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第七話 「あの。」

「やっば……警察じゃん。」

「逃げよ!」


 アリスが自分達の嫌がらせで歩道橋から落ちそうになった事、さらにその現場に警察官が現れた事で自分達のやっていた行為に対して急激に怖くなった須藤と葛西は顔を青くしてその場から逃げ出した。


「君たち!これは学校に報告するからな!」


 階段を急いで駆け下りていく二人に皇が怒鳴りつけるが、そのまま二人は振り返ることもなく走り続けそのうち見えなくなった。


「さて、これからどうするか。」


 皇の腕の中で眠ったままのアリスの状態を確認する。見た限りショックで気を失っているだけで怪我はしてなさそうだった。助けられた事の安堵と、自分が抱いている彼女の熱、それから先ほど呼ばれたかつての自分の名前に皇は不謹慎だと分かっていても顔がにやけた。


「セシリア様、今回は助けられましたよ。」


 アリスの前髪をそっとあげると額にキスをする。アリスから顔を離した皇の顔はまるで大事な大事な宝物を手にいれた子供の様だった。


「じゃあ、公園にでも移動しようかな。」


 軽々とアリスを抱いたまま立ち上がると落とさない様に細心の注意を払いながら歩き出す、目的地は歩道橋を降りて目の前の第二公園のベンチ。アリスに極力接触しない様に心がけていたが、今この状態を誰かに任せる気が皇にはさらさらない、せめてアリスが目を冷ますまで隣にいさせて貰おうと決めた。



ーー



「軽い貧血ですのでそろそろ目をさますと思いますよ。」

「そうなの、若いのに心配ねぇ?」


 すぐ近くで誰かが喋っている声がした、女性の声と何故か安心する男性の声。そして次の瞬間風の音で自分がいる場所だと気がつき、一瞬で目をさますと目の前にいる何かと目が合った。


「あらちょうどいいタイミング。」

「体調はどうですか?」


 話しかけてきたのは見知らぬおばあちゃんと、何故か自分の隣に座っている皇だった。驚きつつも一度ベンチに座り直すと、肩にかかっていたジャケットが落ちる。それは皇のだと思われる警察官の制服のジャケットだった。戸惑っているとおばあちゃんに顔を両手であげさせられた。


「よしよし、目もしっかりこっち見てるし顔色もいいね。ばっちりだよ。」

「シゲさんは昔看護師さんだったんですよ。」

「やだね、神楽ちゃんまだ現役だよ。」


 はっはっはと笑いながら神楽の背中をシゲが叩いた。


「お嬢ちゃん、神楽ちゃんね。貧血で倒れたあんたをここまで運んで起きるまで見ててくれたんだよ。ちゃんとお礼言って、今日ははやく帰って休むんだよ。」

「そんなシゲさんそんな大げさな。ほんの十分ぐらいですよ。」

「大げさなもんかい、市民の安全を守ってる警察様が謙遜してるんじゃないよ。じゃあ私はいくからね!」

「シゲさん、どうもありがとうございました。」


 アリスの頭を優しく撫でるとニカッと歳の割に綺麗に揃った歯を見せて快活に笑い去っていった。アリスが慌てて立ち上がり「ありがとうございました!」とシゲの背中にお礼を叫ぶとひらひらと手を振って返事をした。


「……さて、さっきの事覚えていますか?」


 シゲの姿が見えなくなると皇がアリスに問いかけた。アリスは少しだけ視線を泳がせたが小さく頷いた。そしてハッとして自分の手を確認する。そしてそこに何も無い事を確認すると今度は制服のポケットを叩いた。しかしそこにも何も入っていない。


「お探しのものはこれですか?」


 皇が自分のズボンのポケットからいる太郎を取り出し差し出してくる。

 アリスはそれを受け取ると安堵から膝から崩れ落ちた。


「ありがとうございます……。」


 両手でいる太郎を握りしめる。ちゃんと取り返せた事にアリスは目の前が滲んだ。


「僕は貴女をここまで運ぶ時に落とすといけないから預かっただけです。……余程大事なんですね。」


 嫌々と皇は頭をかきながら否定した後に、アリスの手の中のいる太郎を指でさした。アリスは頷きそれと同時に夢から貴方への対策に貰ったとは口が裂けても言えないと目を伏せた。


「でももう二度とあんな無茶しないでくださいね、次は本当に命を落としかねませんので。」


 その声色が本当に今すぐ泣き出しそうでアリスは顔を上げた。元々垂れ気味だった皇の瞳は更に下がり悲しそうにこちらを見つめて笑っていた。

 顔にかかった自分の白髪を指ではらいながら、アリスは見上げた皇の瞳の色が黒ではなく青っぽい事に見とれていた。


「では、僕はこれで失礼します。今日の事は僕からも学校に伝えますので安心して学校に行ってください。」


 立ち上がり立ち去ろうとした皇が二歩ほど歩いてそのままUターンして戻ってくる。


「ごめんなさい、その上着だけ貰っていいですか?」

「あ……これ。」


 顔を少しだけ赤らめアリスが羽織っている自分の上着を申し訳なさそうにちょいちょいと触った。

 アリスはもちろん直ぐに脱いで返そうとしたが、何故か手が動かない。理由は分からないが何故かもう少し皇を此処で引き止めておきたかった。


「あの……。」

「何でしょう。」

「もう少しだけお話しませんか?」


 皇の頬が赤に染まった。



ーー



 二人で並んでベンチに座り直してからかれこれ五分。アリスも皇も何を話し出せばいいのか頭の中で言葉だけがごちゃごちゃ回っていた。


「「あの!」」


 覚悟を決めて話しかけた時、皇も同じタイミングでアリスに声をかけた。二人の声が重なり気まずい時間が流れる。

 

「わ、あ、あの皇さんからどうぞ。」

「あぁ、いえいえ。亜久里さんからでどうぞ。」

「えぇ、でも。」

「僕は全然大丈夫なんで!、どうぞどうぞ。」


 しばらく押し問答がつづいたがアリスが折れた。一度引っ込めてしまった言葉をまた出すにはほんの少しだけ時間がかかったがその時間も皇は優しい顔をして待っていてくれた。


「あの……私が落ちた時何で助けてくれたんですか。あ、いや、警察官だったらそりゃ助けてくれると思うんですけどあまりにもタイミングが良かったなって。」


 「何で。」の言葉にぽかんとした顔をした皇に対して慌てて修正を入れる。助けてくれた事は非常に感謝しているのでそこを責めているわけじゃないと言いたかったのでが自分が喋れば喋るほど今度は相手が自分を付け回していたみたいな言い草になってしまい苦笑する。


「僕は元々パトロール中で大通りを歩いていたんです。そしたらたまたま歩道橋の上で遊んでいる子達が見えて注意しようと思ったんです。そしたらちょうど階段を登った時亜久里さんが柵の方に飛び込むのが見えてあとは無我夢中でした。」

「そうだったんですね……。」

「でも、もう少し早く駆けつけていれば危ない目にも合わなかったのに……本当に不甲斐ないです。」


 言いながらアリスが落下しそうになった瞬間を思い出してしまった皇は苦しそうに表情を歪め頭を下げる。皇の両膝の上に置かれた拳が震えていた。


「そんな事ないです!」


 アリスは皇の頭をぎゅっと胸元で抱きしめた。


「皇さんは命の恩人なんです!皇さんのお陰で助かったんです!だからそんな顔しないで……。」


 慰めたい一心でより一層強く抱き締める。アリスの心臓の音が皇に伝わる、皇はこの心臓の音が止まらなくて良かったと安堵するが、それと同時にアリスの肩を掴み自分から離した。驚いて目を丸くするアリスに皇が目をそらし恥ずかしそうに手を顔にそえた。


「こんな所見られたら僕が社会的に死んでしまうので……。」

「あ……。」


 ボンッと音がしてアリスの顔が真っ赤になった完全に無意識に年上の男性を抱きしめていた自分がはしたなく恥ずかしい。アリスも朱色に染まった自分の顔に両手を顔にあてまたしばらく気まずい空気が二人を包んだ。


「「(誰もいなくて良かった……。)」」


 

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