3. 怪異の正体
村の中で一番大きな屋敷――村長の自宅には、重い雰囲気と沈んだ空気が満ちていた。
本来なら広場で処刑が行われるはずだったその夕刻、旅人の青年が現れたことで事態は急転し、処刑はひとまず中断されたからである。
居間には村長をはじめ、村の重役たちが数名集まっていた。ひび割れた木机を囲むように並ぶ彼らの顔は、長い苦悩と恐怖にすり減っている。壁際では、湯気の立つ茶器を慎重に運ぶ少女――村長の孫娘が緊張した面持ちで片隅に立っていた。
彼らの向かいに座る旅人の青年――タクトは温かな湯気を立てる茶椀をそっと手に取りひと口だけ含む。そして、湯気の向こうにいる人々を見渡しながら、茶椀を静かに卓へ置いた。その落ち着いた仕草に、居間の空気がわずかに揺れる。
「……さて。処刑を止めてまで聞く価値のある話なのだろうな?」
僅かな希望と疑心暗鬼が渦巻く空気の中、村長が問いかける。重役たちが固唾をのんで見守る中、湯気の向こうに見える青年の横顔を不安げに見つめていた。
この見知らぬ旅人が何を語ろうとしているのか。そして本当に村を覆う恐怖を変えてくれるのか。
「まずは、僕の予想が正しいのか確かめたいです。ここで何が起きているのか、教えてもらえますか?」
タクトは村人たちのやつれた表情を見渡し、まず彼らの言葉に耳を傾けた。毎晩ひとりずつ人が殺され、凶器は三枚の刃。犯人は村の誰かでありながら、誰を処刑しても犠牲は止まらない――村人たちはそう訴えた。
しばらく沈黙ののち、タクトは深く頷いた。まるで、その光景をすでに知っていたかのように。
「……なるほど。やはり、僕が予想した事態と一致していそうですね」
タクトは静かに語り始めた。この村を覆う出来事は、かつて自分が身を置いた“生き残りを賭けた場”と驚くほどよく似ている――と。そこでも、人々は互いを疑い、名を呼び合い、仲間を処刑し続けた。だが真の脅威は、疑い合う人間同士ではなかったのだ。
本当に紛れ込んでいたのは、人に成り代わり、その姿を完璧に模倣する機械――機械兵と呼ばれる存在だった。
機械兵とは視認できない程小さな機械のようなもので、人間に寄生することで肉体を乗っ取る。寄生された人間は命を奪われるが、腐敗することはない。代わりに記憶・人格・思考の癖――そのすべてを正確に写し取られ、元の人間とまったく変わらぬ姿で機械兵に操られるのだ。家族でさえ気づけないほどに。
タクトは続けて、この村にも同じ影が潜んでいると告げた。表情も、声も、日常の仕草さえも、成り代わった人間と寸分違わない。だがその奥底には、人を滅ぼすという異形の意志がある。数こそ多くはないため普段は村人として静かにふるまい、隙を見せた者や自分達の脅威だと感じる者を確実に仕留める。
人間がどれだけ処刑を重ねても、真犯人が同じ顔のまま紛れ続ける限り……犠牲は決して終わらない。
その後しばらくの間、タクトは自身が知る機械兵の特性や注意すべき点について語った。村人たちは言葉を挟むことも忘れ、ただ聞き入るしかなかった。
「そんな馬鹿な話があるものか……!」
「だが、確かに三枚の刃――あれほど奇妙な凶器が使われている理由は説明がつく」
「……っ! それが真実だとしても……誰がその機械に成り代わられているのか分からん! 結局、我々は互いを疑うしかないのではないか……!」
重役たちの声が交錯し、部屋の空気はさらに重く沈む。タクトは一度だけ深く息を吸い、静かに言った。
「……僕に、一晩だけ猶予をいただけないでしょうか」
その言葉に、視線がいっせいに彼へ集まる。タクトは胸に手を当て、落ち着いた声で続けた。
「かつて、似た状況の“場”を生き延びたとき……ひとつだけ力が残りました。
――機械兵を破壊できる力 です」
室内に、わずかなざわめきが走る。疑念と期待が入り混じった視線を受けながら、タクトは言葉を続けた。
「成り代わった人間の外見では見抜けません。でも、僕なら“中身”を壊せます。この村に潜む”人狼”が誰か……今夜、探し当てて仕留めます」
タクトの声音は静かでありながら、その奥底に確かな決意があった。
「今日の処刑は保留にしてください。今日の襲撃は僕が迎え撃ちます。機械兵が動けば終わらせるチャンスが生まれる。その一夜を稼げば、明日の犠牲は確実に防げます」
その説明に、重役たちは互いに顔を見合わせた。
疑念、希望、不安――入り混じった表情が揺れる。
しかし、そのどれもがタクトへと向けられた視線の中で、次第にわずかな光へと変わりつつあった。
――暗い夜に差し込む、一縷の灯火を見るかのように。
タクト:金髪水色の瞳。少しくせっ毛。まつ毛バサバサ。
なおこのお話は前提条件が整わないため、人狼ゲームのような頭脳戦はありません。




