1
『キヒヒヒヒ! 殺シテヤルヨ人間!』
『ゲキャゲキャキャ! バラバラニ砕ケロ! ゴミドモガ!!』
ある屋根の上に、一人の少女と奇声を上げる化け物達。静かな月夜に不釣り合いな大声に少女は少しも動じない。それよりも夜風のせいで視界の前に靡く髪の方が気になるようで、鬱陶しそうに前髪を掻き揚げた。
「……オプロ、か」
『死ネェエエエエ!!』
二体の化け物たちは醜悪な顔で少女に襲い掛かる。しかしその殺意の刃が届く前に彼女は気だるげにただ一言呟いた。
「”――”」
『?!』
『ッギャアアアアア!!』
少女はその悲鳴に構わずに、屋根の上に座り込む。その前に化け物と呼ばれる存在はもういなかった。あるのはだたの灰の塊が二つ。それも風によってサラサラと何処かへ消えていく。その場にあるのは彼女だけ。誰がつい先程まで異形がいたと思うだろうか。そう思わせる位に二体の痕跡は消え、いつも通りの静寂な夜が戻った。
人知れず人々の平和を守った少女の顔に喜びも達成感もない。ただぼんやりと細い月を眺めるだけだ。
「ああ……くだらない」
ポツリとそれだけ言って、彼女は暫く夜空を見上げてから立ち上がる。そしてまるで何事もなかったかのように、その場を後にした。
この世界にはオプロと呼ばれる殺戮兵器がいる。片言の人語を話し、人を滅ぼそうとしている化け物だ。少し知能はあるようだが、その姿は狼を模っている機械だ。そいつらの目的は人間を滅ぼすこと。どこから来たのか、いつから存在していたのかは分かっていない。ただ野生の肉食獣のように人を襲う、謎多き忌敵なのだ。厄介なことにオプロたちは普段は人間の姿に化け、その正体を隠す習性がある。さらに人に姿を変えている時は流暢に話すことが出来るため、正体を暴くのはなかなか難しい。
世に紛れながら確実に、人の数を減らしているのだ。
「ひっ! 止めろ来るなああ!!」
ある町外れの平屋で、一人の男がオプロに襲われていた。先程まで普通の人間だった名残は全く無く、おぞましい人を殺すだけに作られたような体。頭部にかろうじて三角形の耳が乗っているが、大きく開けた口の中から覗く大きな銃口の前では可愛さなど無縁である。男は勇敢にも近くにあったナイフを咄嗟にとって振るが、薄い刃は機械の体に弾かれ床を滑っていった。
「ああっ……!」
『クク、ケケケ。オレノ体ハ固イゾ。ソンナ鉄屑ナンカジャ傷付カナイ』
「……っ」
近くに他の武器は無く、男は奥歯を噛み締める。突然自分を襲った理不尽に、そして訳の分からない化け物に殺される恐怖。そんな男を見下して、狼型の癖にニヤリと嫌な笑みを浮かべて銃口を光らせる。それは男の身長の半分程の大きさだ。今まさに銃弾が自分に放たれる瞬間を見れなくて、男は瞼をギュッと閉じた。
『ジャアナ』
「そうはさせないよ」
もう駄目だと諦めた時、場違いな爽やかな声が割り入った。
『?!』
「!!」
二人は突然の参入者に驚き視線を向ければ、化け物の後ろに一人の少年。……いや、体つきから青年だろうか。彼が持つ剣によって、化け物の体が貫かれていた。
『不意打チトカ、卑怯カヨ……』
「はは、人に化けて背後から襲う機械に言われたくないよ」
悪態をつく化け物を意に介せず、青年は胸部を貫いた刃を抜いてそのまま素早く斜めに切り離す。そして切断面から青いオイルのようなものを撒き散らし、二つの鉄屑はゴトリ音を立て床に転がった。
「大丈夫ですか?」
「……え、あっはい!」
オプロの生存を確認出来るランプが消えたのを視認した後、青年は襲われていた男に尋ねた。突然の出来事に呆然としていた男は我に返り、慌てて礼を告げる。
「あ、ありがとうございます! 助かりました!」
「いえ、気にしないでください。これが我々の仕事ですから」
人の好い笑顔で男の肩を叩く金髪の青年。にこりと爽やかに笑う彼の雰囲気は、不思議と男を落ち着かせた。
「仕事……? あの、この化け物は一体何なんですか?」
「ああ、これはオプロと呼ばれる殺戮兵器です。僕たちはこれを壊す専門の退治屋みたいなものですよ」
「退治屋……?」
聞き慣れない単語に男は首を傾げる。そんな彼に青年は胸を叩いて答えた。
「ええ。奴らは滅多に姿を現すことはないのですが、こうしてたまに人に化けて襲ってくるんで……」
「タクトォ!」
「わあ!」
「?!」
言い終わる前に何かが勢いよく青年に激突する。普段あまり使わない物置部屋はその衝撃で埃が舞った。
「いてて……」
「だ、大丈夫ですか?」
ぼやける視界の中で、尻餅をついている青年に男はおそるおそる尋ねる。もしかして新手だろうか。少しの緊張を伴いながら目を凝らした先にいたのは、先程の醜い機会ではなく、可愛らしい女の子だった。
「え」
「もう! タクトったら私を置いて先行っちゃうんだから!」
「あはは、ごめん」
子供のように頬を膨らまして青年を押し倒しながら怒っているのは白髪の少女。いや、女性だろうか。彼女は周りに目も配らずに、ポカポカと青年を叩いていた。
「誰……?」
「あ、勝手に入ってしまってすみません」
「まあ……そこはもうどうでもいいんですけどね。命助けてもらったし」
青年が彼女をどかし、立ち上がる。ついでに座り込んだままの彼女の手を取って立たせていた。流れるようなその仕草に、彼の性格が現れているような気がした。
「挨拶が遅くなってしまいましたが僕はタクト。そして彼女はメアリス。僕の同業者です」
「お邪魔しまーっす! 気軽にメアって呼んでね!」
パチン、と星が飛びそうなウインクと共に軽快な挨拶をするメアリスという女性と、爽やかに笑いかける青年。そんな年若い二人の雰囲気には全く似合わない殺戮兵器なるものが、彼らの足元に無惨な姿で転がっている。
「…………」
シュール過ぎて何て返事をすればよいか、男は固まった。だがニコニコと笑って自己紹介する彼らには当たり前の光景だったため、何故彼が固まったのか理解出来ず、暫く硬直状態が続いた。