2. チュートリアルにもならない始まりの村
「この世界ってさ、本当にくだらないよね」
今日も彼女は夜の世界に一人きり。
屋根の上に寝そべって、静寂な夜には鬱陶しい程に輝く半月をただ気だるげに見上げている。
「ああ、みんな滅べばいいのに……」
そう呟いた彼女の瞳は月の光など映さず、ただ夜の陰りだけが佇んでいた。
―――
「あ、見えてきた」
機械兵に襲われていた人に嫌な予感がして、タクトは急いでこの村の中心区へ向かう。どうやらこの村は円形に広がり、その中心に少し開けた広場がある作りのようだ。
「お?人だかり」
「!」
「あちゃ~。なんかヤバい雰囲気じゃない?」
急ぎ足で広場へ向かえば何やら人が集まっている。その真ん中には簡素な台が設置してあり、その上に一人の男を中心にして立たせ、それを三人の男が囲んでいた。
「……!……!!」
「ここからじゃ何言ってるか聞こえないね」
その一人が何かを読み上げる度に、その台座を囲む他の人たちが同調するように熱気が上がってく様は異様だ。後ろを歩くメアが言う通りその雰囲気に嫌な予感を覚え、タクトは走り出す。
「あー!待ってよーぅ!」
走るのが遅いメアを置いて、タクトは急いでその群衆に駆け寄った。しかし狂ったように悪魔がとか殺せだとか酷い言葉を吐き続けている人達を上手くかき分けることが出来ない。諦めて足に力を入れ壁伝いに跳び、台が見渡せる小さな時計塔に移動した。
「皆の者!よく聞け。今ここに立つ者は、夜陰に紛れ村を惑わせた罪により今、ここで処断される!」
「!」
見えた光景とその台詞にやはりと思いつつ、タクトは苦い顔をする。台の真ん中には一人の中年が柱に括り付けられ、その正面には輪を作ったロープが吊るされていた。中年の男の両脇には体格の良い男が二人、その一歩前には権力者と思われる初老の男が高らかに宣言している。――これは処刑だ。
「まずいな」
台を取り囲む人々は初老の男が一言発する度に村人達は熱気を上げていく。これが何かの罪で裁かれているのであればタクトのようなよそ者が介入するのは微妙だが、彼には思い当たる節があった為なんとか止めなければと決意する。この熱狂した様子から、言葉で止めることは不可能だろう。どうするべきか、と思案する。
「――これは私情ではない。我らの明日を守るための決断だ!」
「あ、待った!!」
しかし何かを思いつく前に処刑が実行されそうになったため、タクトは慌てて飛び降りた。突然舞台のど真ん中に降り立った部外者の登場に、殺気立った会場でも流石に目を引き、誰だこいつ? という空気が流れる。その白けた空気にタクトは気まずさと上手くいったという妙な達成感を内心抱きながら、とりあえず仲介を試みた。
「と、とりあえず待ってください。僕はこの状況を変えられるかもしれません」
「…………は?」
静まり返った広場で放った彼の一言に、一拍置いてから村人たちは再び叫び出した。
「何を言っている!そんな訳あるか!!」
「いきなり現れて何を言っている!」
「処刑を邪魔するな!!」
「そもそも誰だお前は!」
「あれ?知らん顔だな」
「ですよねー……」
口々に詰められる状況に、タクトは苦笑いしながらも同意する。流石に無策過ぎた。だがあと数秒遅ければ処刑は実行されていただろう。……もしかしたら、無実な人を。だからタクトに後悔はなかった。
「……どうします?村長」
「どうせ旅人の下らぬ正義感だろう。つまみ出せ」
「はい」
周りの人々に責められるタクトの後ろで、処刑人と初老の男……この村の村長が言葉を交わす。突然の乱入者で止まってしまったが、やることは変わらない。ただちに彼を追い出して、これを続けるだけだ。否、続けなければならない。
「俺たちはそいつを殺さないといけないんだよ!」
「そうじゃなければ俺らの誰かがまた”人狼”殺される!!」
「分かってます。村人に化けた機械のことですよね?」
「!」
騒ぐ村人とタクトを静観していた村長だったが、彼の言葉を聞いて動きが止まる。
「いいからどけ!お前いい加減に……!」
「あ、ちょっと!」
「待て」
処刑人に両腕を抑えられ、舞台から降ろされそうになっているタクトに村長が静止をかけた。
「君、何故”人に化ける”ことを知っている。見たところ、今しがたこの村に辿り着いた旅人の様だが」
「あ、はい。僕タクトって言います。つい先程人に成り代わった機械……人狼と呼ばれるものを一機壊して来たところです」
「!!」
その一言に村長は目を見開いた。何故、そんなことを知っているのか。
「う、嘘つけ!」
「アレは人か敵か分からない物なんだぞ!!」
「それをどうやってお前が……!」
その一言に村人達が荒ぶる。しかし同時に彼の言葉は村人達にとって甘い蜜の様でもあった。この村ではここ毎日、人が殺されていた。犯人は未だ分からず、何回も繰り返される犯行現場からやっと分かったことといえば、ここにいる村人の誰かの犯行という事と、鋭利な刃物が三枚連なった凶器で切り付けられたという事だけ。既に何度も村人全員の家に入り、数人でそのようなことが出来る武器が無いかを調査した。だが包丁やナイフ、農具などはあれど、誰一人村人を惨殺した凶器と一致するような刃物は無かったのだ。誰がいつどうやったのか分からない。犯人が一人なのか、複数なのかさえも。何日経っても、何人犠牲になっても、状況は変わらなかった。
変わった事はといえば、人を切り裂く三本の切り口がまるで獣の爪のようだった為、あだ名を人に化けた狼……人狼と呼ぶことにしたのだ。
どんなに調査を進めても、どれだけ対策を行っても、犯人は見つからない。けれど状況から村人の仕業でしかありえないことはみんな分かっていた。だから苦肉の策として毎日一人、村の皆で話し合い、一人疑わしい者を選んで処刑することを決めたのだ。何も確たる証拠が無い中での投票。それでも翌日繰り返される殺戮に終わりの見えない毎日。明日は自分かもしれない、隣人が人狼かもしれないという村人同士の疑心暗鬼。いつ誰が殺されるのか、そしていつ自分が人狼だと疑われるかも分からない暗闇の中、突如もたらされた旅人の情報は、村長を始め村人からすれば喉から手が出る程欲しい誘惑だった。
「……それは、本当か?」
「へ?」
「村長っ……!」
両脇を処刑人二人に抑えられ、今にも台から追い出されそうになっている旅人に村長が絞り出すように声を掛ける。その様子に期待する者や驚愕する者、警戒する者など反応は様々だ。それでも構わず、一つ息を呑んでから村長は続きの言葉を発した。
「君が持つ人狼の情報ついて、教えてもらいたい」
今日処刑される筈だった人は、村長の娘婿であった。
――誰も彼も、好き好んで身内を切りたい訳ではないのだ。




