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友と幸田

 県立八雲高等学校。通称、八高はっこう

 偏差値がここ柳生(やない)市の高校の中でも真ん中あたり、中堅の高校だ。

 そんな高校に、僕、佐藤幸田さとう さきたも在学している。

 姉である藍子には、「私が勉強を見ていたらもっと良い高校にいけたのに」と今でも悔しがられている。

 実際勉強を教えられていたら、おそらくは今より良くない学校にいたとは思うのだが。

 そこんところを気遣えないのが姉貴の悪いところだ。


「おはさーす」


 気だるく教室に入り、雑に挨拶を済ます。


「おっーす幸田」


 そんな気だるい挨拶でも返事をくれる者が一人。


松樹まつき、ちゃんと課題の英作文やってきたか?」

「やべ、やってねー。完全に忘れてたわ。わり幸田、ノート見してくんね?」

「ダメだ。自分でやるからに意味があるんだぞ課題は」

「えー…。幸田のケチ」

「うるせえ、なんとでも言え」


 よく課題をすっぱ抜かすこの阿呆は、葵 松樹(あおい まつき)。僕と同じく、一人の姉を持つ友人だ。

 ちなみに、あと一人、僕の仲の良い友人がいるのだが………。どうせこんな時間には来ないだろう、ということなので、後ほど紹介する。


「まあ、そんなことはさておき……。最近どうよ? お前の姉貴」


 松樹がニヤニヤしながら僕に聞いてくる。同じ姉を持つ者として、よく僕たちは愚痴や文句を言い合っているのだ。


「どうも何も。昨日は、考えた作戦を決行しようとしたけど、全部姉貴にへし折られたよ。しかも大事なもん見られそうになったし」

「大事な、もん? なんだそれ、お前の隠し持ってる姉ものの─」

「僕の聖剣」

「その話、詳しく。俺たち、友達だろ?」


 何とち狂ったこと言い始めるんだこと阿呆は。まあ、公衆の面前で僕の醜態を晒さずに済んだからいいけど。


「その、あれだ。風呂場で新しい作戦を立案していた時な。僕は考えるのに夢中で気づかなくて、姉貴が風呂場にいたことに気づかな─」


 僕が言い終わるのを待たずに、自分の真横にシャーペンが投げられた。それも豪速の。


「松樹っ!? てめっ、僕を殺す気かよ!?」

「─続けて、どうぞ」

「なんなんだよお前……。急にそんな……」


 続けろと言われても、これから話す内容的に不安でしかないのだが……。でも、それ以上にシャーペンを乱投されるのは嫌だ。


「でだ。姉貴は僕の体を洗ってあげると─」

「貴様ふざけているのか……?」

「投げんの早いわ、そしてどこかだよっ!! 大っ嫌いな姉貴と風呂だぞ?! この世の地獄だっつの!!」


 またもや、シャーペンという名の小型ミサイルが僕の顔面を目標として発射される。

 コイツ、物を大切にしろと教わらなかったのか?


「地獄…!? バカ言え、お前の姉貴は巷ではアイドルだの女優だのグラビアやってそうだの実は天界から舞い降りた天使説だの、そう言われてるレベルのプロポーションの持ち主だぞ!? 地獄なわけあるかボケ!!」

「所詮姉貴は姉貴だっ!! あんな身体ちっさい頃から見てるから、今更見ても何も興奮…………しないわけでもないけど、死ぬほど嫌いな姉貴と風呂は嫌だっ!!」

「ほら興奮してたんじゃねぇかよシスコンがっ!! やっぱ姉物のうっすい本持ってる奴は─」

「今………何か言ったか?」

「なななっ何も言ってないです……」


 僕は生意気言うあの口目掛けてシャーペンを投げた。

 なに、これは口封じという至極真っ当な理由があってやっているからであって、物を大切にしろという教えに反したわけではない。


「─はいお前ら席に着けよー。ホームルーム始まるからなー」

「「はーい」」


 一例の戯れが終わった直後、担任が教室に入室。それまで動物園にでも間違えられそうなほどの騒音に見舞われていたこの教室は、一気に静まり返り担任に視線が集まる。


「えっとまずは出席確認な。葵」

「うす」

「宇野………は今日も遅刻なのか、参ったなぁ……。 幸田、お前何か聞いてないか?」

「いえ、何も」


 宇野というのは、先程言っていた、僕のもう一人の友人だ。かなりの遅刻癖がある問題児ということで、先生たちの間でもときより話題に挙がる少女だ。

 話題に挙がると言っても別に悪い意味ではない。

 頭の良さは学年どころか県内随一の秀才なのだ。それゆえに、「遅刻癖なところさえ直れば」などと職員室では、中間、期末試験が終わるたびにそう話題が挙がる、というわけだ。

 話を戻そう。

 いつもの如く遅刻をかましていく宇野に、後頭部をポリポリ掻き、困ったと頭を悩ませる担任。だがその直後、廊下からF1にでも出てきそうな爆音をその足で奏でつつ、教室に特攻する者が一名。


「うおおお!! セーーーーッフ!!」

「アウトだよ馬鹿野郎!! 宇野、お前はどうして毎回毎回遅刻をするんだ!?」

「寝坊っす!!」

「もっとマシな言い訳はないのか!! ─もういい、早く座れ……」

「へへっ、了解っす!」


 改めて紹介を。

 遅刻したことを全く悪びれず、いつもニコニコ、ヘラヘラしているこの女の名は宇野 春(うの はる)。頭の良さに全振りした結果、遅刻癖というデバフを生涯くらった、残念なもう一人の友達だ。


「おはです、幸田くん」


 宇野は僕の真隣の席なため、席に着くなり僕に話しかける。ちなみに松樹は真後ろ。


「おはよう宇野。いつにも増して今日は元気なんじゃないか?」

「そうっすかね? 気のせいじゃないっすか?」


 気のせいではないぐらいに明らかに通常の2倍は元気な気がするが。


「どうせアレだろ? 兄貴が久しぶりに帰ってきたとかだろ」

「っ!? あ、葵。ど、どうしてわかったのさ!?」

「どうしてって言われてもなぁ……。お前が極度のブラコン以外に理由があるかよ」

「私はっ!! ブラコンじゃっ!! ないっす!!」

「わかったわかったから!! 揺さぶんのはやめろって!! おい幸田、お前もボケッとしてないで助けてくれっ!!」


 言い忘れていたが、宇野には東京の大学に通っている兄がいる。松樹と僕のように、仲が悪いというわけではなく、むしろ良好。とても仲良しなのだ。


「幸田ぁ!? さ、幸田さぁん!?」


 正直言って羨ましい限りだ。是非その兄と、ウチの姉貴(バカ)をトレードしてほしいぐらいに。


「おーい、あのー、俺脳震盪でとんでもないことになっちゃうんですけどー。助けて欲しいんですけどー」


 いやしかし、それだと宇野が苦労するのでは? あんなブラコンな姉貴ならば、シスコンにもなりかねない。

 やはり負の遺産は僕だけが背負うべきだ。


「幸田っ……幸田ぁぁぁ!! マジでやばいって死ぬってっ!! む、無視すんなごらあぁぁ!!!」

「ゴフッ!?」


 松樹の首をブンブンと揺さぶっていた宇野ごと、松樹が僕に突然とタックルを敢行。

 考えることに夢中だったがために、僕は椅子から糸も容易く吹っ飛び、地面に伏せた。


「松樹ぃぃぃ……! きっさま何をする!!」

「そのセリフまんま返すぞ薄情者っ!!」


 この坊主め…。さっきもシャーペンで僕を討とうとしていたからに、警戒をしとくのだった…!


「松樹、次は何がいい? またシャーペンか? それとも三角定規がお望みか…?」

「へっ……! どっちもお断りだよ」

「二人ともっ!? 争いは何も生まないっすよ!?」

「オメェのせいだからな宇野ッ!!」

「えぇ……!?」


 そう。これが僕たちの日常。

 笑い合って、遊びまくって。

 そして時には殺し合って。

 ここが僕の居場所だ。姉貴が常時襲ってくる自宅とは違う、僕の本当の家なのだ。


「─すごく良い終わり方かもしれないがなお前ら。今、何の時間か分かってるか?」


 ─何を言い出すのかと思えば。

 今はホームルームと一限の間の休み時間なはず。

 それに、一限は数学。移動教室でもない。


「あいにくホームルームと一限の間の休み時間だとか思っているかもしれないが……。時計をしかと見ろ」


 言われるがままに、僕らは時計の針を見つめる。

 時計の針は8時35分を示していた。ホームルーム終了時間は40分だから………。


「「「………………あっ」」」

「はぁ………。お前ら、後で職員室な。朝からこんな馬鹿げたことするなんて、随分と度胸が入っていることだ」

「「「待ってくださいお許しをっ!!」」」


 そう。改めて言おう。これが僕たちの日常。

 笑い合って、遊びまくって、殺し合って。

 そして、バカかまして先生に怒られて。

 ここが僕の居場所だ。姉貴が常時襲ってくる自宅とは違う、僕の本当の家なのだ。

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