第4話 『ギルドマスター』
「――ギルドマスターがお呼びです」
「……」
ゼンは思わず言葉に詰まる。予想していた斜め45度から来た言葉であったため、思考が一時停止した。
そんなゼンを見て、心配した受付嬢が声をかけてくる。
「あの……大丈夫ですか?」
「……す、すまない大丈夫だ」
(うわ―、まさかギルドマスターが出てくるとは……。想定外も想定外だぞ。どうする? お呼ばれるか、それとも断るか……)
そうしている間にも刻一刻と時間は過ぎていく。あまり待たせるのも悪いので、とりあえず話すことにした。
「……それは断ることは可能なのか?」
「う〜ん、あまりお勧めはしないですが……強制ではなく任意なので、ゼクス様次第となりますね」
「そうか……」
再び思考へと突入したゼンであったが、今度は時間がかからなかった。
(断ればイメージが悪くなる。お呼ばれされることで、少しでも良いイメージを持ってもらえるかもしれない……。よし、ここは乗ろう)
「時間をかけてすまなかった。ギルドマスターの所まで案内してもらえるか?」
「っ、はい!! ご案内いたします」
ゼンが案内を頼むと、受付嬢はパァッと顔を明るくして言った。
(おいおい、俺が断ってたらどうなってたんだ、これ……)
ゼンはさらに不安を抱えながらも、前を歩く受付嬢について行った。
◇◇◇
ゼンはかなり移動し、一階から5階までやってきた。途中、階段ではなく魔法昇降機なるものに乗り移動した。
受付嬢曰く、「詳しい理屈は分かりませんが、なんでも『雷』属性の魔法を用いて動いているらしいですよ。ギルドか王都くらいでしかお目にかかれないので、運が良かったですね」
そう言っていた。
とまあ、道中そんなことがありゼンは遂にギルドマスターの執務室の前までやってきた。
――コンコン
「ギルドマスター、ゼクス様をお連れしました」
「……おお、すまないな。すぐに入ってもらってくれ」
部屋の中から聞こえてきたのは、低音の声だった。低音ではあるが、ざらざらした声質ではなく非常に聴き取りやすい声質であった。
「――失礼する」
ゼンは一言挨拶し、部屋の扉を開いた。
ギルドマスターは屈強な男だった。齢70を迎えてもなお朽ちない筋肉、右目に刻まれた痛々しい一筋の傷。整えられた顎髭が一層魅力を引き出している。
ギルドマスターの顔を拝んだゼンはホッとしていた。
(やっぱり、この人だったか……。記憶はあんまりないけど、なんとかやり過ごすしかないな)
ギルドマスターは唸るような低音で、座るよう促す。
「――来たか、とりあえず座ってくれ」
「ああ」
短い会話の最中、ゼンは鋭い視線を浴びていた。仮面の冒険者が何者か、見定めているようだ。
「突然すまないな。まず、俺がダンジョンのギルドで全権を持つギルドマスター。ガルシア・ガーランドだ」
「もう知っているとは思うが、ゼクスだ。よろしく頼む」
「……知っているよ。まあ、世間話でもと思ったがやめておく。早速本題に入ろう。――君は、何者だ?」
(ど直球で来たな……)
そう思いつつもゼンは、ガルシアの腹のうちを探っていた。何が真の目的なのか、どういう魂胆なのか。
「……」
「ふむ、無言を貫くか……。なら質問を変えよう。あれだけの魔石をどうやって手に入れた? 君が冒険者になったのは昨日、そして200個の魔石を持ってきたのが今日だ。これをどう説明する?」
「……どう、と言っても溜めておいたものを一気に持ってきただけです」
「そうか、それならいい。……で、一体何者なんだ? その仮面を外すことはできないのか?」
質問を変えたと思ったら簡単に納得したガルシア。そしてまた、ゼクスの正体について探る質問だ。
(……この感じ、話さないと帰してくれなさそうだな。まあ見知った人だし、信頼は出来ると思う)
少しの間考え込んだゼンは、結局話すことにした。仮面も取り、素顔を晒す。
――ただし、条件付きではあるが
「……仮面を取っても構わない。ただし、条件がある」
「ほう、条件とは?」
「俺のことに関しては、一切口外しないこと」
「いいだろう。約束する」
「口約束だけじゃダメだ。契約魔法での契約をお願いしたい」
「……そこまでするのか。んむ……分かった、契約魔法にサインしよう」
「もう一つ」
「まだあるのか……」
慎重に慎重を期すゼンの言動に、ガルシアも若干呆れ気味だ。それでもガルシアは知りたいのか、言葉を続ける。
「それで、二つ目は?」
「この部屋に防音の結界をお願いする」
「それくらいなら構わんよ。それだけでいいのか?」
「ああ」
一度頷き、確認の意を示したガルシアは外に控えていた者に、契約魔法の用紙を持ってくるよう頼んだ。
持ってこられた契約魔法用紙にサインしたガルシアは、指をパチンと鳴らした。
すると、薄い青色の結界が執務室を包んだ。これで準備完了だ。
「それでは、見せてもらおうかな」
「……あんまり大声を上げないで下さいね」
軽く注意を促したゼンは、ゆっくりとその仮面を取った。ガルシアは目を逸らさずに、ただ一点を見据えている。
仮面から露わになった顔は、ガルシアの見知った人物であった。
「なっ、お、おまっ……ゼン、なのか……?」
「はい、ロディ爺ちゃんの孫のゼンです。お久しぶりです、ガルシアさん」
「……」
ガルシアはソファーからずり落ち、口をパクパクさせている。ゼンはその様子を見て、苦笑いする。
「ハハ、まあそんな反応になりますよね」
「……驚いた。頭をカナヅチで殴られたような衝撃だぞ。――とにかく、聞きたい事が山程ある。念入りな対応にも納得だ、契約魔法にサインしておいて良かった」
ガルシアはホッと安堵の息を吐く。ゼンが冒険者となったことの異常性を瞬時に理解したガルシアだからこその反応だ。
何度か深呼吸をして落ち着かせたガルシアは、改めて話し始めた。
「まず、何があった?」
「そうですね……。少し長くなるかもしれませんが、全部お話しします」
そう言うとゼンは、自身に起こった出来事を余す事なく話した。ガルシアは時折豊かに表情を変化させていたが、終始口を挟まず黙って聞いていた。
「――とまあ、こんな感じです」
「……信じられん、というのが本音だが、本当なんだろうな。ともかくだ、改めてになるがこの事は他の誰にも話さない方がいい」
「やっぱりそうですよね」
「ああ。これがバレれば、大惨事――いや、それどころで済むかどうか……」
ガルシアの言い方に不安を覚えたゼンは、そこに関して追求する姿勢を見せる。
「そんなに危険ですか?」
「危険だな。命が関わるかまでは分からんが、ゼンの身が危なくなるのは確かだ。もちろん、その事実を知っている者もだろうが……一番はゼン、君だ」
「それって、主に"大陸教"関連ですよね……」
「だな」
大陸教――大陸暦が始まると同時に作られた宗教で、その歴史は『国』よりも古いとされている。
『ダンジョン』を神聖視しており、ダンジョンに阻まれた者――つまり、ゼンのような存在を揃って否定している。
「奴らは基本、表に顔を出してくるような組織ではないが、ことダンジョンに関しては別だ。ダンジョンを聖域とし、絶対なるものとして捉えている。そういう意味では、かなり危険な存在と言える」
「……まあ要約すると、バレなければ大丈夫ということですよね?」
「そうなるが、少しは危機感を持った方がいい」
「それはもちろん、忠告として受け取っておきます」
一旦それまでの話で終わりを迎えたゼンの話題の後、二人はロディ爺ちゃんなどの話で盛り上がった。
楽しいと時間はすぐに過ぎていくものだ。
「おっと、すまないな。昔話に花が咲いてしまったようだ」
「こっちこそすいませんでした。そろそろお暇します」
「うむ。――そうだ、ゼン。少し待ってろ」
ガルシアは執務室を出ると、慌てて何処かへ行ってしまった。
数分後、戻ってきたガルシアの手には、一振りの刀が握られていた。
「これをやろう、冒険者となった祝いだ。誰からも何も貰ってないだろう」
「いや、これって……ガルシアさんが冒険者時代使っていたものですよね。頂けませんよ、こんなの」
「なに、今は壁に置かれているだけだ。俺ももう歳だ、使い道があるとは思えん。それなら、浪漫求める若者に託そうじゃないか」
「ガルシアさん……」
最初は躊躇していたゼンだったが、有り難くもらうことにした。
(ちょっと前から、刀が欲しいと思ってたんだよな。ガルシアさんには感謝しないとな)
「それじゃ、何から何までありがとうございました」
「構わんよ、何かあればまた来い。出来る限り力になってやる」
ガルシアから力のある言葉を受け取ったゼンは再び仮面を付けると、湧き上がるエネルギーを感じながらギルドを後にしたのだった。