第5話 魔法と第一階層『門番』
『ギルドマスター』ガルシア・ガーランドとの対面から一週間、ゼンは準備を整えていた。
その準備の目的とは、ダンジョンの階層踏破だ。ゼンはまだ1階層までしか進んでおらず、2階層へは進めていない状態だった。
ガルシアからもらった刀に慣れるために一週間費やし、準備が整った。
ゼンは単独で進めていくことになるため、念入りな準備が必要になる。
「よし、今日から本格的にダンジョン踏破だ」
ダンジョンの入口が閉じられた19時。それから1時間後の20時、上層には人がいない無人の状態の中、ゼンは転移砂時計を発動した。
瞬時に切り替わる光景、ゼンは何度目かも分からないダンジョンの空気を吸い込んだ。
「すぅ――、この空気感が堪らないんだよな」
そう呟いたゼンは、ダンジョン一階層を歩き始めた。
◇◇◇
歩き始めて30分、運が良いのか悪いのか魔物には遭遇しなかった。
階層を踏破するには、その次の階層へ繋がる道に立ち塞がる『門番』を倒す必要がある。
それは一階層でも変わらないため、二階層へ行くには戦闘が必須となる。
『門番』との戦闘を前に、ゼンには試しておきたいことがあった。
――魔法の実演である
魔力というのは万物に流れるもので、例外はない。この魔力を素に発動するのが魔法だ。
魔法は低階梯くらいであれば、誰でも使うことができる。高階梯になれば、センスと努力が必要になる。
階梯には、第一階梯から第十階梯まで存在し、上の階梯になればなるほど、威力や範囲が増大する。
魔法属性は『火』『水』『土』『風』『雷』『光』『闇』の7つに分類される。
属性には適正があり、適正外の属性を発動するには並外れた努力と時間がいる。
ゼンの魔法適正は、『火』と『土』である。
『火』は言わずもがな攻撃性抜群の属性であり、『土』は地形操作などに優れ、対応力抜群の属性だ。ダンジョンにおいて、『土』は非常に有用であることも間違いない。
「ここら辺でいいかな」
開けた場所へやって来たゼンは、魔法発動の準備をする。準備と言っても詠唱ではあるが。
ゼンは眼前の壁を標的とし、手をかざす。そして、詠唱を開始する。
「――火の神よ・我が声に応え・我が敵を・燃える炎にて・滅せよ・《火球》!!」
ボウッと空中に頭の大きさ程の炎の玉がたて続けに出現し、手のかざされた先にある壁に飛んでいく。
火球は岩肌を削り、ボロボロと崩れる。流石に壁を壊すまではいかなかったが、充分成功と言えるだろう。
「うん、とりあえず出来たな。でも……やっぱり時間がかかるな。余裕がある時にしか使えそうにないな、実戦で使うなら速撃魔法だな」
ここでゼンが言った速撃魔法とは、魔法に分類される一つである。
魔法といっても三種類あり、通常の『詠唱魔法』、詠唱なしで発動できる『速撃魔法』、時間差で発動可能な『罠魔法』がある。
速撃魔法は詠唱なしで発動できるが、威力と範囲が格段に落ちる。なので、基本は陽動なんかに使われる。前衛の役割を担う者が体得したりする。
ゼンは親指と人差し指で鉄砲のポーズを作る。指先に魔力を集めるイメージで発動する。
「――《火射》」
指先から炎の弾丸が飛び出し、岩壁を抉った。
「ふむ、一点集中って感じだな。ただ、威力はだいぶ落ちるな。近距離から放てば、それなりに使えそうだな」
速撃魔法の有用性を確かめたゼンは、歩みを進めた。
◇◇◇
「あれ、門番だよな……」
ゼンは岩壁に身を隠しながら、横目で先を捉える。古めかしい大門の前に、ゴブリンが佇んでいた。
ただ、普通のゴブリンとは見た目が大きく違う。
「……ゴブリンナイトか」
鎧を纏い、人間のように剣を持っている。その佇まいだけで、相応の威圧感がある。
取り巻きも二体おり、こちらのゴブリンは片手に棍棒のみだ。
ダンジョンで命を落とすことは良くある話だ。ゼンも受付をやってきて帰らなかった人は数多く、厳しさは重々承知している。
だからこそ、何もなしに特攻したりはしない。
ゼンは頭でゴブリンナイトの攻略を組み立てていく。
(ゴブリンナイトは自ら仕掛けてくることはない。取り巻きを上手く活用しながら確実に仕留めようとしてくる、典型的なタイプだ。こっちにも数がいるなら別だが、俺は単独だ。ならば、――奇襲をかける)
まとめ終えたゼンは、周囲に転がる石を数個掴み取ると、反対側の岩場へ投げた。間隔を空けながら、二個三個と投げ込んでいく。
――コンッ……コンッ……コンッ
静かな空間に響く音に釣られ、ゴブリンの一体が接近してくる。一歩また一歩と足を踏み出すゴブリン。
――ズカ、ズカ……ズカ
(……あと、数メートル。まだだ、確実に仕留められる距離まで……)
スゥと右手で《火射》の構えを取ったゼンは、息を殺しその時を待つ。
――そして
(今だッ)
指先に着火した炎の弾丸が勢いよく飛び出し、側面からゴブリンの頭を撃ち抜いた。
前触れもなく突然倒れるゴブリン、もう一体のゴブリンが少し慌てた様子で近づいてくる。
(――二体目だ)
再び射たれた炎弾が頭を貫いた。その瞬間、ゼンは刀を抜くと一目散に駆け出した。
すでに《身体強化》を発動しているゼンの速さは、なかなかのものだ。
敵に勘付いたゴブリンナイトは慌てる様子もなく立ち上がると、同じく剣を抜いた。
これで、一対一の状況が出来上がった。そして、ゼンは一対一では負けない自信があった。
「ギャギャギャ、ギャ」
「ハァッ」
ゼンは最小動作で上段から刀を振り下ろす、対するゴブリンナイトも剣を横に持ち、銀色の刃を受ける。
――ギィィイン!!
甲高い金属音がダンジョン内に響き渡る。力も技量もゼンの方が上だ――ズルズルと押し込まれていくゴブリンナイト。
「ギャ、ギギギ……」
ゴブリンナイトは苦しそうに呻き声を上げている。このまま大門まで押し込まれるも思いきや、ゼンは刀を引き半歩下がった。
それを好機と捉えたゴブリンナイトは攻勢に出る。一転、ゼンが押される展開になるかと思われたが――違った。
ゼンは後ろの左足で力強く地面を踏み、刀を持つ右手の肩を引き、"突き"の姿勢を取った。
――ふつう、"突き"となると槍を想像する人が多いし、実際剣を使って突く者はそんなに多くない。
1週間の準備の中で、ゼンは『ギルドマスター』ガルシア・ガーランドから教わっていた。
――敵の意表を突く、ということを。
(足に溜めた力と上半身の捻りによって生まれる力を、余すことなく右腕に伝え、一点集中の攻撃を生み出す)
ゴブリンナイトの振るう剣が迫る中、ほぼゼロ距離から放たれる強力な突き。
「――ハアァッ」
刀の切っ先が猛烈に空を切り裂きながら、ゴブリンナイトの剣ごと押し返し、やがてゴブリンナイトの身体に到達する。
「ギッ……」
短く声を漏らしたゴブリンナイトは首元を抉られ、よろめきながら倒れ伏した。
あと数瞬遅ければ、ゴブリンナイトの剣がゼンの身体を切り裂いていただろう。
「ふぅッ、上手くいった……」
ゼンは額から流れ出る汗を腕で拭きとり、安堵の言葉を発した。
倒れたゴブリンナイトは黒色の煙となり、一回り大きい魔石を残して消えた。
魔石を回収したゼンは一階層の大門をくぐり、二階層へ足を踏み入れたのだった。
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