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第六話 嘘

 アリスの普段通りの登下校のルートは学校を出てすぐの住宅街を抜けて、大通りを暫く歩いた所にある歩道橋を渡り、第二公園を抜ける。アリスの自宅は第二公園のすぐ隣の一軒家で、走ったりしなくても30分も歩けば学校につく。ちなみに夢は歩道橋を渡らずに大通りをまっすぐに進んだ先にある立派なマンションの13階が丸々自宅である。エレベーターを降りるとそのまま玄関になっているのを初めて見た時にはびっくりしたのをよく覚えている。


「今日風強いなぁ。」


 初夏の風が音を立てて顔をかすった、こう言う風が薫風と言うんだっけと現代文の授業を思い出す。夏がきて夏休みが終わればあっという間に本格的な世間は受験シーズンに入る。アリスと夢を含めた内部進学組がそんなに焦ることはないだろうが、外部進学組は大変だろう。ちょっとクラスの雰囲気がぴりぴりしたりするかもしれない。

 ちょっぴちおセンチな気持ちになりながら歩道橋の階段を登り、橋の真ん中まで辿りついた時やけに距離が近い足元の二つの人影に気がついて後ろを振り向いた。


「須藤さんと葛西さん?」

「やっほー。」


 後ろについて歩いていたのは須藤と葛西だった、普段登下校時にアリスはこの二人を見たことない。


「どうしたの、こんな所で。」

「やだなぁ。一人で帰るの寂しいかなってついてきてあげたのに。ねぇ。」

「ねー。」


 二人の表情を見れば、この二人が自分についてきたのは何か嫌がらせをする為だといやでも察することができた。さりげなく一歩二歩後ろに下がって見ても同じように二人はにじり寄ってきた。


「いや、そんな警戒しないでよ。そりゃ私達が亜久里さんに嫌なことしてたのは事実なんだけどさ。」

「須藤は本当は言いたい事があってついてきたんだよ。」

「言いたい事?」


 アリスが聞き返すと須藤がもじもじと両手の人差し指を合わせた。今まで彼女のそんな態度を見た事がなかったアリスは警戒はとかないながらも話を聞く姿勢をとる。


「あのさ、今まで悪口とか言ってて本当にごめん。」


 須藤は眉尻を下げ恥ずかしいのか目こそ合わせなかったものの謝罪をした。


「え、なんで。急に。」

「あたしらずっと亜久里さんに暴言吐いたりしてたじゃん髪の事。あれ、本当は羨ましかったんだ。」

「嘘……。」


 気持ち悪い、病気だと何度も繰り返し二人に言われた。それなのに羨ましいなどと言われてもすっと心には入ってこない。


「うちの学校多少のメイクとかは制服のアレンジはできても髪染めって駄目じゃん。それなのに亜久里さんは入学した時からずっと綺麗な白い髪だから、なんかずるいと思ってて。本当ごめん。」

「そんな事でっ。」


 思わず怒鳴りつけそうになったが、高校生になってからはこの二人があまり髪の事を揶揄うので他に揶揄う人がいなかっただけなのを思い出した。幼稚園、小学校、中学校と自分を揶揄う人間は沢山いた。何度泣いて説明してもその人たちは理解を示すどころか、病気がうつるから喋るなとさえ言ってきた人もいた。

 そんな今まで自分に対して悪口を言ってきた人たちの中で最後に謝ってきた人はいただろうか、いやいなかったはずだ。半信半疑ではあるが、初めてそんな揶揄いに謝罪をしてきた須藤に少し心を打たれた。


「……いいよ、許す。そんなに気にしてないから。」

「本当!?ありがとう、ほら葛西も謝って!!」

「亜久里さん今までごめん!」

「いいってば。」


 よかったなぁと須藤と葛西が肩を組んだ。不思議な事でたった一言謝られただけなのに途端にいい人に見えてきてしまう自分はとっても単純な人間だなと思った。


「それでさ、申し訳ないんだけど頼みごとがあるんだ……。」



ーー

 

 須藤と葛西とは一年生の時からずっと同じクラスだった。

 高校の入学式の日の朝、靴箱の前に貼られたクラス分け表を入った教室にはすでにこの二人は登校していて楽しそうに話していた。アリスから見た二人の印象というのはあまり良いものではなく、ギャルと言う未知の存在の彼女達と強く関わることはないだろうと思った。しかし、ファーストコンタクトはすぐに向こうからやってきた。


「ねぇ、その髪染めてんの?うち染髪大丈夫だったけ?」


 アリスが自分の席についてすぐ須藤と葛西はやってきて声をかけた。値踏みする様な視線は気分が悪かったが遅かれ早かれ説明はしなければいけないので「これは体質で染めてない。」と答えた。


「ふーん、病気?」

「違います、うつるものとかでもないです。」

「あっそ。」


 アリスの返事に興味がなくなったのか二人はそれだけ言うと元の席に戻るとまた大きな声で話し始めた。そこから二人がアリスの髪が気持ち悪いと言い出すまで時間はかからなかった。



ーー



「聞きたいことって。」

「妹がさ、イルカ好きでそのストラッププレゼントしてあげたくてさ。ちょっと見せて欲しいのとどこで買ったか見せて欲しいんだ。」


 須藤がちょいちょいとアリスのカバンについている、いる太郎を指差した。


「それぐらいなら別にいいけど。」

「まじ?ほんと助かる!」

「須藤よかったじゃん!亜久里ありがと!」


 ほんの数時間前までこの二人とこんな穏やかに会話する事があるなど想像してもなかった。ありがとうと繰り返しながらはしゃぐ姿に思わず釣られて笑ってしまう。カバンからいる太郎を外すと須藤に手渡した。


「これ防犯ブザーにもなってるから妹さんにあげたら喜ぶと思う。」

「まじ?ハイテクじゃん!すっご!」


 瞳をキラキラさせながら須藤は受け取ったいる太郎を上に掲げて見ている、そして葛西と目を合わせると二人同時に吹き出した。


「信じるとか馬鹿じゃん!妹なんかいないし!」

「亜久里さんめっちゃ単純だったんだね!」


 二人はお腹を抱えて笑い出す。全身の血が引いていくはずなのに顔だけが熱くなっているのを感じた。騙された、最初からこの二人は私からいる太郎を取り上げるつもりで近づいてきて嘘をついたのだ。


「返してよ!」

「そんな素直に返すならこんなめんどくさい事しないし。ほら葛西パス!」


 須藤から取り返そうと飛びかかるが、そのままいる太郎は葛西の手へと投げられる。葛西の方へ行けば須藤へ、時折わざと歩道橋の下へ落ちてしまいそうな投げ方をしながら二人は私を弄んだ。


「それは夢とお揃いの大事な物なの!返してったら!」

「そんな大事な物なのにころっと騙されて他人に渡しちゃう亜久里さんやばくない?」

「それな。」


 二人はげらげらと笑っている、アリスは怒りと悔しさで足元がぐるぐると回っているのを感じた。


「ほらほら、早く取り返さないと捨てちゃうよ?」

「やめて!!」


 いる太郎を汚いものでも触る様に親指と人差し指でつまんでいた須藤がその手を歩道橋の柵の外に伸ばした。それを見たアリスは全身の血液が沸騰した様な感覚がして、次の時には須藤に飛びついていた。アリスに飛びつかれた反動で須藤の身体は歩道橋の柵に押し付けられ足元がぐらりと揺れた。


「危なっ。」


 須藤がそう言いかけた時、もともと不安定な持ち方をしていたいる太郎はするりとてから落ちた。その瞬間を見てしまったアリスはそのまま腕を、身体を柵の外に伸ばした。


「危ない!!」


 柵の外に身体を滑らせたアリスは身体が宙に浮くのを感じた。しかし、アリスの身体は誰かに腰を抱えられそのまま柵の中へと引きずり込まれた。


「大丈夫だった?痛いところはない?」

「……レティシャ……?」


 バクバクと跳ね続ける心臓、不安と恐怖でキャパを超えた脳は意識を飛ばそうとしていたが、目を閉じる寸前懐かしい誰かの顔が見えた気がした。

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