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第3話 仮面の冒険者

「う――ん、やっぱりこの方法がいいよな」


 目下の課題である魔石の換金問題の解決方法を模索していたゼンは、一つの答えに辿り着いた。

 ダンジョンに入れないゼンは、冒険者になれない。冒険者証の発行は可能だが、使い道がない。


 だが、ダンジョンに入る術を得たゼンは冒険者として活動することができる。ダンジョンが閉まる19時以降だが。

 ゼンは右手に持つ仮面に目を落とす。右眼の穴に太陽のマークが、左眼の穴に月のマーク、そして口元には2本の剣が交差したマークが刻まれている。地下室にあった仮面だ。


 この仮面を使って、もう一人のゼンを作り出す。表の顔は迷宮受付のゼン、裏の顔は冒険者としてのゼンである。



「口の堅い人に頼もうとも思ったけど、人に知られるのは不味いしな。せっかく仮面があるんだ、仮面の冒険者として活動しよう」


 そう決めたゼンの行動は早かった。翌日には冒険者スタイルのゼンを作り出し、ギルドで冒険者証を発行してもらうため、足を運んだ。


 ギルドの扉を開けると、中からギルド特有の喧騒が聞こえてきた。まだ昼過ぎだと言うのにえらく騒がしい。


(なんだ……? この時間ならそんなに人はいないはずなのに、来る時間を間違えたかな……)


 人が少なそうな時間帯を選んだつもりのゼンは後悔した。人が多いとそれだけ人目につく。仮面を付けた格好なので、余計に目立つ。

 ちなみに、髪型は大分違う。表のゼンは髪を下ろしているが、裏では髪を掻き上げたスタイルである。


(うっ……視線が突き刺さってくる)


 ガヤガヤしていた内部が一瞬静まり返る。それでもゼンは足を止めない。堂々と確かな足取りで、カウンターへと向かう。

 カウンターにやってきたゼンは、たった一言声をかける。


「……すまない。冒険者証の発行をお願いする」

「えっ、あっ……はい。分かりました、こちらの用紙に記入をお願い致します」

「うむ」


(……だ、大丈夫だよな。冒険者は舐められちいけないから、威厳のある雰囲気だけど……怖がらせてないかな?)


 不安を抱えながらも、ゼンは用紙に記入を進めていく。記入といっても大したことではない。

 名前に年齢、出身など基本的なことばかりだ。ちなみに名前はゼクスとした。そのまま名前を使うほど、ゼンは愚かではない。


「これでいいか?」

「……はい、大丈夫です。発行いたしますので、少々お待ちください」


(ふぅ――、何事もなく終われそうだな。騒ぎなんて起こしたくないからな)


 どんな状況でも平穏を望むのが、ゼンのスタイルだ。

 数分後、応対をしてくれた受付嬢が出てきた。両手でトレーを持っており、その上に冒険者証があると思われる。


「お待たせいたしました、こちらが冒険者証になります。無くすとダンジョンに入れませんので、ご注意ください」

「……ありがとう」


 一言お礼を言うと、ゼンはその場から立ち去ろうとした。


 しかし、そう上手くいかないのが人生というものだ。歩き出そうとしたゼンの前に、足が出された。

 ゼンが目線を上に向けると、顔に幾つもの傷がある大柄な男が不機嫌な表情をしている。


 明らかな嫌がらせだが、ゼンは穏便に済ませようと口を開く。


「……何かご用かな?」

「んだよ、その仮面。仮面のヒーローでも気取ってんのか? 舐めてんじゃねえよ」

「……(威厳のある雰囲気のせいで、余計に舐められた)」


 舐められないための方法が逆に舐められるようになってしまった。


「何か喋れよ」

「……別にそんなつもりはないですよ。ただ、事情があって仮面をしているだけです。それをあなたに話す義務がありますか?」

「――俺は仮面を外せって言ってんだよ」

「拒否すると言ったら?」

「やるぞ?」

「お得意の暴力ですか……。 いいんですか、こんな所で。それに……この俺に剣を抜かせるつもりか?」


 ゼンは最後の言葉だけ、語気を強めて言った。ドスの利いた声で、さらには眼力も併せて精一杯睨みつけた。さらに剣の刀身をチラリと見せることも忘れない。


 仮面なしでかつ、いつものゼンであればこんな怖さは出ない。しかし、仮面から覗かれる眼と備え付けられた変声石によって調節された声色は、恐怖を醸し出す。


「……っ」

「もういいですか? 急いでいるので」


 案の定、息を呑んで怯んだ男を見て、ゼンは「儲け」と思いながら、そう言い残し足早に去った。

 ゼンが去った後もしばらく、ギルドは静寂に包まれたと言う。



 ◇◇◇



 仮面の冒険者が初めて姿を見せた日から数日後、ゼンは今日も報告書片手にギルドへ向かっていた。

 ギルドではいつもと同じカーラが応対していた。


「カーラさん、今日の分です。よろしくお願いします」

「はいはい、今日もご苦労様です。ふふっ、なんだが気分がよさそうですね。いいことでもありましたか?」

「え!? あ、いや……ま、まあそうですね。ははは……」

「ふ〜ん」


 どうやら表情や声に表れていたようだ。いい事と言っても、ちょうど昨日で魔石が200個溜まったからだ。

 カーラは目を細め、訝しみながらも追求するようなことはしなかった。


「それよりも、ゼンさん」

「ん? はい、何でしょうか」

「何か……ゴツくなりました?」

「(ギクッ)いや〜〜そうですかね。最近筋トレにハマってまして……やっぱり、健康第一ですからっ」


 苦し紛れの言い訳に聞こえるが、なんとかこれで乗り切ろうするゼン。

 実際、誰の目から見てもゼンの身体はゴツくなっていた。筋骨隆々ほどではないが、以前の細い線から木の幹のようになっていた。


「……まあ、そうですよね。色々とすいませんでした」

「いえいえ、気になるのは仕方ないことですから」


 カーラはよもや、ゼンが冒険者としてダンジョンに潜っているなんて思わないだろう。地下室と転移砂時計の存在が露呈しなければ、確証はない。


「それじゃ、これで失礼します」

「はい、お気を付けて」


 互いに別れの挨拶を済ませると、ゼンはギルドを後にした。



 ◇◇◇



「よいしょ、おっと……けっこう重いな」


 袋に詰められた魔石はなかなかの重量である。身体が鍛え上げられたおかげで、そこまで苦労することはないだろう。

 ゼンはこれから、200個の魔石を換金しに行く。200個ともなれば多いと思われるだろうが、実際に換金するとそこまでの額にはならない。


 魔石は大きさで類別されており、小・中・大に分けられる。それ以外だと特大サイズのものがあるが、そんな魔石はなかなかお目にかかれない。ドロップ元の魔物も相応の強さだからだ。


 ゼンは仮面を装着すると、ギルドへ向けて歩き出した。端から見れば仮面をした人が袋を担いで歩いている、少し奇妙な光景だが、誰も口出すことはしない。


 すでに一部では仮面の冒険者が話題となっており、特徴的な仮面であることから、なるべく関わらない方がいいと言われている。

 しかし、ゼンはそういう事態になっていると微塵も思っちゃいない。


 前回とは少し時間をずらしてギルドへやって来たゼンは、内心でガッツポーズをしていた。人がほとんどいなかったからだ。ちらほら散見できる程度である。


「……魔石の換金はここでいいのか?」

「ああ、はい。大丈夫ですよ」


 受付嬢がそう言うので、ゼンは担いでいた袋ごとカウンター上へ置いた。ズシリと、重みを感じられる音がして、受付嬢が目をギョッとさせる。


「え、えっと……これ全部ですか?」

「……ん、うむ。全部だが、多すぎたかな?」

「いえ、一度でこんなに持ってこられる方は中々いないので、少し驚いてしまって。多少時間がかかりますが、よろしいですか?」

「構わない。いくらでも待とう」


 そう言うとゼンはカウンターから離れ、ギルド内に併設されている書庫へと入って行った。

 対する受付嬢は一目で自分では持てないと察し、人手を集めるため駆け足で奥へと消えていった。


 書庫へやってきたゼンは、360度本がビッシリと整えられた棚に目を奪われていた。


(……すごいな。小さい頃来て以来、一度も来てなかったからな……)


 棚に近付き、軽く流しながら背表紙を追っていると、ゼンの動きが止まった。


「これ……懐かしいな。何度も読んだ『魔物大全』だ」


 独り言を発しているゼンであったが、その本を手に取り読もうとはしなかった。その理由は単純、全て暗記しているからだ。


 ゼンはこれと言って得意な事はないが、唯一人に誇れる特技として、魔物の名前や習性、倒し方などを全て暗記しているのだ。


 ダンジョンに入れなかったゼンだからこそ、約10年読み込み続けてきた。そのおかげか、ダンジョンに潜るようになった今でも特に苦労はしていない。


 なんたって知らない魔物はほとんどいないからだ。


 そんなこんなで時間を潰していると、お声が掛かった。カウンターまで行くと、何やら受付嬢の表情が曇っている。


(何かあったのかな……?)


 疑問に感じながらも、ゼンは口を開く。


「何かありましたか?」

「……大変申し訳ないのですが、今からお時間よろしいですか?」

「……?」


 どんどん雲行きが怪しくなってくる中、受付嬢がその要件をゼンに伝えた。



「――ギルドマスターがお呼びです」










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