第21話 エマの受難と始まりの予兆
――時は遡り、『戦乙女』のエマが失踪した日となる。
エマにはとある過去があった。誰にも話したことのない、秘密の過去。
それこそ、『戦乙女』団長クレセリアやセリアにも話していない。
エマの胸部には痛々しい傷跡がある。傷跡の存在は話しているが、その原因は嘘を話している。
エマには妹がいた。4歳年下の可愛い妹だ。名前はセリアと言った。『戦乙女』のセリアと同名だが全くの別人だ。
だが今は存在しない、たった一人の家族が殺されたのだ。
――黒為冒険者の手によって
その男の正体は分かっていない。ただ、手掛かりはある。
顔の右半分に大きな火傷の跡みたいな傷が刻まれている。思わず目を逸らしてしまうほどの大傷。
理由は分からなかった。当時、飲食店で働いていたエマは幼い妹を家に残すことはしなかった。一緒にいれる時間は共に過ごした。
とある日、その日は雨がザーザーと降り続き雷も鳴っていた。
飲食店での勤務を終えたエマは、妹を連れ家へ帰った。
家へ帰ると、セリアははしゃぎながら中へ入る。玄関で手間取っていたエマは突如響いた妹の悲鳴を聞き、靴を履いたまま悲鳴の発生源へ急ぐ。
――そこには、全身黒づくめの男が短剣片手に椅子に座り込んでいた。
エマは咄嗟に妹へ叫ぶ。
「セリア!! 離れてッ!!」
しかし、遅かった。姉の叫びを聞いて離れようとしたセリアだったが腕を掴まれ――
――そして、背中部分を横一文字に斬り裂かれた。
赤い血が霧のように噴射し、セリアは前のめりに倒れる。
男は黙ってセリアを抱え上げようとするが、激情に駆られたエマが一心不乱に突撃してくる。
「アアアアアア……ッ!!」
この時のエマは非力だ、戦う力も何もない。そんなエマが黒為冒険者に敵うわけもなく、隙だらけの胴体に蹴りが飛んでくる。
みぞおちに蹴りをモロに喰らったエマは、胃液をぶちまけ倒れ伏す。
男はそんなエマを一瞥すると、邪悪に嗤った。その時外に雷が落ち、その光で男の顔右半分が露わになる。
薄れ行く意識の中で、エマが最後に目にしたのは男の笑みだった。
翌日目覚めるとセリアと共に男は消えており、一夜にして起きた惨劇は今もなお、エマの心に深く突き刺さっている。
それから、エマは冒険者クラン『戦乙女』に入団し力をつけた。全てはセリアを連れ去った男を殺すためだ。
(……絶対に逃がさない。必ず、この手でッ……)
周囲にバレないよう、着実に力をつけたエマはその日、見つけてしまった。
堂々と歩くその男をすれ違いざまに見たエマは、確信した。
(い、いた……あいつだ。あの男だ……やっと、見つけた)
長年密かに燃え続けていた黒い炎は再び、激しく燃え始めた。
そして、その日エマは姿を消した。
◇◇◇
エマは男を追った。24時間離れず追跡した。その結果夜になった時間、男は黒づくめとなり人通りの少ない裏道へ出た。
そこには、一人の女性がいた。エマは陰に身を潜めながら、様子を伺った。
そして、気付いてしまった。男が何をしようとしているのか。
咄嗟に駆け出したエマは剣を抜く。男はその行動を見透かしていたのか、最高のタイミングで振り返り攻撃をいなす。
何が起きているのか分からない女性は、その場から逃げようとした、が――
男が片手を女性の方へ突き出し、何やら呟く。
「――《縛空》」
すると、女性が苦しそうに顔を顰めジタバタで悶え始める。エマは瞬時に魔法だと悟った。
(……『風』の速撃魔法)
女性の方を片付けた男は、一気にギアを上げた。もう一本短剣を抜き、二刀流の体勢でエマに襲いかかる。
治癒術師が本職のエマであっても、剣術も一流の域にある。相当な腕の相手でないと、エマは倒せない。
拮抗した状態が続くと思われたが、男は用意周到な人物だった。
エマが瞬間的な膂力に押され、数歩後ずさる。それが、発動のきっかけとなった。
エマが踏んだ地面が光り、青色の魔法陣が浮かび上がる。
(しまった……ッ、罠魔法なんて……)
あまり使われることのない、罠魔法。発動のタイミングを設定するのが難しく、実戦で使われることは少ない。
だからこそ、上手く発動できれば最高の不意打ちとなる。
罠魔法に設定されていたのは、先程の《縛空》だ。それも特大の、エマの全身を縛れるほど強力なもの。
男の罠にかかり、まんまと捕まったエマは髪を掴まれ引きずられながら、意識を失った女の下へ――。
「……何を、するつもりなの」
エマが聞いても男は反応すらせず、凶行へ走った。短剣で女性の首を掻っ切った。
噴き出す鮮血がエマの顔や身体にこびりつき、辺りに血溜まりが出来る。
エマは絶句し、パニックに陥る。妹が殺された時の光景が脳内にフラッシュバックする。
男は事を終えると、短剣をしまい夜の闇へと消えていく。
エマは追おうとしたが、首を斬られた女性がふと目に入る。完全な悪になりきれなかってエマは、治癒術師として置いていくことは出来なかった。
「……くっ」
エマは必死に気持ちを押し殺しながら、女性に治癒を施す。しかし、それを邪魔する者が現れた。裏道に響き渡る声がエマを現実に引き戻す。
「貴様ッ、そこで何をしている!?」
ハッとしたエマは声のした方向へ視線を向ける。
そこには、白装束を着た二人が鋭い視線で睨みを利かせていた。
(……あれは、異狩騎士団。なんで、コイツらが……)
白装束の一人がエマの側で倒れる女性と血がついたエマを交互に見て確信した。
「薄汚い黒為冒険者め……」
「引っ捕えるぞ」
「ああ」
白装束達の会話を聞いたエマは治癒をやめ、一目散に走り出した。
「おい!! 待て、俺はヤツを追う。お前は怪我人を優先しろ。その後、団長に報告だ」
「わ、分かった」
白装束は二手に別れると、一人はエマを一人は怪我人の女性を保護した。
――『異狩騎士団』とは、『国』から異端者認定された者を捕縛する集団のことだ。
エマはこの後、異端者認定されることになり、激しい追跡を受けることとなる。
◇◇◇
翌日、『異狩騎士団』が本格的に動き出した。駐在する騎士団も指揮下に入り、厳戒態勢がしかれた。
かくいうゼンは、何も知らないまま受付の仕事を行っていた。ボーっとしながらも、次々に現れる冒険者をさばいていた。
(なんか今日やけに冒険者が多いな。昼の時間帯で行列が出来るなんていつ以来だろう?)
「――次の人、お願いします」
「おう、頼むぜ」
ゼンが次を呼び、それに反応して冒険者の男がやってくる。すると、同じクラン仲間だろうか、隣の男が話しかけている。
「にしても聞いたかよ? 白昼堂々『異狩騎士団』と『戦乙女』が激突したって話」
「ああ、おっかねえったらありゃしねえ」
「――あ、あの……それってどういうことですか?」
作業していたゼンであったが、気になるワードが耳に入ったので、詳細を尋ねた。
「どういうことって……そのまんまの意味だよ。何でも『戦乙女』の連中が『異狩騎士団』が追う異端者を庇ったとか何とかで、争いが勃発したみてぇだ。ありえねえだろ? 街中で堂々とだぜ、他の連中もビビってダンジョンへ潜りやがる」
「……それで、こんなに人が多いんですね。あの、ついでにもう一つ。『異狩騎士団』って強いんですか?」
「当たり前だろ、異端者を捕縛する集団だぞ。詳しいことは知らねえが、団長は『帝』の称号を持ってるって話だ」
「――ッ、『帝』だって……」
呆然とするゼンだが男達が早くしろと催促するため、作業を再開した。
その日はかなり忙しく、時刻はダンジョンが閉まる19時になりかけていた。
「あぁ……疲れた。大丈夫かな……?」
そのまま19時を回り、受付の仕事が終わるはずだったが、そうは問屋が卸さないようだ。
――ワー!!――ワーワー!!
何やら入り口が騒がしい。
ゼンは身を乗り出し顔を出すと、とてつもない速度で走ってくる人がいた。
フードを被っているため顔は分からない。
そして、それを追う者達が大勢いた。その者達は揃って白装束を着ており、高貴な雰囲気を感じさせる。
「――逃すなッ!!」
「……ダンジョンへ入るつもりだ!! ――団長、どうしますか?」
「そのまま追う、ダンジョンへ入るなら好都合だ。絶対に逃しはしない」
ゼンはフードの人とすれ違った、その一瞬目が合った。フードの人はすぐに目線を外し、前へ戻す。
(……あれって、エマさんじゃ)
ゼンは分かってしまった。そして当のエマと思われるフードの人は受付も通さず、閉まる直前のダンジョンへ消えていく。
追う者達も、同様にダンジョンへ次々と入って行った。その1分後、ダンジョンの大門が閉まった。
――これより、『仮面』『戦乙女』『異狩騎士団』『黒為冒険者』の壮絶なダンジョン・ロワイヤルが巻き起こることになる。
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