第19話 第十五階層とエマの動向
工業区画から戻ったゼンは、いつもの毎日を過ごしていた。
ダンジョン階層踏破も進んでおり、現在は第十五階層まで探索の幅を広げていた。
ヴァルフに打ってもらった『魔銀刀』も上手く馴染んでおり、《火射》を刀身に撃つことで、炎を纏わせている。
やはり、ミスリルを含んだ刀身は魔法と相性がよく、刀で斬りつけた所が発火し、敵を燃やすことも可能となった。燃やせなくても斬れ味は上がっているため、これから非常に重宝することになるだろう。
今日のゼンは日中受付の仕事を行い、19時を過ぎたところでゼクスの姿でギルドへ向かっていた。ギルドから緊急の呼び出しがあったからだ。
ギルドからの呼び出しは冒険者証を通じて行われる。特殊な素材で出来ている冒険者証は、ギルドからの伝言を文字で通達できる。
ギルドへ着いたゼクスは慣れた動作で中へ入る。19時以降なので、やや混雑している。
カウンターで事情を説明したゼクスは、職員に別室へ案内された。
中には見知った人物が二人。最近、刀の件で世話になった人物だった。
「……これはこれは、クレセリア殿でしたか。待たせて申し訳ない。セリア殿もお久しぶりで」
「いいえ、構わないわ。それよりも、座ってくれるかしら」
クレセリアの発した言葉は前回よりも圧のある感じだった。ゼクスも察し、厳かな雰囲気で席に着いた。
そして、クレセリアが開口一番とんでもない事をゼクスに伝えた。
「――エマが失踪したわ」
「……失踪? どういうことですかな?」
「それが分からないから、あなたに聞いているのよ」
クレセリアの発言からは少なからず、ゼクスに疑いがあるかのようだ。
当然、何も知らないゼクスは強気に言葉を返す。
「まるで俺を疑っているかのような言い方ですね。はっきり言って何も知りませんよ、ここ数日はあなたに紹介されたヴァルフ殿の所へ行ってましたから」
「……そう。まあ、最初から疑ってはいなかったけど」
「クレセリア様、騙されちゃダメ。この男がエマ姉を誘拐した、間違いない」
クレセリアの言葉に続いて、終始睨むような視線のセリアが初めて口を開いた。
相変わらずのセリアに対し、辟易した様子のクレセリア。
「はぁ……セリア、根拠のないことを言わないの。そもそもゼクスくんがエマを誘拐する理由がないでしょ」
「むぅ……」
どうもセリアはゼクスが嫌いのようで、何かとつけてはゼクスを犯人にしようとする。そして、これにはゼクスも困る。
「……ま、まあ疑われるのも仕方ない。こんななりだからな。それより、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「そ、そうね。ちょっと先走りすぎたわ。――エマが失踪したのは三日前よ、突然いなくなってね。書き置きも残さずに、セリアにギルドに行ってくるって伝えて出て行ったらしいわ」
詳細を語るクレセリアは目線だけを斜めに向け、横に座るセリアを見る。
すると、セリアも当時のことを話し出した。
「私も行くって行ったけど、頑なに拒否された。いつものエマ姉と様子が違ったから、おかしく思ってクレセリア様に伝えたの」
「と、まあこんなところね。正直私たちもまだ混乱していて、それ以上のことは分かってないわ」
「……操られていた可能性は?」
ゼクスは別の角度から質問してみる。
「……100%ない、とは言い切れないけど……まずありえないわ。本職が治癒術師と言えど、ダンジョンの遠征に選ばれるほどだし、何より……魔法の腕はクランでも指折りよ。簡単に精神操作を受けるほどやわな子じゃないわ」
「選択肢としては捨て切れないが、可能性は限りなく低い。となると、やはり……自らの意思で消えた」
「そう考えるのが妥当ね」
(急なことで驚いたけど、確か俺との別れ際にもそれらしき前兆はあった。あの時は、特に何とも思わなかったけど……まさかこんな形になるとは……)
エマとは知り合ってから長くはないものの、それなりにコミュニケーションを交わした仲だ。
ゼクスに直接の責任はないが、少しばかり責任を感じてしまう。
それから、クレセリアが再度口を開いた。
「私たちも捜索はしてるけど、まだ手掛かりは見つかってない。ゼクスくんも、何か分かったら教えてくれる?」
「それはもちろん、協力させてもらう」
「ありがとう、助かるわ。それじゃ、時間を取って悪かったわね。これから捜索があるから、もう行くわ」
丁寧な言葉で、ゼクスに礼を伝えたクレセリアはセリアを連れてギルドを出て行った。
少し遅れてギルドを出たゼクスは複雑な面持ちのまま、家へと帰った。
◇◇◇
複雑なままゼンは家へと戻り、ダンジョン探索の英気を養うため飯を食らう。エレアノールも一緒だ。
食事を共にしながら、会話をする二人。そのうちエレアノールが冒険者計画についてゼンに問うた。
「話は変わりますが、私の冒険者計画はどうなりましたの?」
「それについては、まだ先になりそうだ」
先延ばしになり、エレアノールから何かしらお咎めの言葉があると思っていたゼンであった。
だが、エレアノールの反応はその真逆をいくものだった。
「あら、そんなことだろうと思ってもう登録いたしましたの」
「ぶっ……ちょ、何やってんの!?」
ゼンは思わず吹き出してしまう。
エレアノールは顔を顰めながらも話を続ける。
「冒険者ギルド、でしたか? 夜も開いてるので便利ですね。貴方が外出している間に行きまして、登録しちゃいました」
「しちゃいました、って……そんな勝手に」
「あ、あとですねっ。お友達もできましたのっ」
「友達って、展開早すぎじゃないか……。それで、そのお友達の名前は?」
「――カーラですの」
「ぶぅ――ッ、ゲホッ、ゲホ……」
「……汚いですの」
(待て待て待て、何でカーラさんが出てくんだよ!? 偶然にも程があるだろ……。もしかして……)
ゼンはその先を想像しゾッとする。すぐにエレアノールに確かめようと問いただす。
「エレアノール……ちなみに、俺のことは話してないよな?」
「……私が間抜けだと? そんなヘマしませんの、貴方との関係は誰にも話してません」
そう言われ、ゼンはホッと胸を撫でおろす。エレアノールは抜けてる所もあるが、常識は弁えてる方だ。
「そもそも、顔はどうしたんだよ? 吸血鬼ってバレなかったのか?」
「そこも問題ないですの。幻術をかけて、顔を変えてますので」
「……さようで。(もう何でもありじゃねえか!?)」
ゼンはボソリと呟き、それ以上の追求をやめた。エレアノールなら何でもあり、というのがゼンの中で確立されつつあった。
◇◇◇
食事をとり、一息ついたゼンはエレアノールを伴いダンジョンへ転移した。
第十階層を超えたあたりから少しずつであるが、ダンジョンの構造が変わってきていた。
平行移動ばかりだったのが縦の移動も増え始め、明らかに一段階難易度が上がっている。
(徘徊する魔物にしても、厄介な種が増えてきた……。やけにダンジョンと同化するのもいるし、気配を断つのが上手いのもいる。魔眼があるから何とかなってるけど、魔眼はあくまで自分の視界の範囲までだ……用心しないとな)
魔眼があるからといえ、気配を消して視界に入らない背後から接近されれば、不意打ちを喰らう可能性はある。
ゼンは階層を進むにつれ、自分一人では限界があると感じ始めていた。
(……索敵に専念してくれる仲間がいれば、負担はかなり減るな。魔眼を常に発動してれば、魔力の消耗がその分続くことになる。そろそろ本格的に、仲間について考えないとな――っと)
考え事をしながら歩いていたゼンは、足元から這い出る魔物を察知するのが少し遅れてしまった。
魔物は単体であるが、手足に鋭い爪を持ち地中を潜り階層も移動する。
――土竜だ。
ズズズズ、と地中を移動する厄介ない魔物だが魔眼持ちのゼンには丸見えだ。
ゼンは魔銀刀を引き抜くと、火射を刀身に撃ち炎を纏わせる。
「……そこだッ」
股下から出てこようとした土竜を予測し、ゼンは垂直に跳躍する。
鋭い爪の一撃は虚しくも空を切った。
ゼンは炎を纏った魔銀刀を同じく垂直に突き付け、土竜の腕を串刺しにした。
やがて炎が土竜に引火する。そして、着地と同時に魔銀刀を横に振り抜いた。
「ふぅッ」
ゼンは刀を鞘にしまい、魔石を拾うと『門番』を見つけるため先へ進んだのだった。
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