第32話 建国記念祭と一攫千金
ダンジョン第二十階層『門番』を倒した日の翌日、『真夜中の頂』の三人は厳かな表情で向かい合っていた。
新加入のエマが、始まりの言葉を告げる。
「それでは、これより第1回『真夜中の頂』のクラン会議を始めます。本日の議題は二つあります、まず一つめですが――」
「ちょっと待てぇッ、何だよその堅苦しい雰囲気は……もっと肩の力を抜いていこう。こっちがおかしくなりそうだ」
「そ、そう……? 『戦乙女』の時はこんな感じだったんだけど……」
至って普通な感じのエマと、突っ込みを禁じ得ないゼン。エマはどうにも真面目すぎる節がある。
決して悪いことではないが、ここは『戦乙女』ではない。もっと楽な雰囲気でいこうと、ゼンは声をかける。
「そういうことなら分かったわ。楽にいきましょう」
「お、おう……」
"楽"という単語だけ強調するエマに、少し顔を引き攣らせるゼン。
(何か、妙な方向に気持ちが向いている気がするが……)
そんなこんなで、会議は進む。
「まずはこのクランの目標を定めましょ」
エマが言う。この議題に関しては、議論の余地はない。初めから決まっており、何も変わらないからだ。
ゼンが堂々と発言する。
「目標は、ダンジョンの最下層の景色を見ること。これは絶対に変わらないし、必ず成し遂げる!!」
「ふふ、私も楽しみですの」
「そうね、必ず行きましょう」
全員と改めて目標を共有したゼンは、次の議題へ進むよう促す。
「じゃあ、次」
「問題はここからね。――クランハウスを手に入れましょう」
「クランハウスか……、もうあるじゃん」
「……は?」
エマは真面目に言ったつもりだったみたいだが、ゼンから予想外の答えが返ってくる。
「どういうことよ?」
「この家」
「……本気で言ってるの?」
「ああ」
「ありえない……ありえないでしょ!?」
エマは本気で引いている。クランハウスの必要性をこれでもかと力説し始めるエマ。
「ここじゃ狭いし、汚いじゃない。それに、ここに人を呼ぶわけにはいかないでしょ?」
「お前……序盤はこの家の悪口じゃないか。まあ、分からなくはないけど……そんな簡単に手に入るものなのか?」
「ピンキリだからね。条件とかにもよるけど……っていうか、資金はどれくらいあるの?」
もののついで程度の感覚でゼンとエレアノールに聞くエマ、だったのだが……ゼンとエレアノールはピシリと凍りつく。
実のところ、ゼンとエレアノールも資金を貯めなければいけないことを理解していた。
だが、エレアノールは甘いものに目がなく金遣いは荒いし、ゼンはと言うと、ミノタウロスの魔石を魔銀刀に使い尽くした。
結果、収入はあるが支出が上回りマイナス状態が続いていた。
そんな現状をエマが知ってしまった。
「……あんた達、本気で最下層目指す気あるの?」
「「あります……」」
「なら、どうすべきか分かるわよね?」
「「分かります……」」
エマによる説教の後、彼女は大きくため息を吐いた。
「はぁーー、こうなったら一攫千金を狙うしかないわね」
エマは現状を把握し、そう発言する。一攫千金ができるイベントごとに覚えがないゼンは、疑問を呈する。
「そんな夢みたいなイベントごとあったっけ?」
「これよ」
エマは一枚の紙を机上に置く。ゼンは手に取ると、読みながら声に出す。エレアノールも横から覗き込んできている。
「……遺物争奪戦。そうか、建国記念祭かっ」
「建国記念祭って何ですの?」
「そのままの意味だよ。『国』の建国記念を祝う祭りで、記念日の前後2週間はお祭り期間になる。その中のメインイベントの一つが、この遺物争奪戦だ」
「ふ〜ん」
――遺物争奪戦はメインイベントの中でも、一番盛り上がるものだ。ダンジョンに隠された遺物を参加する冒険者達で奪い合う。
手に入れた遺物は手に入れることができ、上位に入れば賞金も貰えるため、エマの言う通り一攫千金も狙える。
エレアノールは興味なさがだが、ゼンは内心複雑な感じだった。
(こうして冒険者になる前は、ただの嫌なイベントだったからな……。今年は参加できるんだよな)
だんだんと気分が高ぶってきたゼンは、この場で参加することを宣言する。
「よし、出るぞ」
「面白そうですの」
「一攫千金を狙うわよ」
ゼンに続き、エレアノールとエマもやる気を見せる。
一応これで、全ての議題は片付いたはずだった……のだが、
「……あ」
ゼンが何か思い出したように、そう呟く。
そして、ゼンの口から漏れた言葉で順調だった一攫千金計画が頓挫する。
「そう言えば、俺とエレアノールは参加できないんじゃ……」
「あ」
「え?」
――ゼンとエレアノールは転移砂時計を介してしかダンジョンへ行けない。堂々とダンジョンの入り口から入れるのは、エマだけだ。
入る時はエマだけ入り、途中からゼンとエレアノールがダンジョンで合流することもできるが、そうなればどうやって入ったのか疑われるのは必然。
つまり、現状参加可能なのはエマだけなのである。
その事実をやっと理解した三人は、分かりやすく落ち込む。
「お、終わりよ……。私だけで勝ち残れるわけがない」
「……だ、大丈夫だろ。元『戦乙女』のエマなら、全員ぶっ倒せるだろ……」
「馬鹿言わないで……一対一とかならまだしも、私一人で他の全冒険者相手にできるわけないじゃない」
発言が全てネガティブであり、すでに諦めムードが漂っている中、エレアノールだけは違った。
「一つ疑問なんですが、その遺物争奪戦は一日だけですの?」
「え? っと……詳しくは発表されてからじゃ分からないけど、例年通りなら……複数日程で開催だったはず」
エマの答えを聞いて、エレアノールはふっと微笑む。何やら考えがある様子だ。
「複数日程なら、深夜の時間帯に私達が参加すればいいですの。参加者全員が一日中ダンジョンを動き回るわけじゃないですの。他が活動を制限する間、私達がダンジョンへ潜ればいいですの」
「……確かに、それなら――」
「――ルール違反ではない、かもね。例年通りなら、参加は個人かクラン毎になるわ。個人ならアウトだけど、クランに所属してる者が途中参加してても、違反にはならないと思う。ま、バレないっていうのが一番安全だけどね」
「かなりグレーなラインだな」
正確なルールというのを誰も知らないため、確かなことを誰も言えない。
ゼンの言うように、白か黒かはっきりしないグレーなラインであることに間違いはない。
(ガルシアさんに聞いてみるか……)
ゼンはギルドマスターのガルシアに聞いてみることを心の中で誓ったのだった。
◇◇◇
建国記念祭は一カ月間行われる。イベントはいくつもあるが、メインイベントとなるのは三つだ。
――遺物争奪戦
――国立剣術大会
――大魔法演武大会
他にも、新作魔導具や魔導機などのお披露目や販売などが行われ『国』全体が賑わうことから、商流が活発となる。
遺物争奪戦の開催期間中はダンジョンが封鎖され、『国』が厳重管理することから冒険者が潜ることはできなくなる。
国立剣術大会では優勝すると、首都へ招待され『王』への謁見が許されたりする。
一週間後に控える建国記念祭で、『真夜中の頂』は一攫千金できるのか――。