第2話 夜中にダンジョンへ
「ちょ……え、本当にダンジョンだよな」
家の床を破ったら地下室があり、とりあえず一番近くにあったモノに触れたら、ダンジョンに来た。
ゼンは荒くなる呼吸を必死で抑え込もうとするが、心臓はバクバクと脈打つ。
しゃがみ込み、指先で岩肌をなぞる。皮膚に少しこびりついた土がより現実味を増させる。
遂に、ゼンは念願のダンジョンへと潜ることに成功したのだった。
だが喜ぶのも束の間、ゼンの頭に大きな疑問が思い浮かぶ。
「でも、なんでダンジョンに入れるんだ?」
ゼンは過去に幾度もダンジョンに入ろうと試みたが、入る直前に透明な壁のようなものに阻まれてきた。
これが"世界に嫌われた者"に対する結果だ、と何度も思い知った。
――それなのに
「この方法なら、ダンジョンに潜れるのか……?」
ゼンに芽生えた希望の光、どういった理屈でダンジョンに入れたのかは分からないが、この方法ならダンジョンに阻まれることはない。
「っていうか、どうやって戻るんだよ」
ダンジョンに入れたのはいいが、戻れなければ意味はない。それに、無防備な状態でここにいれば、いつ魔物に遭遇するか分からない。
ゼンはとりあえず、光を発した円形の立体物にもう一度触れようと考えた。
よくよく見てみると、立体物の中には光線が砂時計の形を描いている。
「頼む、戻ってくれよ……!!」
立体物に触れた、すると今度は光を発することなく、光景が瞬時に変わった。
どうやら、地下室に戻ってこれたようだ。
戻って来れた安堵から、ゼンはほっと一息吐く。
「ふぅ――、兎にも角にも調査が必要なのは確かだ。誰にも知られることなく、秘密裏に進めよう」
今後の方針を定めたゼンは、そのまま大の字に倒れ込んだ。どっと疲れが押し寄せてきたのだ。
明日も受付の仕事はあるので、上へ戻らないといけない。
「あぁ……もう、ダメだ……」
重くなった瞼が完全に視界を遮り、ゼンは眠りの淵へ落ちていった。
◇◇◇
翌日、6時ギリギリに目を覚ましたゼンは、気合いで上まで上がり、なんとか受付に間に合った。
いつも通りの1日を過ごし、ギルドに報告書を届けたゼンは急いで家に戻ると、再び謎の地下室へ向かった。
試しに壁にあった剣を手に取ってみたのだが、どれもかなり年季が入っており、とても綺麗と呼べる状態ではなかった。ローブや防具、その他の装備品も同様だった。
(……ずっと疑問だったことがある)
迷宮受付の仕事は、決して高給取りではない。せいぜい一人が最低限暮らしていける程度のものだ。
なのに、ロディ爺ちゃんとの暮らしは悪いものではなかった。どちらかと言うと、裕福な方だったかもしれない。
(何か他の仕事をしてお金を稼いでいたと思ってた……。それ……が、冒険者だった可能性は充分にある。この部屋を見れば一目瞭然だ)
もちろん、冒険者以外のことをしていた可能性も否めないが、ゼンには冒険者だとしか思えない。
ダンジョンが唯一無人の巣窟となる深夜の時間帯なら、誰にも怪しまれずにダンジョンに潜ることができる。
「この力を使わないわけにはいかないよな……。最下層には何があるのか……見てみたい、この目で……ッ」
固く拳を握ったゼンは覚悟を決めた。
◇◇◇
突然だが、冒険者には役割がある。
剣や槍などの近接戦闘用の武器を使って戦う――前衛。
弓や魔法などを用いて遠距離から攻撃をして戦う――後衛。
主にこの二つがある。稀に魔法などを近距離用として使いながら戦う者もいるが、相当な腕前がないと成り立ちはしない。
ゼンは今日も今日とて地下室に籠り、冒険者としての生活をスタートさせるべく、考えを巡らせていた。
まず、どうやって戦うのか。基本的にソロの冒険者であれば、剣を武器にしていることが多い。
魔法となれば、詠唱が必要になる。詠唱を短縮することもできるが、威力が数段落ちる。
ソロ冒険者が魔法を使う余裕があるか、と問われると答えは微妙なものになる。
「やっぱり、剣だよな……」
主武器を剣としたゼンは、早速自分に合う剣を探すことにした。探すといっても、今いる地下室から使えそうな剣を見繕うだけだ。
ベテランともなれば、オーダーメイドの武器を拵えてもらうことも可能だが、現在のゼンにそんなお金はない。
そして、あれからさらに分かったことがある。
ダンジョン内と地下室を行き来できる円形の立体物であるが、かなり便利なものだと分かった。
一往復すると、中の砂時計が動き反転する。さらに、カウントのようなものが減っていく。
カウントは5まであり、おそらくそれが0になれば、行き来は出来なくなると思われる。
危なくなれば、地下室に戻ることができる。自らの鍛錬において、こんなに有用なものはない。
ゼンはこれをフル活用することにした。
「――まずは一人で戦えるレベルまで鍛え上げる」
宣言通り、この日からゼンの鍛錬の日々が幕を開けた。
◇◇◇
あれから2ヶ月、凹凸の激しい岩場に青く光る鉱石が辺りを照らす中、4体のゴブリンに囲まれたゼンが剣を構えていた。
「――今日も魔石をいただくぞ。《身体強化》」
体内に巡る魔力を知覚し、魔力による身体の強化を行う基本技法。
ダンジョンを生業とする冒険者であれば、全員が使えるものだ。
現在のように四方を敵に囲まれている状況なら、手は一つ――敵より速く動く。
低く構え、一思いに地面を蹴る。
ゼンとは体格差のあるゴブリンであれば、力で押し込むことも可能だが、それではただの脳筋だ。
僅か一歩で一体のゴブリンに接近したゼンは、狙いを棍棒の持つ腕に定める。
(――まずは敵を無力化する)
「ふぅッ」
斜め上段から振り下ろされた剣は勢いよく棍棒を打つ。垂れ下がった棍棒――僅かに出来た隙を見逃さず、ゼンは右足で手首を蹴る。
衝撃によって棍棒を落としたゴブリンは表情を歪めながらも、憎悪の籠った視線でゼンを睨みつける。
ゼンは気にする素振りを見せず、下がった剣をさらに同じ方向へ振り上げる。
同じ道を辿った剣筋は、ゴブリンの首を一刀で斬り落とす。後ろに意識を向ければ、三体のゴブリンが迫ってきている。
ゼンは正面から迎え撃とうとせず、側方の岩壁に向かい走り出した。
ゴブリン達はそれに釣られてゼンの背中を追う。この時点で四方を囲んでいたゴブリンの優位は無くなっていた。
ゼンは岩壁に一歩出す、そして勢いよく蹴りつけ、後ろ向きに空中で一回転すると、ゴブリンの背後にゼンが立った。
瞬時にゼン優位の立ち位置になると、剣を横に一閃させた。ゴブリンの背中が斬られ、紫色の血が噴き出す。
一体ずつ串刺しにし、ゼンの勝利で幕を閉じた。
生命活動を停止した魔物は、真っ黒な煙となって雲散霧消した。ダンジョン内の魔物は全て、死を迎えるとこうなる。そこに落ちるのが魔石だ。
この魔石が主な収益源となる。他にも希少な鉱石や遺物などもあるが、大半を占めるのは魔石だ。
ゼンは魔石を拾い上げ、腰に下げた袋に詰める。戦闘を終えたゼンは呟いた。
「とりあえず、今日はこれくらいかな」
ゼンがダンジョンへ挑戦できるのは、あくまで夜中のみだ。日中は受付をし、夜中はダンジョンへ潜る。そんな生活をしていれば、いつかは体が限界を迎える。
そのため、ゼンはほどほどで切り上げることにした。
行き来ができる円形の立体物――名付けて転移砂時計を発動したゼンは地下室へ戻った。
戻ったゼンは魔石をさらに大きな袋へと入れる。そこには今まで貯めた魔石があり、かなりの数になる。
「ある程度は集めたけど、どうにかしないとな……」
集めた魔石を置いておいても意味はない。換金してこそ意味がある。
だが、この換金がゼンにとって目下の課題であった。
「どうやって換金するか。何かいい方法があればいいんだけど……」
こうしてゼンは、頭を悩ませることになる。