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人形ノ奇劇  作者: せろり


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4. 絶望の中で輝く聖女


 タクトは村長や数名の重役と話し合い、ひとまず今日の処刑を中止し、機械兵(オプロ)への対策を練って合意を得た。今夜は、機械兵(オプロ)を破壊できる力を持つタクトが寝ずの番をし、村人たちは可能な限りまとまって眠るという方針である。


 とはいえ、いかに小規模の村とはいえ全員を一か所に集めるのは現実的ではない。そこで、村人は数か所に分かれて休み、その周囲に見張り役を立て、異変があればすぐにタクトへ知らせるという段取りが整えられた。タクトはできる限り無駄な移動がないよう、村の中央付近で夜通し待機することになった。


 ちなみに一緒に旅をしているメアに、タクトのように機械兵(オプロ)を倒す力はない。その力は、ある条件を満たさなければ得られないためだ。代わりにメアには別の能力があるが、それは戦闘向きではなく、機械兵(オプロ)を殲滅した後にこそ意味を成す“癒し”の力だった。

 その性質ゆえに、無神経な者からは役立たず呼ばわりされることもある。だがタクトにとってメアの力は唯一無二であり、むしろ羨ましいほどだった。

 ……もっとも、個人の持つ能力について羨んだところでどうにもならないことは、タクト自身よく分かっている。自分の力もまた、他人から嫉妬されることがあったのだ。

 だからこそ、この力を得られただけで十分に幸運だとタクトは考えている。それにメアは少々自由過ぎるところはあるが、口性無い者たちから言葉をぶつけられてもいつも笑っている強さを尊敬していた。だから彼女の力を尊重し、守るべきだと感じることはあっても、妬む気持ちなどなかった。


「うー……それにしても寒い」

「大丈夫ですか?」

「うわあ?!」

「!!」


 寒さに肩をすくめつつ考えごとをしていたタクトは、突然背後からかけられた女の子の声に思いきり跳ね上がった。慌てて振り返ると、そこには茶髪の女性がブランケットを抱えて立っていた。


「あ……、えっと。大声出してすみません」

「ううん!私がいきなり声を掛けたのが悪いの。……ごめんね?」


 彼女がブンブンと手を振るたびに、癖のない長い髪がふわりと揺れた。昼間、村長たちとの話し合いの際にお茶を淹れてくれていた少女だとタクトは気づく。そのときの落ち着いた所作から、てっきりおしとやかな子だと思っていたが――今の慌てぶりは、どちらかというと忙しなく動く小動物のようだった。


「いいえ、こちらこそ。それとブランケットありがとうございます。僕の為……ですよね?」

「あ!私としたことが、すみません」


 彼女が手を振った時に落ちてしまったブランケットをタクトが拾い上げると、彼女はさらに申し訳なさそうに頭を下げた。その反応がますますしょんぼりした子猫のようで可愛いなと思い、タクトは思わず笑ってしまう。


「いえ、むしろ緊張がちょうどほぐれました。正直、見張りは気が張るので」


 いつまでも謝り続ける彼女が気の毒になり、タクトは話題を切り替えた。まだ村人たちが集まる時刻ではないが、念のため視線は周囲へ向けたままだ。


「ブランケット、ありがたく使わせていただきます。……では、夜は冷えますし、また明日」


 そう告げてタクトはブランケットを肩にかけ、再び元の位置へ腰を下ろした。

 そのまま見張りに意識を戻そうとしたのだが――女性はなぜか帰らず、ためらいがちにタクトの隣へ腰を下ろした。


「?」

「あの……お礼を言いたくて」

「お礼?」


 タクトは視線を周囲に向けたまま、わずかに首を傾けて彼女の言葉へ耳を傾けた。


「今日……処刑されるはずだったのは、私の父……でした」

「!」

「この村では、もう何人も“選ばれた人”が処刑されてきました。どれだけ泣いて頼んでも……いえ、村長の家系だからこそ、結果を覆すことなんて出来なかった」

「…………」


 タクトは黙って彼女の話を聞いていた。


「……本当は、こんなこと思っちゃいけないんです。でも……でも、どうしても、お礼が言いたくて」

「…………」

「みんなの前では言えない。いえ、言ってはいけないことだから……」


 そこでタクトは女性の方に視線を向けた。


「ありが――え?」

「だめです」


 お礼の言葉を最後まで言わせる前に、タクトは彼女の唇の前で人差し指を軽く上げる。言葉を止められた彼女は、戸惑ったように首を傾げた。


「まだ、機械兵(オプロ)を壊しきっていません。今日結果を出さなければ……あなたの御父君は明日また処刑対象に挙げられるでしょう。むしろ、“今日こそは”と急かされるはずです」

「……そんな」


 顔色を失っていく彼女の肩に、タクトはそっと手を置いた。


「不安にさせてしまって、すみません。……ですが、お礼はすべてが終わるまで言わないでください。もちろん全力を尽くしますが――」


 この世に絶対はない。万が一、という最悪のケースもあり得る。それをタクトはよく知っていた。たとえ失望されても、軽蔑されても構わない。それが真実だからだ。

 それでも、この村の人々が不安と恐怖に押しつぶされていることも理解している。だからこそ、タクトは全力で応えようと思っていた。けれど――過度な期待は、誰にとっても毒にしかならない。


「……タクトさんは、」

「タクトでいいですよ。失礼ですがあなたは?」

「あ、すみません。私はリリシアです。私も呼び捨てで構いません」

「タクトは、どうやってその力を得たのですか?」


 タクトを見上げるリリシアの瞳には、はっきりとした“渇望”が宿っていた。

 自分に力さえあれば――自分がもっと強ければ、犠牲者を減らす事が出来たのだと、そう思い詰めた者だけが抱く、欲求と悲しみだった。


「この力は……」

「分かっています。たぶん、無いものねだりなんだと思います。でも……」


 リリシアは袖をぎゅっと握りしめた。


「何人もの人たちが、人外の化け物に殺されました。……そして、人の手でも。たくさんの人が。深い関係じゃなくても、言葉を交わしただけの人も……みんな、いなくなりました」

「…………」

「それでも私たちは疑い、選び、切り捨てなければならなかったんです。それはもう、地獄でした。ただの被害者として嘆くだけじゃなく、疑念と……重い罪悪感に覆われながら犠牲者を選ぶ日々。希望なんてどこにもありませんでした。どうか終わってくれと“運”にすがって……それでも、絶望は続いて……」


 途切れ途切れの声は、胸を締め付けられるような重さを帯びていた。俯いたリリシアは暗い影を落とし、震える指先を必死に握りしめている。寒さだけが震えの理由ではないことは分かりきっていた。

 タクトはただ黙って、自分が身にかけていたブランケットをそっとリリシアの肩へ掛けた。


「……っ!でも、あなたが来たんです。まるで、この状況を知っているかのように。そして――“人狼を倒せる”と言い切った、あなただけが……!」

「リリシア……」

「教えてください!手に入れられなくていい……!でも、方法があるなら知りたいの。何度でも試します。駄目だったら……そのときは、諦めるから……」

「…………」


 きっと彼女は、機械兵(オプロ)を倒す力を自分が得られるとは思っていない。その“自覚”ゆえに、必死に縋るのではなく――せめて道筋だけでも知りたい、と希うのだ。

 この短い時間だけでも、タクトはリリシアが慎ましく、心の強い女性だと理解していた。そしてここまで切実に、可能性だけでも求める相手に真実を隠すという選択は浮かばなかった。


 そもそも、機械兵(オプロ)を破壊する力の獲得方法は秘密とされてはいない。

 ただ――ほとんどの人が知らないだけなのだ。


「分かりました」

「本当に?!」

「ええ。でも、この力を得るには……二つ、条件を満たす必要があります」

「二つ?」

「昼間の会議でも少し触れましたが、機械兵(オプロ)が現れた夜には、必ず“流れ星”が流れます。そして――その夜に流れた星の数だけ、その日襲われた場所に機械兵(オプロ)がいるんです」


 不思議なことに、その流れ星は機械兵(オプロ)が侵入された土地からでしか見えない。理由は未だに分かっていないが、そのおかげで何機侵入されたのかを把握できる唯一の手段になっていた。

 この村では五つの流れ星が確認されたらしいので、最初は五機いたはずだ。だがタクトの読みでは――残りは一、あるいは二機だろうと推測している。

 その根拠は、村で行われた処刑の記録、投票の推移、誰が何を発言したかといった情報を、書記が細かく残していたからだ。


 それらを照らし合わせれば、三機以上は既に排除されているという推論に至る。

 そして、残りの候補者についても――タクトは、ほぼ絞れていた。


 しかし確証はない。もし見誤れば、大惨事になる。だからタクトは、その疑わしい人物を自分の見える位置に置き、重点的に監視するつもりだった。


「……それが条件に、どうつながるのでしょうか?」

「あ、ええと。これは条件じゃなくて……説明が前後しましたね」」


 タクトは軽く手を振り、言葉を続けた。


「一つ目の条件は――流れ星が現れる夜に、“啓示”を受けた人であることです」

「啓示……?」

「ええ。啓示がどこから降りるのか、誰が与えているのかは分かっていません。ですが証として、体のどこかに“紋様”が現れる」

「紋様……」

「種類はいくつもあるらしいですが、よく知られているのは“占い師”や“霊媒師”、そして“騎士”ですね。僕には“騎士”の紋様があります」


 リリシアは、そこで黙り込んだ。

 タクトはその反応に気づき、首を傾げ――そして、ある可能性に思い至る。


「リリシア、もしかして……」

「見せてください!」

「へ?」

「タクトの紋様、見せてください!」

「え、えっと、それは……」

「私にも――あるかもしれませんっ!」


 さっきまでのしおらしさはどこへ消えたのか。リリシアは勢いよく前のめりになり、タクトとの距離を一気に詰めてきた。タクトは思わず腕を交差して身を守るような姿勢を取るが、リリシアはその動きをものともせず、服をめくろうとする勢いで迫ってくる。


「確信が欲しいんです!さあ、タクトの紋様を確認させてください!!」

「ちょっ……!止めて……!」

「タックトー!夜勤おっ疲れ様ー!!」


 か弱い見た目に反して驚くほどの力で押し倒されかけているタクト。その上にのしかかるような格好のリリシア。そこへ、旅の仲間メアが温かい珈琲とクッキーの載った皿を手に、にゅっと顔を出した。


 しかし目に飛び込んできたのは――今にも何か始まりそうな体制の男女の姿である。


 タクト、リリシア、メア。

 三人の時間が、揃ってぴたりと止まった。


「あ、あー。えっと、私としたことが。なんだかお邪魔してしまったようで~」

「なっ、違う!」

「ああっ!す、すみません私……なんてことを……!」

「いやあ、タクトもお年頃だもんネ。私が悪かったよ。ゴメンネ」

「だから誤解です!!」

「い、いまどきますね!きゃあっ!」

「うわっ!!」

「うんうん。いいんだよ?仲間だけど人のプライベートまで干渉しないヨ」

「ああああごめんなさいぃぃ!」

「だ、大丈夫です……!でも早く離れてください……!というか、何でメアは変な片言なんですか!」

「片言じゃないヨ。全然ひいてるとかないヨ。ただ、タクトって初めてデショ?初めてでお外は……ちょっと特殊すぎると思うヨ?」

「……え?な、……っはあ?!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい……髪が絡まって取れなくて……!」

「ちがっ!ちょ、待って……!」

「ごゆっくり~。……いやー、まさかタクトが変態さんだったとは」

「……メアッ!!」


 違う!! というか何でそれを知ってるんですか!!

 タクトの必死の叫びは、扉を閉めて去っていくメアの耳には届かなかった。




リリシア:栗毛にピンクの瞳。長いストレートヘア。ぱっちりおめめ。

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