緊急事態発生!
週末、俺と美波は二人で東京駅前で雛を待っていた。
そう。約束のデートである。
はあ、やってきたよ。やってきましたよ。
もうね、修羅場を覚悟しながら昨日は緊張……してたけど、快眠でした。
ああ、けど、やっぱりやだなあ……。うっ、胃が痛くなってきた……。
緊張で胃に痛みを感じた俺は、そこを押さえるが、それで緊張が解けることはなく、むしろ悪化している。
「廉兄さん、大丈夫ですか?」
流石に行動が目立ってしまったのだろう。
美波がこちらに心配していると言わんばかりに瞳を向ける。
いかんいかん。大切な幼馴染に心配をかけてどうすんだ俺。
俺は必死めいて笑顔を美波に向け、大丈夫だと言った。
「そうですか……」
だが、美波の顔は晴れぬまま。
うーん……。やっぱり、美波はそれだけじゃ心配は払拭されないか……。
どうしたものかと考えている矢先のことだった。
「あのっ!廉兄さん!」
「ん?どうした?」
「私、胃薬買ってきますね!」
「え……?」
急にどうしたのだろう。
もうすぐ雛が来ると言うのに、こんなところで別れたらはぐれてしまう。
だから手を取って引き止めようとするが……。
「それじゃ、薬局、あそこにあるので行ってきますね!」
「いや、ちょっと待っ………て、早っ!」
とんでもない速さで美波は走り去ってしまった。
速すぎだろ……。50メートル走何秒だよ、あいつ。
一瞬追いかけることも考えたが、雛を待つ人がいなくなってしまうので、なかなかここを離れられない。
どうしようかと悩んでいると……。
「廉君〜!またせてごめ〜ん!」
なんともいいタイミングで雛がやってきた。
「雛!丁度いい!行くぞ!」
「え?行くてどこへ?もしかして私たちだけの神の聖域かい?もう!廉君ったら!そういうことはまだ早いよ!けど廉君が望むならいくらでも……」
「そういう妄想はいいから、早く行くぞ!」
「え〜?もう、しょうがないなあ。……というか今、妄想って言わなかったかい?」
「言ったが?」
「……私の契約していながら生意気な!」
契約って……。
付き合ってるだけなのに、大袈裟だな……。
それに、どうせ別れるんだし……。
そんなことを考えていると、雛がニコニコしながら俺の顔を覗いてきた。
「で、どこへ行くの?」
「え?ああ、薬局だ」
「薬局?何でまた。ポーションでも買うの?」
「そんなものがあったら、この世界は幸せでいっぱいになるだろうな。いいから行くぞ!」
「ええ!?ちょっと、廉君!待ってえ!」
♢♢♢♢♢♢
薬局に着いた俺たちは、まず店内で美波を探した。
だが、1時間ぐらい探しても美波の姿は髪一本すら見つからない。
「こんなに探してるのにいないなんて……」
「廉君〜!」
レジから雛が声を上げる。
雛にも一応、美波の写真を見せて探してもらっていたので、声を上げたということは、美波を見つけたのだろうか。
俺は期待を胸に、雛のいるレジへ向かう。
「雛!美波は!?」
レジへ着くと、目に入ったのは雛とレジの店員さんだけだった。
み、美波は……。
「その雪白美波さんは見つかってないよ」
「じゃあ、なんで呼んで……」
見つかって無いなら呼ぶなよ……。
なんとも言えない絶望感に駆られていると、雛は呆れたように口を開く。
「その美波さんは見つかって無いけど、手掛かりは見つけたよ」
「ホントに!?」
嬉しさのあまり、身を乗り出して雛に顔を近づけてしまう俺に対して、雛はコクリと頷き、店員さんの方へと視線を向ける。
恐らく、この店員さんが情報を持っていると言うことだろう。
俺は雛から顔を遠ざけて、その店員さんに向き直る。
「美波……。胃薬を買って行った女の子はどこですか?」
「え、ええ。その子だったら、さっき店を出て行って、体のゴツい人たちについて行ったわ。やけに素直について行ったから、知り合いか何かかと……」
「ありがとうございました!」
俺はそう言うと同時にダッシュで店を出ていた。
「ちょっと、廉君!契約者を置いていくなあああ!」
雛がいつものように鬼の形相で追いかける。
それを見て店員さんは……。
「何……。あの子ら……」
と、呟いた。
♢♢♢♢♢♢
「ちょっと、廉君!いきなり走り出してどうしたのさ!」
全力で走って追いついた雛が俺にそう聞いてくる。
「ゴツい人たちについて行ったらしいけど、素直だったみたいだし、ホントに知り合いかもよ?」
確かに、雛の言うことはごもっともだ。
確かに美波が素直についていくなら、本当に知り合いかもしれない。
だけど……。
「だけど、俺の勘が美波を今すぐ見つけろって言ってるんだ!」
「っ!」
美波は俺の大切な幼馴染だ。
だから、俺がきちんと守ってあげなくちゃいけない。
じゃあ、大丈夫かと妥協していたら、もしかしたら手遅れになる場合もある。
それだけは絶対に避けなければならない。
だから、全力で走っていたが、急に雛が止まった。
「……」
「雛?どうしたんだ?」
「分かったよ」
「え?」
雛はその一言だけを言うと、急に目を瞑って集中しているような仕草をしだした。
いや……、『ような』じゃない。ちゃんと集中している。
雛から湧き出るオーラが普段と全然違うことに驚きを隠せないでいると、雛が再び目を開いた。
「聞こえた……」
「え……?」
「こっち!」
「ちょ、雛!?」
雛が急に走り出し、俺もそれについて行く。
一体、何がどうなっているんだ!
「おい、雛!どうしたんだよ!」
「美波さんを見つけた!」
「マジか……」
「マジ!これは……念の為、警察も呼んでおいた方がいいかもね」
そう言ってスマホを取り出す雛。
と、その瞬間。
「イヤ!離してください!」
「コラっ!さっさと入れっ!」
美波が知らない男性にトラックへと押し込まれていた。
「美波!」
俺はそれを見て、何も考えずに走り出していた。
それに呼応し、逃げるように走り出すトラック。
俺は必死に、足が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい走った。
だが、道端にあった石に足を引っ掛けてしまい、盛大に転んでしまう。
「廉君!」
雛が後ろから心配の言葉を投げるが、俺には聞こえなかった。
ましてや転んでしまって発生した痛みも感じなかった。
「待て!美波を返せええ!」
俺は肺が破裂するんじゃないかと思うくらいの大声で叫んだ。
だが、トラックは反応もなく、そのまま走り去って行く。
俺は再び走ろうとしたが、足に力が入らなくて、そのまま倒れそうになる。
だが、雛が俺をしっかりと抱き留めた。
「雛……」
「廉君、一旦戻ろう」
「ダメだ。トラックを見失ってしまう」
「大丈夫。車体ナンバー、撮ったし、GPSも付けておいた」
「いつの間に……」
「神なんでね」
フフンと得意げに鼻を鳴らす自称”神”。
俺は思わず笑ってしまい、雛の頭を撫でる。
「……さて、これからどうするか……」
美波を追いかけるのは無謀だ。
あっちは組織で活動している可能性が高い。
追いついても多勢に無勢で終わる。
そもそもあいつらは何なんだ!美波を連れ去って何がしたいんだ!
「奴隷商」
「え?」
「アイツらは、奴隷を売り払い、儲けている連中だ」
バカな。
今の社会でそのような組織があるのか。
とてもじゃないが、信じられない。
「そんな組織があるわけ……」
「けど、トラックに乗っていたあの二人、奴隷商の目印があった」
「どこに?」
「ヤツらは仲間と見分けるために手にチップを埋め込むんだ。その跡が、二人にあった」
「…………」
よく見過ぎていて、もはや言葉が出ない。
「さて、それじゃあ、相手も分かったところで、行こうか」
「行くってどこへ?」
俺がそう聞くと、雛はニコリと笑った。
「無論、警察署だよ」