第23話 『絶対者』ノア・フリュークス
ゼンとエレアノールが第一階層の探索を始めた頃、『異狩騎士団』は第八階層にいた。
すでに七階層までの捜索は終わっており、各階層に見張り兼連絡係を置いている。
30人ほどの集団は全員白装束を身に纏い、胸の紋章から両腕にかけて入る赤のラインがシンプルだが良いデザインとなっている。
岩場に腰掛け、何やら考え事をしている男――『絶対者』ノア・フリュークスがおもむろに立ち上がり声を張り上げる。
「皆、10分後に再び捜索を開始する。それまで各自、警戒を怠るなッ」
「「「ハッ」」」
全員がしっかりと応答していることから、統率は取れているだろう。
ノアという男もまた、クレセリアと同じくカリスマ性を兼ね備えており、団員全員から尊敬されている。
そんなノアの下に、一人の男が近寄る。
――副団長のレオナルド・レーツェだ。
「ノア様、各階層からの定期連絡では異常ありません。異端者はさらに深くまで潜っていると思われます」
「……そのようだな。だが、一人で潜れる階層はたかが知れてる。『戦乙女』でも治癒術師を本職としていた女だ。体力にも魔力にも限界がある、時間が経てば距離も近付くだろう。――が、そう時間もかけてられない」
「『戦乙女』ですか……本当に来ますかね?」
「来る、あの女は必ずな。昔と比べて随分と利口にはなったが、それでも仲間を見捨てるほど冷徹にはなり切れていない」
ノアの口ぶりから彼とクレセリアの間には、何かがあるようだが、レオナルドがそこを聞くことはない。
レオナルドにとっては、ノアが全てだ。彼が正しいと言えば正しく、間違いと言えば間違いとなる。
無茶苦茶であるが、それだけレオナルドはノアを信奉している。
(……戦乙女が介入してくれば、まず間違いなく戦闘になる。負けるつもりはないが、長期戦ならこちらが不利になる。それに……黒為冒険者が入ってこないとも限らない。数が増えればそれだけ戦力が分散される。――奴らより先に見つけなくてはな)
ノアは冷静に分析し、先を組み立てて行く。
『異狩騎士団』より『戦乙女』の方がダンジョンでの戦い方などを心得ている。
普段は地上で人間を捕縛するのが主な任務なので、魔物も加われば乱れる可能性は充分にある。
(……これから先を見据えて、ダンジョンでの訓練も必要になるか)
ノアは内心で、ダンジョンでの訓練も取り入れることを決めた。
それから休憩が終わった『異狩騎士団』は、異端者エマを捕らえるため、進軍を再開した。
だが、ノアの頭にゼンという異物がいるなど考えも及ばない。
これが、後々影響を与えてくることを彼はまだ知らない。
◇◇◇
場面は変わり、第一階層の捜索を進めているゼンとエレアノールは、岩陰から様子を伺っていた。
第ニ階層へ続く門の前に、白装束の男二人が立ち塞がっていた。
(……白装束に赤いライン、間違いない異狩騎士団だ。まさか見張りまで用意してるとは……確実に逃さないつもりだな。この感じだと、各階層に配置されてそうだな)
次の階層へ続く門に配置された人員がいる、それも各階層に。
ゼン達が進んでいくためには、これを毎回突破しなければならない。
ゼンは小声でエレアノールと話す。
「……バレずに突破する方法なんてないよな?」
「残念ながら無理ですの。魔眼を発動してみなさい、薄い青色の膜が見えるでしょう?」
「ああ」
「恐らく、これは探知の結界ですの。入った時点で探知されます」
「正面突破しかないか……」
ゼンが分かりやすく肩を落とす傍ら、エレアノールは言葉を続けた。
「話は最後まで聞きますの。普通ならそうなりますが、私なら結界を無効化できますの」
「……あー、そうですか。なら、やっちゃって下さい」
「何ですかその反応は……」
やや不満気なエレアノールだが、結界に触れるギリギリのところに手のひらを添える。
そして、小声で一言――
「――《無効化しなさい》」
薄い青色の膜がだんだんと透明になっていった。これで、探知の結界は無効化された。
「それでは、後はお任せしますの」
「……へいへい」
もはや何度目かも分からないエレアノールの異常性を目の当たりにしたゼンは、仮面を付けると岩陰に隠れながら接近する。
自身の間合いにまで近付いたゼンは、《身体強化》を発動し一思いに地面を蹴る。
突然死角から現れたゼンに『異狩騎士団』の団員二人は、驚きの声を上げる。
「!! こ、こいつッ……一体どこ――ぶっ」
腹に強烈な拳を打ち込まれた団員は身体をくの字に曲げ、意識を失った。
「お、おい!? 貴様……何者だッ」
「……」
問いかけに対し、ゼンは無言を貫く。そして流れるような動きで一気に距離を詰める。
……が、縮まった距離は再び広げられた。団員はブーツの側面に触れた。
すると、白色のブーツが淡く光り出した。団員は下がるために地面を片足で蹴ったが、その力は強烈な風に押されて瞬間、爆発的なスピードを生む。
ゼンの差し込まれた拳は空を切る。
(速いッ、あのブーツ……魔導具か)
即座に体勢を立て直した団員は、腰に下げた剣を抜く。
「……貴様、もしや黒為冒険者か?」
「……」
「何も答えないか。なら、強引に聞くとしよう」
ゼンも即座に魔銀刀を抜くと同時に地面を蹴った。途中《火射》を放ち、敵の意識を乱そうとする。
だが、そんなものは陽動にもならない。
距離が縮まり、魔銀刀と剣がぶつかり合うと思われた時――団員がニヤリと笑う。
――何かある。だが、ゼンには全てお見通しだ。
(……全部視えてる、剣はブラフだろ?)
ゼンは魔眼を発動しており、団員の魔力の出所をしっかりと目視している。
魔力というのは身体全体に流れているものだが、魔法の発動の場合、特に腕や脚といった起点となる局部に魔力が集中する。
団員の剣を持っていない方の腕には魔力が局所的に集中している。ギリギリまで泳がせるため、ゼンはあえて策に乗る。
ゼンが魔銀刀を振り下ろす、団員は剣で受けることなく一歩退くことで刃を回避する。
そして、魔力の集中している腕を突き出し、その魔法を宣言する。
「かかったなぁ、喰らえッ《風尖穿》!!」
手のひらから放たれる圧縮された突風がゼンの頭部に襲いかかる。この魔法は詠唱を必要としない、速撃魔法だ。
完全な不意打ちで放たれた魔法だったが、ゼンは首を曲げ回避する。
「……!! 避け――」
ゼンは瞬時に魔銀刀を逆手に持ち替え、団員の剣の柄部分を弾く。さらに手首を掴み強引に引き寄せると、腹に強烈な膝蹴りを打ち込んだ。
「がっ……ぐはっ……も、申し訳ありません、ノア様――」
団員は団長ノアに言葉を遺し、白目を剥き意識を失った。体術で制圧に成功したゼンは、満足そうに頷きながらエレアノールを呼ぶ。
「エレアノール、時間が惜しいから急ぐぞ」
「はぁ……せっかちな人ですこと」
ゼンは二人の武器と持ち物を回収すると、門を通り第ニ階層へ進んだのだった。