第33話 遺物争奪戦・『五煙の餓狼』
――"来たる!! 遺物争奪戦"とでかでかと書かれた垂れ幕が、冒険者ギルドに下げられている。
ゼンはガルシアに会うため、ギルドにやってきていた。
ダンジョン受付の仕事はエレアノールに任せている。あまり表に姿を出したくはないが、エマを控えているためゼンも安心している。
建国記念祭でギルド内も慌ただしく動いており、それに伴いガルシアも予定が詰まっている。
この期間中、本来ならアポなど取れないが、ゼンはガルシアと個人的な繋がりがあるため取ることができた。
ガルシアの秘書である女性に案内され、執務室に通されたゼンは一礼して挨拶する。
「お疲れ様です、ガルシアさん。すいません、忙しい時に時間を作ってもらって」
「構わんよ、いい息抜きになる。……あれからどうだ?」
優しく答えるガルシアは、遠回しな言い方でエマについて聞く。
「上手く馴染んでると思いますよ。エレアノールとも仲良くしてますし、大丈夫だと思います」
「なら良かった。それで、遺物争奪戦についての話しだったな? まあ、聞きたい内容は大体察せる。――出たいんだろ?」
「……まぁ、はい」
ゼンが頷くのを見て、ガルシアは「ふむ……」と少し考え込む様子を見せる。
それからゼンに質問する。
「出たい理由は何だ?」
「お金です」
「……はっきりと言うんだな」
「正確には、クランを運営していくための資金が欲しいんです。クランハウスも手に入れたいって話にもなってて……」
ゼンは嘘をつかず、その理由を余さず話した。
すると、ガルシアは少々困った顔で言う。
「……正直、俺も分からん」
「えぇ……」
「理論上、ルールに抵触することはないはずだ。――だが、他の冒険者がどう思うかはそれぞれだ。……いや、待てよ。召喚魔法がありなら、途中参加もあり、なのでは? うぅむ……」
ガルシアが顎髭をさすりながらぶつぶつと呟いている。
ゼンはその言葉を盗み聞きながら、(もう、ありでいいような……)と感じていた。
そして、一人の世界から抜け出したガルシアは、謝りつつゼンに告げる。
「……ゼンよ。俺が認める認めないの問題じゃないが、今から言う条件を呑んでくれるなら、俺も最大限協力しよう」
「その条件とは?」
「――君のところの、エレアノールという娘に"大魔法演武大会"に出場してもらいたい」
「エレアノールに、ですか……?」
「ああ」
いまだ訳が分からないゼンは、ガルシアから詳しいことを聞いた。
どうにも、今年の大魔法演武大会には各方面からの推薦枠が用意されるらしく、ギルドマスターであるガルシアにもそれがあるのだそうだ。
普段、こういったイベントに積極的に参加しないガルシアは適当に流そうと思っていた。
が、『国』の魔導研究チームの長である女性にもその推薦枠の決定権があるらしい。
「それで、その女性がどうして……」
「……俺の元嫁でな、あいつに一泡吹かせてやりたい。俺の推薦者の方が、優れているとな」
「…………(それ、めちゃめちゃ個人的な理由じゃん)」
ゼンは言葉には出さないよう、心の中で突っ込んだ。
ここで話が拗れれば、面倒くさいことになるのは明白なので、ゼンは追求するのをやめた。
「どうだ? この条件を呑んでくれるなら、協力を惜しまないことを約束する」
「……分かりました、その条件を呑みましょう。あいつも遺物争奪戦には興味ありげな様子だったんで、断られることはない、かと……思います」
話すうちに、だんだんと自信を失ってくるゼン。
(大丈夫、だよな? 大魔法演武大会って、魔法の範囲や威力なんかで優劣をつける大会だよな。……戦わないなら、大丈夫か。万が一断られたら、無理矢理でもやってもらおう。うん、そうしよう)
「……大丈夫か?」
「あ、ああ……はい、大丈夫です。それじゃ、エレアノールに話しておきますね」
「よろしく頼む」
秘密裏に行われた二人の対談の中で、エレアノールが人柱として選ばれていることなど、当の本人は知る由もない。
◇◇◇
結局、大魔法演武大会に出場することを、エレアノールは了承してくれた。
ガルシアの推薦枠での出場となるので、予選を勝ち抜く必要がない。
意外にも、遺物争奪戦よりも大魔法演武大会の出場者の方が多かったりする。
遺物争奪戦では、最悪の場合死者が出る。毎年、何人かは魔物に殺されたり、同業者に殺されたりする者もいる。
そのため、わざわざ命をかけてまで遺物争奪戦に参加する必要がないと考える冒険者も多い。
参加する冒険者は遺物欲しさか、デメリットよりもメリットの方が上回ると考えた者くらいだ。
ゼン達も同じだ、遺物欲しさと金欲しさで参加する。
ちなみに、遺物争奪戦では客による賭けが行われる。どの参加者が勝ち残るかを、客が予想するのだ。
賭けは参加者にも影響し、自分たちに賭けられた額が多ければ多いほど、取り分も多い。
毎年、必ずといっていいほど参加者同士でのいざこざが起こる遺物争奪戦――今年はどうなるのか。
◇◇◇
――建国記念祭、開催前日。
今日は遺物争奪戦の割り振りが発表される。多くの冒険者などが参加するため、一度で行うことはできない。
なので、セクション毎に分けて行われる。
そして、そのセクションの上位者同士によるラスト争奪戦で決着がつく。
もちろん、ゼン達『真夜中の頂』も参加している。
ギルド前の広間にて大々的に発表されるので、ゼンはゼクスの姿で来ている。
エレアノールとエマは受付という名の留守番中だ。
ゼンは腕を組みながら、仮面越しにある用紙を眺めていた。
(現時点での参加者人気ランキングか……俺たちは――――いた。けど……めっちゃ下じゃん)
結果は97位だった。
賭けの人気ランキング用紙には、1位から100位までの参加者が記されている。
参加者はゆうに100を超えているため、ランキングに載るだけでも凄いことなのだが。
ゼンは上位の参加者を確認する。
(1位は……『五煙の餓狼』か。こんな奴らが1位なんて、世も末だな)
――冒険者クラン『五煙の餓狼』……態度も横柄で、気性が荒い五人兄弟のクラン。気に入らないヤツがいれば、半殺しにするのは当たり前。
過去の遺物争奪戦でも、持ち前の残虐性を見せつけていた。
民衆からの人気は最低、だが遺物争奪戦では最高人気。その理由は単純、――強いのだ。
五人全員が同等の力を持ち、個人の質も高い。さらに、兄弟ゆえ相性は抜群で、コンビネーションによる攻撃は実力者のそれだ。
(出来れば同じセクションにはなりたくないな……)
そんなことを思っていると、発表の時がやってきた。
発表された用紙を見ると、ゼン達『真夜中の頂』はセクションBだった。
――『五煙の餓狼』もセクションB
ゼクスはすぐにその場を去ろうとしたのだが、なぜかすでに先は封じられていた。五人の男達によって囲まれてしまう。
「……」
ゼクスは軽く見上げると無視して歩き出そうとするが、右足を足裏で踏まれてしまう。
強く睨みつけるような視線で、ゼクスは言う。
「……足が踏まれて動けないんだが、どけてくれないか?」
「どかしてみろよ」
「…………」
ゼクスは答えないまま、振り払うようして足をどかせる。そのまま一瞥すらせずに立ち去ろうとするが――
――ガッと足を行き先に出され、またもよ止められてしまう。
「……何の真似だ?」
「そのまんまだよ、ちょっと話そうや」
「……手短に済ませてくれ」
長兄だろうか、ゼクスの真ん前に立つ血のように濃く赤い髪の男はそう言う。
ゼクスは断っても無駄だと悟り、大人しく従う。
「お前さん、強いだろ……?」
「どこからの情報だ? 俺は何の実績もない一冒険者だが」
「とぼけんなよ、分かるんだよ……。臭いでな」
(……臭い、か。何か特殊な体質なのか? それとも――魔法か何かか? どちらにしろ、嘘じゃないな)
ゼクスは直感で理解した。この男は、何かしらの方法で見抜いたのだ。
「――それで、俺が強いとしてどうするつもりだ?」
「セクション一緒だったよな、殺り合おうぜ。他は真面な連中がいねぇ」
「争奪戦なんだ、いずれそうなると思うが?」
「……それもそうか。逃げんなよ、『仮面』のゼクス。じゃあな」
『仮面』という言葉を強調した男は、あっさりと退くようだ。そのまま去ろうとする男を、ゼクスは呼び止める。
「――ちょっと待て、お前の名前は……?」
立ち止まった男は顔だけ後ろへ向くと、ニヤリと嗤い言った。
「俺は、『紫赫狼』のカリフだ」
赤髪の男、カリフはそう言うと、弟達を連れて去っていった。
カリフ以外は誰も言葉を発しなかったのが、ゼクスの印象には残っていた。
(言葉もそうだけど……何か、表情に感情が籠ってなかったような……)
遺物争奪戦セクションBにて、激突するであろう『五煙の餓狼』の最初の印象は――"聞いているほど、悪そうなヤツらじゃないのかも"だった。
そして、その翌日――建国記念祭、遺物争奪戦セクションAが開始された。
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