第10話 真夜中の衝突
先端がくの字に曲がった武器――ククリ刀を両手に携えた黒づくめの男が、銀髪の女性冒険者に襲いかかる。状況はどう見ても、怪我人を抱える女性側が劣勢だ。
女性冒険者はギリッと歯噛みすると、怪我人の女性を地面に横たわらせ応戦する。
その光景を眺めていたゼンは戦闘に介入することを決めた。手のひらを地面に這わせ、小さな声で詠唱を開始した。
「――大地の神よ・我が声に応え・我が敵を・鋼鉄の如き赤壁にて・閉じ込めよ・《赫土の壁》」
ゼンのいる場所から離れて戦闘中の銀髪女性と黒づくめの男の間に割って入るように、巨大な土壁が土煙と共に出現した。
黒づくめの男はすぐさま壁から距離を取り、銀髪女性は驚きで身を震わせた。
魔法の発動と同時に動き出したゼンは、大きな声で銀髪女性に指示を飛ばす。
「今のうちに後方へ下がれ!!」
「――ッ」
大声に反応した銀髪女性は剣をしまうと、怪我人を背中におぶり一時離脱した。
仮面をつけた謎の男ゼクスの下まで退いた銀髪女性は、警戒しながらも感謝を口にする。
「……ありがとう、助かったわ。私は『戦乙女』のエマ、重ね重ねありがとう」
「礼などいい、俺はゼクスだ。早速だがあいつは何者だ? 痴話喧嘩の最中だったか?」
「冗談言わないでちょうだい。あいつは、黒為冒険者よ」
「――何? あれが……」
ゼンの視線の先では、分厚い土壁が破られようとしていた。ザンッ、ザンッと鈍い音が響き亀裂が複数本入っている。
「突破されるのも時間の問題だな。怪我人は大丈夫なのか?」
「大丈夫、と言いたいところだけど……出来るだけ急ぎたいわね」
顔を俯かせながらそう言うエマはゼクスの仮面を見つつ、何やら言いたげな顔だ。
「……無理を承知で言うわ。少し、時間を稼いでくれないかしら? この子に応急処置を施したいの」
「――構わない。俺も黒為冒険者に興味がある。何なら、俺を囮に行ってくれても構わないぞ?」
「馬鹿にしないでちょうだい。クランの顔に泥を塗るような真似はしないわ。時間を稼いでくれれば、私も参加する」
半分本気、半分冗談で言ってみたゼンであったが、どうやらエマは真面目な性格なようだ。言葉や表情がキリッとしていて、まるで貴族の令嬢だ。
「了解した。もう少し後ろへ離れてくれると助かる」
「ええ、すぐに終わるから」
ゼンとエマの会話が終わったところで、遂に土壁が崩壊した。
フードで隠されているため顔は見えないが、なかなか凶悪な雰囲気を漂わせている。
(ただの人殺しってわけじゃなさそうだな……)
ゼンはより一層気を引き締める。
黒為冒険者の男はくるくるとククリ刀を振り回しながら、一歩ずつ距離を詰めてくる。
その異様な圧に押され、ゼンが少し後退するや否や、男はいきなりのトップスピードで突貫してきた。
(――速い、が……目で追い切れない速度じゃないッ)
ククリ刀が二本同時に振り下ろされるが、ゼンは刀を横に向け受ける。鍔迫り合いになるかと思いきや、男は攻撃しては退き、また攻撃を仕掛けてくる。
刀で二本のククリ刀を受け流しながら、ゼンは冷静に分析する。
(見る限り力で圧倒してくるタイプじゃない……ククリ刀を愛用しているのを考えると、技術で的確に攻めてくるタイプだ。こういうタイプは、やりにくいッ)
男が退いた瞬間に狙いを定めたゼンは、大股で一歩踏み出し、自ら敵の懐へ飛び込む。刀を小さな動作で振るい、細かい攻撃を連続で仕掛ける。
男はそれでも崩れることなく、冷静に対処してみせる。
一見、同程度の実力と思われる二人だが、足捌きや刀剣の腕は男の方が一段上だ。
このままジリ貧になるかと思われたが、二人の間に雷玉が突如として出現した。
「ゼクス殿!! それを弾いてください!!」
不意に耳に入ったエマの声を聞いたゼンは、反射的に刀の柄部分で雷玉を男の方へ弾いた。
弾かれた雷玉は一直線に男へ向かい、当たる直前に破裂した。
ビリビリビリと音をたてながら、中から無数の雷針が姿を現し、男を蜂の巣にする。
数本ならまだしも、無数の小さな雷針をククリ刀だけで防げるはずもなく、男は途端に体が痺れて膝をついた。
(――崩れた、チャンスだ)
敵の姿勢が完全に崩れ、まともに防御態勢も取れない。
ゼンは刀を振り上げると、肩から袈裟懸けに斬った。
「うっ」
口からごぽりと血を吐いた男は力無く倒れたのだった。
◇◇◇
「……死んではいないな」
ゼンは黒為冒険者の男を抱え、エマの所へ行った。
エマは怪我人の女性の黒髪をさすりながら、優しい声で話しかけた。
「そいつは生かしておいた方がいいわよね?」
「そうだな。こいつが黒為冒険者ならば、ギルドに引き渡すべきだ。気は進まないかもしれないが、治療を頼めるか?」
「ええ、そこは任せてちょうだい。一応、私の本職は治癒術師なの。もう分かってるとは思うけど」
「負傷した仲間を連れて、容体が急変する可能性があるなら治癒魔法が使える者を同行させるのは必定だ」
「そうね、十階層までは護衛が四人いたんだけどね。まさか、七階層で黒為冒険者に遭遇するなんて、ついてないわ」
そう言うエマは思い出したように大きな溜め息を吐いた。
ゼンもエマには同情しており、自分も突然黒為冒険者に遭遇すれば、何で俺が、と思うだろう。
会話を続けている間に、黒為冒険者の治療は終わっていた。それを見計らい、ゼクスが言う。
「ここに長居は無用だ。迷惑でなければ、道中護衛するが?」
「それは助かるわ。いくら七階層と言えど、怪我人を抱えたままだと戦闘もやりにくいわ」
「ならば行こう」
エマが怪我人を抱え、ゼクスが黒為冒険者を担ぐと一階層へ向け歩き出した。
道中、特に会話が弾まなかったが、エマは唯一気掛かりなことがあった。
(……仮面の冒険者ゼクス――噂で知ってはいたけど、まさかダンジョンで遭遇することになるなんて……。黒為冒険者ではない、と思うけど……気になることはあるわね……)
エマが初めてゼクスの噂を耳にした時、黒為冒険者ではと思った。仮面で顔を隠し、パーティーにも所属していない。怪しい部分しかないからだ。
だが、その認識は解かれつつあった。少なくとも黒為冒険者ではと疑っていた。
しこりが残ったままだと後味が悪いので、エマは思い切って聞いてみることにした。
「……ねえ、少し聞いてもいいかしら?」
その直後、ゼクスは分かりやすいように肩をビクリとさせた。来るとは分かっていても、つい反応してしまったのだ。
「……何だろうか?」
「――どうして、こんな時間のダンジョンにいるのかしら?現在の遠征中のクランは私達『戦乙女』だけのはずよ。それとも、あなたも許可をもらっているのかしら?」
「…………」
(もう何回同じことを聞かれるんだ……でも、仕方ないか。さて、返答をどうするか……。無闇に知られるのは避けるべきなら、介入しなければ良かったんだけど。さすがにあの状況で見て見ぬふりは、できないだろう。何とか納得してもらえるよう頑張ろう)
「……許可はない」
「へぇー、それってどういう意味、なのかしらね」
「悪いが、これ以上話せることはない。それと、俺の方から頼みがある」
「頼み……?」
この流れから、エマも大体察することができた。
「ああ、俺がこの時間にダンジョンに居たことは、黙っていて欲しい」
ゼクスの発言を受け、エマは心の中で「ほらね」と呟いた。こういった状況の頼みなんて、決まってるようなものだ。
「……いいわ、わざわざ他人に話すようなことじゃないし。それに、危ないところを助けてもらったんだから断れないじゃない」
「それもそうだな。いや、良いことをした」
「あなたねぇ……」
開き直ったゼクスを見て、エマはジト目を向ける。そういう意図があったのかもしれないが、それを確かめるのは野暮だと考えた。
すると、ゼクスが懐から何かを取り出し、エマの前に差し出した。
「念の為、契約魔法にサインを頼む」
「……呆れた。口約束じゃ信用できないと?」
「そういうわけじゃないが、念の為だ。うん、ほんと念の為だ」
「……はいはい、分かりましたよ。仮面の冒険者様の仰せのままに」
さっきのやり返しをしてきたエマに、ゼクスが唸る。なぜだか、罪悪感を抱いてしまう。
少し顔を落としているゼクスを見て、クスリと笑ったエマが言う。
「ごめんなさい、少しからかっただけだから。……他人に言えない事の一つや二つ、誰にでもあるわ。――そう、誰にもね……」
そう言うエマの表情は先程と異なり、ひどく沈んだものだった。
ゼクスもそれを感じ、エマにも何かあるのだと悟った。
(はぁ……隠し通さなければならない事があるって、疲れるものだな)




