村は、全機を破壊し、生き残るしかない。
「でも……生き残ることが条件ってことは、私は全部が終わるまで、役立たずってことですか……?」
「あっ、いえ! 違います! 言葉足らずでした!」
リリシアが涙を溜めながら呟いた瞬間、タクトはギョッとしたように身を乗り出した。彼は女性の涙にひどく弱い。慌てて言葉を選び直しながら、全力で訂正する。
「正確には、リリシアは“今でも能力を使えるはず”なんです。僕が言ったのは……その後の話です」
「この後……?」
「はい。リリシアは僕に“どうしてタクトには力があるのか”と聞きましたよね。それは――僕も自分の村で、紋様を得たからですよ」
「!」
能力者は、紋様を得た瞬間から力を使える。
タクトが今でもその能力を持ち続けているのは――ただ“生き残ったから”だった。
しかし紋様が与えられるのは一度きり。旅の中でタクトは何度か機械兵に侵された町や村に遭遇したが、そこで新たな紋様を授かったことは一度もない。理由は単純だ。紋様は、その地で最初の夜にだけ与えられるものだから。
「死ねば能力ごと消え、勝ち残れば……その力を自分のものとして持ち帰れる。……そういう仕組みなんです」
「…………」
タクトがふと遠くを見つめるように目を伏せた瞬間、リリシアは胸が締めつけられるような痛みを覚えた。そっと頬に触れた指に、タクトは気づき、小さく微笑み返す。
「さて、話が少し逸れてしまいましたね。リリシアの紋様はどんな形をしていましたか?」
「あ、えっと――」
「あ!見せなくて大丈夫です!紙に書いてください!!」
ためらいもなく服の裾をめくろうとしたリリシアに、タクトは慌ててストップをかけた。……紋様は、だいたい“見せにくい場所”に現れるのだ。初心なタクトは顔を真っ赤にしながら紙とペンを差し出した。
「こんな感じです」
「どれどれ……ああ、これは珍しいですね。“占い師”です」
「どんな能力ですか?」
リリシアが紙に描いた紋様は少し歪ではあったが、特徴ははっきりしており、判別には十分だった。もともと“占い師”は紋様としては王道である。
それなのにタクトが「珍しい」と評したのは――占い師は機械兵に真っ先に狙われやすく、生き残ることがほとんどないからだ。
「毎晩ひとりを選んで、“占う”ことができます。その人が機械兵か、人間か……判別できる能力です」
「……!!そんな……!じゃあ、私は今まで……いったい何を…………」
「リリシア……」
力を知ってしまった彼女は、紙を握りしめるように肩を震わせた。タクトはそっと彼女の背に手を添える。
「私が、占っていれば……!村の人たちが死ぬことは……無かった……!」
「リリシアのせいではありません」
「でも……!」
「あなたは“力の存在”を知らなかった。使い方も、用途も。……これが、この能力の理不尽なところなんです。知識を持つ者がいなければ、紋様を得ても能力の意味すら分からない」
「……っ」
「あなたは悪くありません。それに紋様持ちは機械兵にとって脅威で、真っ先に消したい存在です。――きっとこの村にも、他に何人か紋様持ちがいたはずです。でも、昼間の話では……誰も紋様のことに気づいた様子がなかった」
タクトは言葉を尽くして彼女を慰めた。リリシアはタクトの気遣いを理解しながらも、胸の奥の痛みを簡単には手放せない。心優しい彼女だからこそ、どうしてもっと早く気づけなかったのかと、自分を責めてしまうのだ。
「…………」
「……暗くなってきましたね。そろそろ部屋に戻った方が良いでしょう」
俯いたまま動かないリリシアを見て、タクトはやや言い過ぎたかと後悔する。しかし、もう述べた言葉は戻らない。
そして――この痛みを乗り越えるのは、結局彼女自身だ。
今日は休ませた方がいい、そう思って促したのだが。
「……まだ」
「え?」
「まだ、力の使い方を聞いてません」
「へ?」
「私は……誰かの役に立ちたくて、ここに来ました」
「う、うん。でも……」
「聞いたのは私です。確かに悔しくて……胸の中はぐちゃぐちゃのままです。でも、知らずに後悔するより――ずっと、ずっとマシだと思います」
桃色の瞳には涙が浮かんでいた。それでも溢れないように、必死にこらえているのがタクトには分かった。だが、それを指摘するほど彼は無粋ではない。
「だから……!私に、力の使い方を教えてください!!」
―――
「リリシア……か」
タクトは屋根の上で、先ほどまで隣に座っていた少女のことを思い返していた。自分の力不足に悔しさを抱え続け、それでも人のために前へ進もうとする――そんな一生懸命な子。仕方のないことまで背負い込んで後悔し、それでも涙を堪えて立ち上がった強い女性。
「…………」
「惚れちゃったー?」
「うわぁ!!」
リリシアが返していったブランケットに包まり思索に沈んでいると、耳元から聞き慣れた声がしてタクトは跳ね上がった。長い付き合いだが、メアの神出鬼没はいつになっても慣れない。
「び、びっくりさせないでください!」
「うふふー。だってタクト、反応が面白いんだもーん」
屋根の上でくるくる回りながら笑う姿は、まるでいたずら好きの小悪魔だ。……いや、実際そうなのだが。
「タクトが可愛いー女の子に一目惚れして、見張りサボってないか確認しに来てあげたんじゃーん」
「ひ、ひとめ……!?違いますっ!ちゃんと警戒してますよ!」
「あはは冗談ですよーう。タクトが機械兵関連で気を抜くわけないもんねぇ」
「分かってるじゃないですか……」
楽しそうに冗談を言うメアに、タクトは脱力したようにため息をついた。しかしメアは構わず、にじり寄ってくる。
「で?どうよ。リリシアとヤッたの??」
「ヤッ……?!何言っ……!だから違……!!」
「……ぷ、あははー!語彙力。その様子じゃまだサクランボのままだねー」
「……っ!!」
「顔真っ赤。……じゃあチューはしたのぉ?」
「……だからっ!」
「それもまだかぁ。分かりやすいねぇ」
「……!!」
もはやタクトに勝ち目はなかった。真っ赤になって反論しようにも、メアのペースに飲まれ、口をぱくぱくさせるだけ。
そんな彼にメアはすばやく近づき――頬にキスを落とした。
「なっ」
「んもーう。ほっぺチューなんて何度もしてるじゃん。なのに今日は照れちゃうの?やっぱりリリシアと何かあったんじゃない?」
「だから違うと言ってるでしょう……」
頬へのキスは親しい者同士の挨拶だ。妹弟子であるメアとは何度も交わしている。だが、“からかい目的”となれば話は別だ。タクトはすっかり疲れ切って力が抜けた。
――その瞬間、空気が変わる。
「っ!」
「ほーら。遊んでる間に――来ちゃったみたいだよ」
メアは片膝を立て、その手に顎を乗せながら、闇を見据えた。どうやらこのまま見張りを引き継いでくれるらしい。
タクトはメアに一つ頷き、音を立てぬよう屋根を蹴って夜の闇へ消えた。
メア:白髪碧眼。パーマがかったツインテール。猫目。




