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灰色遊戯  作者: せろり
1/2


――これは、報いだろうか。


「……っ、……うっ、」

「ははっ」


 動けないように必要以上に拘束された手足からは、蔦が肉に食い込み血が流れている。それに加えて、複数の毒物の副作用で、全身が酷く重い。更には頭痛がする上に、断続的に吐き気が襲ってくる。

 ……いや、吐き気がするのはきっと毒だけじゃない。今まで積み重なった、私の後悔のせいもあるだろう。

 私が見捨てた命、見て見ぬ振りした救いの手。



「……っ」


――そしてたった今、信頼を裏切って、この世界で一番大切な人を殺したのだ。


「…………、」


 ポロリ、と一粒涙が溢れる。生理的な涙は今も流れているが、心が痛んで溢れた涙は何年振りだろう。心は既に壊れていたと思っていたのに、私にまだ人の気持ちがあったのか。


「タクト……」


 笑った顔、真っ直ぐ前を見つめるその瞳。

 打ちのめされて何度膝を付いたって、最後には必ず立ち上がる……まるで光のような人。


 彼の傍にいたかった。

 本当は彼を真綿に包むように守りたかった。

 ……けれど、それは許されない事だから。


「…………ぅ、……く」


 次々と思い出が頭に浮かぶ。露店で買った串焼きをおいしいねって笑いながら一緒に食べたこと、傘を忘れて雨に打たれた私を彼が慌ててタオルを持ってくるその表情、料理を爆発させてあっけにとられた顔。沢山の彼との記憶が蘇る。戦いの中で泣きそうになりながらも歯を食いしばり強くなろうとする輝き、理不尽な中でもその正しさを間違えない清廉さ。主人公のような彼は、私の道しるべであり拠り所だった。唯一信じた私の光。

 ――それを、私は見殺しにした。


「ぅう……!」

「はっ、泣いてんのか?」


 ボロボロと涙が溢れる。体の痛みなんかより、胸の痛みが痛くて苦しかった。

 どうしようもなかった。あれしか私には方法が見つけらなかった。納得もしていた筈だ。何度も何度も何度も何度も……! シミュレーションした結果、それしか方法が無かった。……だけど。


「……たくと」


 最後の瞬間が忘れられない。見開く目、溢れる血。全てがスローモーションに見えた。彼は光そのものだ。そんな彼がこんなところで死ぬわけない。


――だけど確実にゆっくりと、明確に失われていく命の鼓動。

 そして、止まった心臓の音。


「たくと、たくとぉ……!」

「……ぇ」


 自分の罪の大きさに、そしてあの優しい眼差しが恋しくて、私は泣きじゃくる。痛みと吐き気、……そして毒で強制的に与えられていた快楽により頭は混濁し、意識は朦朧としていた。


「たくとに会いたい……! 会わせてよぉ!!」

「……お前らしくねぇな。頭イカれたか?」


 無性にタクトに会いたくなって、私は滅茶苦茶に暴れ出す。けれどガチガチに拘束され、毒で動けない状態では当然ながら何の意味もなかった。むしろそれは、今の状況では悪手だ。


「たくと……」

「……ふうん?」


 グルグルと目が回っている私の言葉を聞いて、目の前の男はニヤリと面白そうに嗤う。冷静に考えれば人を嘲笑うのが大好きなこの男の前で、且つ圧倒的不利な状況の中でそう振る舞うのは良くなかった。


「余裕そうじゃん。まだまだイケるか?」

「ぅあ!」


 体に走った衝撃に意識が戻る。本来苦痛しか感じないはずなのに、与えられた毒の効果により、それは強制的に違う感覚となる。……悪趣味なこいつらしい毒で、吐き気がする。けれど思い通りになりたくなくて、腕に力を入れ傷を深くして痛みに集中した。増えた傷に対し、毒のせいであまり痛みは感じなかったけれど、これは意地だった。


「頑張るね。……でも、そういう方が燃えるって話、聞いた事無い?」


 私は負けた。この男との戦いで。このあと私は殺されるだろう。


「……タクト」


 別にいい。それは報いだ。それに私はこの世の全てが嫌いだった。今更生きたいと思うのは、都合が良すぎるだろう。

 ……だけど。


「タクト……」

「…………」


 どうか、彼だけは。



「……お前さあ、よほど酷い目に遭いたいみたいだね」


 ビクリ、と不穏な空気を感じて無意識に体が竦んだ。私だって、それなりに戦場で一人戦ってきた。修羅場は何度も経験している。だけど、今この男が発する怒気は何かが違った。


「この状況で他の男の名前を呼ぶか? 普通。しかも既に死んだ男の名だ」

「…………」


 私が悲しむのは私の自由だ。私の心が動くのもタクトだけ。虚勢だと自覚しつつも、私は恐怖を必死に呑み込んで、目の前の男を睨み上げた。


――潰されてない方の片目だけで。


「……はっ。その目、その目だよ」


 すると男は瞳をキラキラさせ、まるで少年のように無邪気に喜ぶ。だけど騙されてはいけない。こいつは性根の腐った奴なのだ。目を潰したのはこの人だし、叫ぶ私に毒を与えて一時的に痛みを忘れさせているのもこいつ。この男は肉体的にも、精神的にも傷をつけ、それを嘲笑いたい正真正銘のサディストなのだから。


「最初から絶望まみれなんてつまらない。そんな真っ直ぐな瞳から光を消すのが楽しいんだよ」


 ぐい、と乱暴に顎を捕まれる。近くにあるその目の瞳孔は開ききっている。そんな異常性に内心怯むが、悔しくて睨み返した。……タクトを殺した、この男に屈したくなかった。


 幸いにも、この男の異常性のおかげで混乱状態から立ち直り、冷静さが戻る。……状況は最悪だが。

 だけど、同時にやらなくてはいけないことも思い出した。



――タクトは必ず戻ってくる。

 だから、時間を稼がなきゃ。


「さぁ、始めようか」

「……っ」


 でも、何も恐怖を感じないわけではなく。想いとは裏腹に肩が震えてくる。そんな私の心情を知ってか知らずか、目の前の男は目を細めて嬉しそうに嗤った。



「さて。お前はどれだけ持つのかなぁ?」


 彼の後ろには、今にも消えそうな細い三日月が輝いていた。






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