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第7話 吸血鬼の姫

「は?」


 ゼンのその声は呆れ返っているのか、はたまた驚きを隠せないでいるのかはっきりしない。複雑なものが入り混じった声なのは間違いない。


 当の声の主は一言も発しないゼンを見て、首を傾げている。自分が可笑しなことを言っている、という自覚がないのだろう。

 時々身を震わせるような風が吹く中、主が痺れを切らしたのか口を開いた。


「何か言ったらどうですの?」

「……あ、えっと……丁重にお断りさせていただきます」


 少し苛ついているのを察したゼンは、普段の口調で出来るだけ丁寧に断りをいれた。

 ゼンの返事を聞いた主は、両頬をパンパンに膨らませて駄々をこね始めた。


「なんで、なんでダメなんですの!? オモチャを壊したのは貴方なのに――ッ」

「えぇ……」


 主の態度からもわかる通り、強制的に下僕にするつもりはないようだ。そのためか、ゼンにも少しだが余裕が垣間見える。

 子供のように駄々をこねた主は、恨めしい目つきでゼンを見ながら言う。


「……下僕(しもべ)はいいから、少し付き合ってちょうだい」

「え、まあ……はい」


 勢いで返事してしまったゼンは後悔しながらも、ズカズカと先を歩く謎の人に着いて行った。

 歩きながらゼンは、気になっていることを聞いてみた。


「あの、質問よろしいですか?」

「……ま、まあ貴方が知りたいことがあるなら、答えてあげるのもやぶさかではないですの」


(なんだろう……ものすごく話しにくいな)


 ツンデレな顔を見せる主に対して、ゼンは率直にそう感じていた。


「なら、あなたは何者ですか?」

「……吸血鬼(ヴァンパイア)の姫、エレアノールですの」

「吸血鬼……」


 見た目はそう見えなくはないが、すぐに判別できるほどの特徴はない。種族的に言うと全く違うのだが、吸血鬼と人間は背格好など似ている部分が多い。


「信じられない、そんな顔をしてますの。……失礼ですの」

「す、すいません……。吸血鬼を実際に見たことがないものですから」

「……それもそうですね。――なら、少し(わたくし)の力の一端をお見せしますの」

「え、いや別にそこまでしてくれなくても――」


 そんなつもりではなかったゼンであったが、時すでに遅くエレアノールはルンルンと嬉しそうにしている。

 ゼンに向き直ったエレアノールは真面目な顔付きになると、凛とした声で詠唱を開始する。


「――火の神よ(イグニスデウス)我が声に(エゴウォークス)応え(レスポンデーレ)我が敵を(エゴイニミクス)消えぬ炎となりて(エバニーシェントラー)身を焼き焦がし(コープスアデュレーレ)万物を(オムニア)灰燼に帰せ(アービットイシニーレ)・《黒豪炎剣(ヘルフレアソーディア)》」


 ――チリ、チリチリ……と、大気が震え軽く火花が起こった矢先だった。

 ボウッ、と黒い炎が立ち昇り大気を巻き込んで渦を成していく。


 やがて、ダンジョンを突き破り黒炎の柱がたった。

 エレアノールは何事も無かったかのように、黒炎の柱に手を突っ込み、何かを掴んだ。


「――な、何これ……」


(俺は何を見せられてるんだ……目の錯覚か)


 ゼンは目をゴシゴシとこすり、改めて目を開けるが見える光景は変わらず――。

 エレアノールは柱から禍々しい黒炎の剣を引き出した。無造作に一振りすると、柱は消え去った。


 ゼンは虚な目でいて、焦点が合っておらずグルグルしている。その様子を微笑みながら眺めているエレアノールは、黒炎の剣をしっかり持つと岩壁へ向け一閃した。


 メラメラと燃え上がる黒炎は岩壁を燃やし続けている。一向に止まる気配のない黒炎は新たな餌を求め、範囲を伸ばし続けている。


「どうですの!? これで、(わたくし)の力を思い知りまし――あれ……? き、気絶してますの!?」


 そう、ゼンは気絶していた。それも直立したまま、白目を剥き思考を停止させていた。


(…………第八階梯、火魔法――だ、と)


 ゼンの最後の呟きだった。戦術級魔法に分類される第八階梯の魔法を軽々とやってのけたエレアノールに圧倒させられた。第一階梯の《火球》で満足していた自分が馬鹿みたいに思えた。


 直立状態で白目をむくゼンと、手に持つ黒炎剣をブンブンと振り回しながら、あたふたするエレアノールの奇妙な二人はこうして出会ったのだった。



 ◇◇◇



「……ん、ここは……」


(確か、良く分からず目をぐるぐるさせていたら……意識が)


 目を覚ましたゼンは、記憶を遡りながら必死に思い出す。記憶が確かになってきたところで、横から声がかけられた。ゼンは思わず身を震わせ、叫び声をあげてしまう。


「大丈夫ですの?」

「――ひぃぃいッ」

「人を化け物みたいに見ないで下さる?」

「うっ、すいません……」


 確かに失礼だ、そう思ったゼンは素直に謝罪した。どこにいるのか、周囲に目を向けると少し違っていることに気付いた。


「あの、ここって……」

「ダンジョンでいう下層、ですの」

「……ッ」


 ゼンは再び絶句した。


 下層――冒険者の中でも限られた者しか辿り着けない場所だ。第五階層で留まっているゼンにとっては、まだまだ未来のはずだったのだが。


(こんな早く来る羽目になるとは……。やっと来れた下層! みたいに感動したかったんだが……)


 呆気なく感動を奪われたゼンは、分かりやすく気を落とす。よく耳を澄ませてみると、強力な魔物が跋扈(ばっこ)しているのか、呻き声だったりが流れてきている。


 そんなゼンに、エレアノールが指で艶のある髪をいじりながら話しかけてきた。


「……そ、それで貴方はなぜこんな時間にダンジョンに?」

「あ―、いや……少々混み合った事情がありまして」

「ふ〜ん、そうですの」

「……」

「……」


 会話が全くつながらず、再びだんまりを決め込んでしまう二人。この空気感に耐えきれそうになかったゼンは言葉を紡ぐ。


「……答えにくい事かもしれないけど、何でダンジョンに? 吸血鬼ってダンジョンで生み落とされる魔物とは違うと思うんだけど」

「……(わたくし)をあんな矮小な存在と一緒にされては困りますの」


 つんと棘のある言い方であったため、ゼンはすぐに謝罪する。第八階梯の魔法を軽々と使えるような存在に楯突いたら、何をされるか分からないからだ。


「すいません……ッ」

「ふふ、いいですの。まあ、貴方の問いに答えるならば、"呪い"ですの……」


 エレアノールは最後だけ消え入りそうな声で言った。


「呪いって……ダンジョンに縛られる呪い、みたいな」

「どういう類の呪いかは分かりませんの、でも……(わたくし)は生まれてから一度もダンジョンの外へ出たことはないですの」

「……」


(そんな呪いがあるなんて初耳だけど、嘘をついているようには見えないし)


 頭を働かせていたゼンはふと思い付いた。


(もしかして、転移砂時計なら出れるなんてことはないよな……。ありえる、かもしれない)


 ダンジョンに阻まれたゼンも転移砂時計を使用すれば、ダンジョンに潜ることができた。その事実を鑑みると、わりとあり得る話かもしれない。


 ゼンはそう考えた。何の確証もないが、ゼンはエレアノールに提案してみた。


「あのさ、もしかしたら出れるかもしれない」

「……? どこから出ると言いますの?」

「――ダンジョンから」



 ◇◇◇



 時刻はすでに深夜0時を回っていた。最初は乗り気ではなかったエレアノールも、「仕方ないので、付き合ってあげますの」と言い、ゼンの言うことに従っている。


 おもむろに転移砂時計を取り出したゼンは、ゴクリと唾を飲み込む。

 なんせ、同伴者がいるのは初めてだ。転移したら自分だけでした、なんてことにもなり得る。


「それじゃ、一応俺に触れておいてください」

「ふ、触れっ……分かりましたの」


 ジト目でゼンを睨みながらも、エレアノールはゼンの服をちょこっとつまむと、そっぽを向いた。


「ふぅ――、よし行くぞ」


 一度深呼吸をしたゼンは、手に持つ転移砂時計に――触れた。


 光に包まれた後、ゼンは恐る恐る目を開けた。そこは正しくゼンの家の地下室であった。

 そして、本題のエレアノールであるが……いた。普通にいた。


(おおぅ……めちゃ簡単に出ちゃったよ)


「あの……エレアノールさん。出れましたよ」


 未だ目を瞑っているエレアノールにゼンは成功した旨を伝えた。

 すると、エレアノールには似合わない間抜けた声を発した。


「へ……?」


 長いまつ毛の瞼をゆっくりと上げたエレアノールは、いつもと違う光景になっていることに気付き、両手で顔を覆うとしゃがみ込んだ。


(エレアノール……そうだよな、生まれてから一度もダンジョンから出たことがないんだもんな)


 ゼンは泣いていると思っていた。だが、実際は違った。


 うんうんと頷いているゼンをよそに、エレアノールはシュパッと勢いよく立ち上がると。


「ね、念願の外界ですの――――!!」


 両手でバンザイしながら、走り去っていったのだった。


「ちょ、ちょい待てや――――!!」









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