第8話 ご褒美の魔眼と第四階梯魔法
あっという間に地下室、家を飛び出し深夜の街中へ繰り出していったエレアノールを捕まえたのは、20分後だった。
ゼンは半ば引きずるようにしてエレアノールを家まで連れ戻した。
「女性になんてことをするんですのっ」
「何度言っても聞かないからだろ……。これでも優しくした方だぞ」
「……初めて外界に出たんです、興奮して当然ですの」
エレアノールはまだ興奮冷めやらぬ、といった状態だ。ゼンにもその気持ちは分かるため、あまり強くは言わない。
「それにしても驚きましたの、あんな簡単に呪いを無効化できるなんて」
「俺にも理屈は分からないけど、まあ良かったよ。それで、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするも何も……私は貴方がいないと、移動が出来ませんの。それに、吸血鬼は日中外には出れないですの。何とかしてください」
エレアノールの進退を丸投げされたゼンは、新たな問題ができたことで再び頭を悩ませることになる。
◇◇◇
数日後の夜21時、ゼンとエレアノールはダンジョンにいた。この数日間で、ある程度の方針が決まった。
エレアノールはゼンのダンジョン探索に付き添うことになり、日中はダンジョンかゼンの家にて寛いでいる。
付き添うことになったエレアノールであるが、基本手は出さない。後ろから見守る形になっている。
ダンジョン第六階層の踏破を目指し、歩みを進めるゼンにエレアノールが声をかけた。
「そういえば……貴方にはお礼をしてませんでしたの」
「お礼……? いや、そんなんいいよ」
「ダメですの、私のプライドが許しませんので、勝手にあげます。少しこっちに向いてくださる?」
「……はい」
エレアノールの有無を言わせぬ物言いに、ゼンは観念したかのように首を縦に振った。
「それでは……」
そう言ったエレアノールは片手でゼンの頬に触れ、ガッチリと押さえ付ける。もう片方の指をゼンの左眼に合わせると、真っ直ぐ突き進んでくる。
「え、あの……一体何を……」
「もう少しですの」
そしてエレアノールの純白の指はゼンの左眼に突き立てられ、数センチ程度だが、眼球に差し込まれた。
「え、ああああああああ!!」
「ふふ、終わりましたの」
「終わりましたの、じゃねえよ!? 俺の眼が、眼がああああ……あれ? 痛くない……」
ゼンは痛みを全く感じなかった。だが、少しして左眼に違和感が生じ始めた。
「ん? 左眼がなんか熱くなってきた、ような」
「私から、魔眼のプレゼントですの。左眼に魔力を集中させてみますの」
「ほうほう、魔力を集中」
言われた通り、ゼンは魔力を左眼に集中させる。
すると、左眼で見える景色に変化があった。確かに認識できていたエレアノールも人の形に見え始め、紫色のモヤモヤに覆われていく。
「なんだ、この感じ……」
「《魔眼》は、あらゆるものを魔力として捉えますの。魔力を宿すものであれば、遮蔽物などを透かして認識できますの」
「つまり、魔物なんかをいち早く発見できたりするのか?」
「可能ですの。鍛錬を積めば、いつ魔法を発動するかまで察知することもできますの」
「そんはことまで……」
ゼンは新たな力を手に入れたことで、これからのダンジョン探索がさらに加速すると考えた。
エレアノールに感謝しつつ、ゼンは早速実戦で試してみることにした。
一度立ち止まり、左眼に魔力を集中させる。まだあまり慣れないせいか、少し時間がかかってしまう。はっきり魔眼に為ったことを認識したゼンは、目を凝らす。
視界が岩壁をすり抜けて、紫色のモヤを視認した。さらに良く見ると、子供の背丈くらいの姿になった。
「魔物、だな……」
「どうやら見つけたようですね」
「ああ、便利なものだ」
ゼンの発見した魔物はリザードマンだった。少し小さいサイズだが、ゴブリンよりも戦闘力がある魔物だ。
場所を把握したゼンは移動を開始した。単独でいるリザードマンはさほど怖くはない。
ゼンはリザードマンの死角から刀を投擲し餌とすると、身を屈めて接近し、リザードマンが飛んできた刀を弾いたところで、至近距離から頭を撃ち抜く。
「――《火射》」
近距離から放てば、低威力の攻撃でも致命傷になる。ゼンはそれを理解し、《火射》を自らの主攻撃手段として確立させていた。
その選択が良い結果へと働き始めていた。
後ろからエレアノールが拍手しながら、賛辞を述べてきた。
「お見事です、さすが私の見込んだ男ですの」
「見込んだ男って……褒めても何も出ないぞ。それに、まだ第六階層だ」
「……そうですね」
◇◇◇
さらに探索を進めている道中、ゼンは魔法についてエレアノールに質問していた。
「なあ、どうやったら第八階梯の魔法なんて撃てるんだ?」
「吸血鬼ですから。魔法に対しての適正は相当なものですの。貴方も鍛錬を積めばできますよ、何なら私自ら手解きしてあげてもよろしいですよ」
エレアノールからの提案にゼンはすぐさま飛び付いた。魔法を中心とした戦い方ではないものの、これから先広範囲、高威力の魔法を使えることに越したことはない。
「ぜひっ、是非ともお願いします!!」
「よろしい、と言いたいところですが、ただで教えるわけにも参りません。交換条件といきましょう」
「ぐぬぬ……まあその通りだ。それで、何をご所望なんだ?」
「ふふふ、良くぞ聞いて下さいましたの。ズバリ、お小遣いが欲しいのですっ」
よくよく話を聞いてみると、エレアノールは以前から夜の街へと繰り出したかったらしい。と言っても、日中出歩くことは出来ないので、必然的に陽が落ちた夜しかない。
色々と食べたいものがあるらしく、それを購入するためにお金をくれ、ということらしい。
(その気になれば、エレアノールなら俺より稼げそうだが……こればかりは仕方ないもんな)
元々交換条件という話なので、ゼンは快くこの条件を受け入れた。
「では、成立ということで明日からよろしくお願いしますね」
「了解、準備しとくよ。それじゃ、こっちもお願いしたいんだけど」
こうして、エレアノールによる魔法の訓練が始まった。
「いいですの? 魔法を上手く扱うためにはまず、魔法の成り方を理解する必要がありますの。――魔力、詠唱そして想像、この三つが大事ですの」
「魔力と詠唱はわかるけど、想像ってそんなに大事か?」
「そう思われる方が大半ですけど、同じ魔法でぶつかり合った場合、明暗を分けるのは想像力ですの」
「ほう……」
エレアノールが話すことが新鮮で、ゼンは聴き入っていた。魔力と詠唱ありきで魔法を使ってきたゼンにとっては、教えられたことのないことであった。
なおもエレアノールの説明は続く。
「しっかりと魔力を練り上げ、詠唱を行う。この時にどれだけ想像力を働かせられるかが重要ですの。ちなみに貴方は、何階梯まで使えますの?」
「実戦で使えるのはニ階梯までだな……。そもそも基本単独だから、詠唱魔法を使う場面がないな」
「……それなら、四階梯くらいまでなら出来そうですね」
それから、ゼンとエレアノールは魔物を求めて彷徨った。魔物を見つけては、エレアノールの助言に従いながらゼンが魔法を放つ。その繰り返しだ。
――2時間後、0時となった頃
「それでは、最後の仕上げといきましょうか」
「……はあ、はぁ……ちょっと休憩しよう」
「男のくせに、情けないの」
ゼンは岩場に腰を下ろし、待ったをかける。ぶっ通しでやってきたのだ、魔力にまだ余裕はあるが流石に消費が激しい。
ただ、ゼンの魔法は変わりつつあった。想像力を働かせることで、魔法の効果を最大限高めることに成功していた。
(ふぅ……ここまで変わるとはな。魔眼のおかげでいち早く敵を察知することができるし、魔法をもっと戦闘に組み入れてみるか)
休憩後、二人は第六階層の『門番』を発見した。
距離を取ったところで、エレアノールがゼンに指示を出す。
「数が多いと感じるかもしれませんが、成果を出すのにこれほど好条件な相手はいないですの。第四階梯の一撃で仕留めてしまいなさい」
「……了解」
第六階層の『門番』は数が多い。ゴブリンナイトやゴブリンアーチャーに加えリザードマンなど、これまでの『門番』が集結した形だ。
狭い通路に集まっているため、辺り一帯を攻撃してしまえばいい。
「私が注意を引きつけますので、その間に詠唱を済ませてください」
「分かった。悪いな」
「いえ、その分のお小遣いは頂きますので」
「……さようで」
抜け目ないエレアノールにゼンは苦笑しつつも、詠唱を行うため位置についた。
一人飛び出したエレアノールは、得意の魔法で敵を牽制する。
「――その身を穿て・《風扇弾》」
エレアノールが肌身離さず持つ扇子を振ると、空気が玉を為し弾丸を形成していく。
そして、狙った方向へ不可視の攻撃が放たれる。敵はかすり傷を負う者もいれば、見事に避け切る者もいた。
エレアノールの纏う雰囲気に呑まれて、なかなか近付けずにいるのが現状だ。
エレアノールに言わせると、「私が本気を出せば、下層までは行けるはずですの」そんなことを言うものだから、ゼンは手を出さないようにお願いしたのだ。
一方、ゼンの方はというと――
「――火の神よ・我が声に応え・我が敵を・穢れを嫌う・真紅の波となりて・呑み込め……エレアノール!! ――――《火炎の瀑布 》!!」
ゼンが巻き込まないため、エレアノールの名前を叫ぶ。
エレアノールはニコリと微笑むと、華奢な身体に似つかない脚力で離脱する。
離脱を確認したゼンは、第四階梯火魔法《火炎の瀑布》を使用した。
瞬く間に真紅の炎が波を形成し、辺りを呑み込みながら侵食していく。
魔物たちの体躯の数倍以上の炎の波は敵を寄せ付けない。バクンッと、巨獣の顎のように呑み込んでしまった。熱波がゼンにも襲いかかり、思わず腕で塞いでしまうほどだ。
やがて炎が消失していき、焼け跡には魔石が数個転がっていた。一撃で『門番』を倒したゼンは、一際大きく息を吐いた。
その様子を見ていたエレアノールは、ギリギリゼンに聞こえないほどの大きさで言った。
「お疲れ様ですの、ゼン――いえ、貴方」