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リニューアルする、わたしたち

作者: ムッシュ

 ビルの窓を清掃するゴンドラが傾いていた――――二十分前まで。ワイヤーが一本切れたため地上二十五階で一本釣りになっていたが、今は下から吹き上げる風の力によって水平に保たれている。

 窓から大きく身を乗り出し、数メートル上のゴンドラの底に向かって少女は腕を上げる。その手先から放たれる風は暴風というべき強さだった。

「お、すげ……安定してまーす! これならいけそうでーす‼」

 ゴンドラに飛び移った救助班が清掃員を引き上げたのを確認しても、少女は気を緩めなかった。代わりのワイヤーがゴンドラにかけられ、屋上まで引き上げられる準備が整うまで、強く、細く息を吐き続けるように、一定の出力で風を放出し続けた…。




 私―――五十嵐あすみは、自他ともに認めるアイドルだった。災害救助特別隊(レンジャー)を代表するイメージキャラクターを務めながら、その実績もまたエース級だった。

 そうして一年経って、春休みを迎える頃。私は本部に呼び出された。

「さて、あすみ君。昨日はご苦労だったね。事故もなく、見事な働きだった」

「大したことではありません」

「…その割に、動きがどこかぎこちなく見えるが」

「………」

 正直に言えば腹とか背中とか腕とか痛い。

 ずっと同じ加減で力を放出し続けることは相当な集中力が必要だったが、それ以上に身体がキツかった。落ちないようにハーネスで繋がれていたとはいえ、この高度で窓から身を出し、上半身を揺らさず、腕を上げ続ける―――ゴンドラを吊るすワイヤーよりも、全身の筋肉の方がギシギシと悲鳴を上げているようだった。にもかかわらず救助隊がもたつくから、遠巻きに見守るオーディエンスたちの前で思わず舌打ちしそうになった。救助隊も命の危険があるだろうが、こっちはバングルのバッテリーも気にしなきゃいけない。能力をブーストするバングルのエネルギーが尽きれば私の風は一分と持たず弱まり、鉄の塊の直撃を受けて死んでたかもしれない…。

 思い出して一瞬目元に力が入ったが、すぐに鼻から息を出して嫌な気分を呑み込む。本部長は何かを察したが、それ以上何も言わずに話題を変える。

「もうすぐ春休みだね? 友達と遊ぶ予定とかはあるのかね?」

「特には。買い物に行くくらいはしますけど。レンジャーですし、いつでも出動できる態勢でいないと」

「建前ではそうだがね、別に休みをとって構わないのだよ? ヒーローだって休息は必要だし、何より君はまだ学生だ」

「そうは言っても、私みたいな有名人がはしゃいで遊び歩いて救助活動に遅れた…なんてことがあったらマズいんじゃないですか?」

「まあ……それはそうなんだがね…」

 どこかぎこちない。何か厄介なことを頼まれるな…。

「あすみ君は隙がないよねぇ」

「真面目、とかじゃないんですか、今のは」

 話のフリでプライベートを探られて挙句暗にディスられた。本当にこの上司はイマイチ好きになれない。

「あの……ご用件はなんですか?」

「ああ、そうだね…」

 なぜか言い淀む…。

「あー……実は新しい隊員が入ることになってね、君とコンビを組んでもらいたい」

「は? はぁ……え? それはイメージキャラクターがユニットというか、グループになるということですか? 別に、まあ……構いませんけど…」

 休みなく忙しいのは苦ではなかったけど、人手が足りないとは思っていた。プロモーション活動も何人かで分担すれば多く回れるし……と、一応理解する。納得しているかは別として…。

「で…どんな子―――どんな人なんですか、その人」

「………」

 本部長は黙ってタブレットの資料を見せてくる。渡されたタブレットを見た私は―――




「いやいやいや……ありえないでしょ…」

「お疲れー…どしたの?」

 ロッカールームで帰る準備をしながら愚痴っていると、後ろから声を掛けられた。瑞子先輩だ。

「いや聞いてくださいよ、今度入ってくる新しいコとコンビになることが決まったんですけど」

「え、そうなの⁉ へー…なんかホントにアイドルみたいだね。まあでもわかる。あすみちゃん、私なんかと違って可愛い服似合うもんね」

「いやいやいや! そんなことないですよ! 瑞子先輩の方が可愛いですし!」

 瑞子先輩は先代のイメージキャラクターを務めていたけど、大学入学を機に辞めて、今は大学生活7割・レンジャー出動3割くらいだ。それほど頻繁に会うことはないけど気も合うので話もするし、私にとっては密かな憧れというか、理想の先輩でもある。美人だけど、加えてちょっとカッコイイ独特の雰囲気を持っている。自分としては「可愛い」よりもこうありたい…。

「で? コンビ組むのが嫌なの?」

「嫌っていうか………」

「…? 何、どんなコ? 写真とかないの?」

「……これ」

 私はスマホのプロフィール画面を先輩に見せた。先輩は目を見開く。

「うわ、メチャクチャ可愛いじゃん! 透明感ヤバ…そりゃあすみちゃんとコンビにさせたくなるよ!」

 瑞子先輩は興奮するけど、私は逆に冷める。だって―――

「ソイツ、男ですよ…」




「神代カオルくんは、そもそも性同一性障害でね。永い間、性の不一致に苦しんできた」

「えっ……すみません、ちょっとついていけてないんですけど⁉ 男っ…私とコンビ組むって言いましたよね⁉ 見た目も恰好も普通に女子なんですけど⁉ まさか女装させて私と組ませる気ですか⁉」

「いいや。カオルくんは一年近く前に大事故で身体のほとんどを失ったが、女性として再生されている」

「は…⁉」

「そして精神と肉体が合致した時、能力に目覚めたというわけだ」

「……………」

「あすみ君、セクシャリティーはデリケートな問題だ。仮に女装男子だったとしても、拒絶するのはどうかと思うがね?」

「拒絶…っていうか、いや、男……女…?」




 一日経っても、心の準備ができなかった。実際、本部長も上手く説明できなかったんじゃないかと思う。

 身体も心も女になったんならいいじゃないか、とは言っても……

(でも、この間まで男だったんでしょ?)

 どういう感覚なのかはわからないけれど、でも「男じゃない」ことと「女である」ことは別だと思った。身体が男だったら、男の感覚に引きずられるんじゃないの? だから違和感を覚えるわけで、それで苦しんでいたというのなら可哀そうだけど……問題は、ソイツが私をどういう目で見てくるか。そして私がソイツを女として認識できるかであって……


 一晩中、そんなふうに悩みながら今日を迎えたのだが――。


「転校してきた、神代カオルです……あの、よろしくお願いします…」

 黒板の前で緊張しながら挨拶する転校生に、男子だけでなく女子もどよめく。怖ろしいほどの美少女だ。

 さらに言うなら、仕草が、オーラがもう女子。元男だと言われて、誰が信じる? いや、言われたとしても……

 目が合って、転校生が笑顔を見せる。自分の顔が強張るのがわかった。

 



 あっという間に話題をかっさらった神代カオルを遠巻きに見るだけでその日は終わった。

 授業が終わってさっさと教室を出ようとすると「あ…五十嵐さん!」と声を掛けてきたけど無視する。

 追いかけてくる気配がしたけど、人気のない特別教室の前に移動すると、廊下の窓からひょいと飛び降りる。

「え⁉ えぇ…」

 一瞬後に三階の窓から見下ろす神代カオルを一瞥して、フンと鼻で笑う。私にとってはいつものショートカット。風の力でショックを和らげればなんてことはない。

 だけど、

「いよっ、しょ…」

 声が聞こえて振り返ると、神代カオルが窓枠に足をかけ―――

「ちょっ…バカ、何して…⁉」

 勢いよく飛び出した美少女―――まるで映画のワンシーンの様……なのは一瞬だけで、直後に捲れ上がるスカートを慌てて抑え、両足で着地したものの、バランスを崩して盛大に尻もちを着いた。

 まさか三階から飛び降りるなんて――! 慌てて駆け寄って、状態を確認する。

「何やってんのよ、バカ‼」

「いたた…お尻打った。新品のスカートだったのにぃ…」

 …何言ってんだコイツ。ていうか足は⁉ 骨折とかは⁉

「もう、びっくりするって五十嵐さん、普通三階から飛び降りないし…私は平気だからいいけど…」

「………」

 そうか、コイツも能力で…。確か、状況に合わせて身体が変化する?とかなんとか。身体が柔らかくなったりするのだろうか。いや、もしかしてこの能力で女の身体になってたり……

「な、何…?」

「……別に」

 別にオカマだろうがニューハーフだろうが偏見はないつもりだけど……いや、コイツは心身ともに女のはずなのだけど、でもどうなんだ? コンビを組む以上、着替えとか、トイレとか、場合によってはシャワーも一緒になるかもしれない―――そういうときコイツは私をどういう目で見る? 私は……どうなんだろう?

 昨日からずっとモヤっとする。それは今日になっていよいよ深まった。神代カオルは思った以上に女子。だけど……




 十日後――。

 三時間目の古典の授業中、ついに非常事態を告げるアラームが鳴った。すなわち重大事故の発生だ。すでにレンジャーとして知られている私のアラーム音はクラスの誰もが知っているが、今日は二重に聞こえるので皆その音の出所を探す。そして音の発生源は自ら手を挙げた。

「先生、要請がありましたので退出します」

 神代カオルの発言に皆騒然。クラスメートには言ってなかったし、別に言う必要もないけど、悪目立ちするくらいなら最初に言っておいたほうがよかったし…。

「五十嵐さん―――!」

 大きな声で呼ばれた私は、答えるまでもなくバッグを持って席を立つ。必要以上に眉間に力が入ってしまっている気がする。

「すみません先生、失礼します」

 私は一言断って、スマホを操作しながらさっさと教室を出る。慌てて追いかけてくる神代カオルは、声援を受けて笑顔で手を振っていた。

「何やってんのよ…」

「え? 五十嵐さんだっていつも現場でしてるよね?」

「………とにかく、連絡して車回してもらうから」

「ううん、直接行ったほうが早いよ。私に任せて!」

「は? …うぇ⁉」

 唐突に私の膝の裏に腕を回し、お姫様抱っこをすると、窓からジャンプ! 後方宙返りの要領で真上の屋上に着地した―――とは、後で説明されて知ったことだ。実際は急に景色が回って、私は放心してしまっていた。

 さらにそのまま、大ジャンプ―――! …あれだ、動画で見たことある……人間を大砲で飛ばすヤツ。ちょうどあんな感じの弾道飛行……いや、あれより飛んでる。滞空時間が異様に長い…! 神代は運動能力を強化することもできるのか!

 高い…高い! 学校はやや高地にあるから、目的地までひとっとびというつもりだろうけど、高すぎる…! 私だってこんな高いところから飛び降りたことない……というかまだバングルも着けてないんだぞ⁉ もし落ちたら―――…

(え…⁉)

 コイツ…神代カオルも着けてない! それなのにこんなパワーで……コイツ…!

「…バングル着けて!」

「え?」

「早く!」

「そんなこと言われても、今は…」

 私を抱えているから手が塞がっていると? バカなのか!

 私は自分のバングルを付けて正面から抱き着くようにして腰に腕を回し、がっしり固定すると、背中から噴出するイメージで風を起こし、神代カオルの手を自由にさせつつ滞空時間を稼ぐ。

「うわ、すごい! 浮いてる⁉」

「さっさとしろ!」

 腕で腰を絞めてやる。頭に当たる神代カオルの胸に割とボリュームを感じるのがさらにイラつかせる。

 神代カオルが慌ててスカートのポケットからバングルを出して腕に装着・起動したのを確認したら、すぐに着地できる場所を探す。道路に下りるなんて論外―――万が一通行人に当たったら最悪怪我じゃ済まない。どこか…民家の屋根じゃなくてビルの屋上。それも高すぎないところ―――数瞬で最適のポイントを見つけ出し、コースを微調整しながらスピードを殺す。それでもコンクリートが迫ってくるのが怖い。

 と、そこで私が強張ったのが伝わったのか、神代カオルがまた私を抱き抱え、脚を踏ん張って見事に着地……

「…そのままそこの路地裏に下りて」

 四階の屋上から誰もいない路地裏に降り、私はようやく地面に足を着いた。背中から汗がじわりと出る……救助活動前なのにこの数十秒にいろいろあり過ぎて……ともかく、

「…アンタねぇ!」

 神代カオルの襟首を掴む。私がこんな振舞いをすると思ってなかったのだろう、明らかにビクついていた。

「ご、ごめんなさい…いきなりジャンプしたから、怖かった…よね…?」

 …コイツ、やっぱりわかってない。もしかしてそこから私が面倒みるのか? くそ…

「…とにかく、今からは私の指示に従いなさい。勝手なことするな。わかった⁉」

 黙って頷く神代カオルは気落ちしていた。こんな状態で人前に出て救助活動するなんて…!




 事故は大通りでスピードを出し過ぎた車が横転、玉突き状態になって酷い有様だったが、奇跡的に重傷者や死者は出なかった。神代カオルは車を持ち上げるパワーを発揮し、新加入の女子高生レンジャーということもあって衆目の反応もまずまずだったのだが、直後に待っていたのは本部での叱責だった。

「許可なくバングルを使用したのはなぜかね」

 管理部顧問は圧力を持った口調で問いかけてくる。

「現場の位置を確認し、直接向かった方が早いと判断しました」

「GPSの記録からはかなりのスピードで移動している。バングルを使用せずに能力を使ったのではないか?」

「神代カオルが緊急事態の報に気を取られ、焦って装着を忘れておりました。数秒のことです」

「監視カメラの映像から判断するに、時速六十キロに迫るスピードでジャンプしている。着地時に人を巻き込んで重大な事故に繋がる可能性を考えなかったのかね」

「軽率でした。申し訳ありません」

 深く頭を下げる。神代カオルには、一切喋らせなかった。






 一か月後。久しぶりに本部で瑞子先輩に会った私は、誘われて施設内の喫茶室に足を運んでいた。

「で、どう? 相棒は」

「同僚です。まあ……最初にやらかしましたけど、それなりにはやっています」

 実際、神代は思っていた以上にできていた。何だかんだ素直で真面目。初任務で叱られた後、すぐに私に謝ってきたし、その後は私の言うことを聞いて従っている。

 イメージキャラクターの活動も高評価。直接的なパワーを発揮できる神代の能力はわかりやすく、しかも容姿とのギャップが人気に拍車をかけている。向いているのか、人前で笑顔を作り続けることが苦にならないようだ。もう三度も出動があったけど、問題なくやれている。至極順調……

「――ていうかさ、あすみちゃんの方は最近どうなの?」

「どう…? どういうことですか?」

「最近表情硬いよ? カメラの前でも」

「えっ…⁉」

 そうだろうか……全然意識してなかった。

「カオルちゃんと仲良くやれてない感じ?」

「え……と、別に……」

 そんなつもりはない……そもそも同僚で、友達じゃない。ただ、カオル〝ちゃん〟というその呼び方は、私にはまだ違和感がある……。




 時の人となった神代は、学校でも人気者になった。しかし男女ともに分け隔てなく接したことで勘違いした何人もの男子が告白し、撃沈されていった。

 そもそも、神代の恋愛対象は男なのか? どうでもいいけど、でも周りはそうはいかない―――

「ねえ神代サーン、今度合コンしようよ、合コン」

 授業が終わった直後、神代が外から入ってきた数人の女子に囲まれていた。いわゆる「遊んでる女子」のグループだ。

「え、ご、合コン…?」

「一人だけ足りなくてさぁ、神代さん来てくれると助かるんだけどなぁ…?」

「え、ええと……予定ない日なら大丈夫かもだけど、急に呼び出しかかることもあるし…」

「えーホント⁉ じゃあいつ⁉ いつならいい⁉」

 やり取りを視界の端で見ていた私はカバンを持って立ち上がり、神代の後ろを通りざま、

「神代。ソイツらと遊んで仲良く補習になったから出動できませんでしたとか、笑えないから止めてよね」

「なっ…」

 女子グループたちは眉を吊り上げて顔を赤くし、神代は逆に青ざめていた。

「なんなのカメラの前でいい子ぶってさ! アンタが普段腹黒い陰キャ女だって、すぐにネットに流せるんだからね!」

「……」

 侮蔑の言葉も苛立ちの視線も無視してさっさと教室を出る。校門を過ぎたところで、「五十嵐さ~ん!」と後ろから神代が追ってきた。

「待ってっ…」

「何」

「何、って……あんな言い方しなくても…」

 返事をしても足は止めない。神代は横に並びながら訴えてくる。

「私を助けようとしてくれたのはわかるけど、あんな揉めるような言い方しなくてもいいんじゃないかなって……」

「別にアンタを助けたわけじゃない」

「で、でも、合コンくらい、別に…そりゃ、私たちはイメージ良くないかもしれないけど、やっちゃダメってわけじゃ……それにせっかく誘ってくれたのに邪険にしなくても……それこそ印象良くないよ。前から思ってたけど、五十嵐さん、どうして学校で冷たいの? なんか、一人のとき多いし…」

「何? イメージ崩れてガッカリした?」

「違うよ‼」

 神代が急に大声を出してきたからビックリした。

「私は五十嵐さんが優しい人だって知ってるよ! レンジャーで活動してる時の笑顔が嘘じゃないって知ってるよ! でも! 学校でわざと距離を置く様な態度をとる理由がわからないから……!」

「…………」

 コイツが私の何を知っているのか。というか…

「…今、ハッキリわかった。アンタは女子かもしれないけど、女じゃない。なんでアンタが合コンに誘われたかわかってる? アンタでレベルの高い男を釣るためでしょ。言いなりになって裏表もないアンタは格好のエサなの」

「そんな、こと…」

「そもそもアンタ、一部の女子から恨み買ってるのわかってる? 誰にでもいい顔するから男が寄ってきて、それをアンタがあっさりフったら、その男子を好きだったコたちは立つ瀬がないでしょうが。アンタわかってないでしょ⁉」

「………」

 捲し立てるように言うと、神代は俯いて黙る。

 しまった、余計な事を言い過ぎた…。

「…学校で大人しくしてるのは、上手くやり過ごすためよ。別にそんなつもりがなくても、男受けがいいタイプっているの。アンタもそう。誰かとくっついてるならともかく、私恋愛興味ありませんみたいな態度とってたら、場を引っ掻き回されて腹立つって女はいるの」

「でも、付き合うとかは、その…考えてないっていうか…」

「私だって、今は誰かと付き合いたいなんて考えてない。だからどうでもいいことで目の敵にされないように距離をとって……なんなら嫌われるようにしてるってわけ。ああいう連中なんて、いつでもマウントとれると思い込ませておけば勝手に納得するのよ。わかった⁉」

「………」

 神代はまた黙った。所詮、女の子ゴッコか…。女の汚い部分なんて、きっと本物にならないとわからない。少なくともコイツにはまだ早い…。放って帰ろうと背を向けると、

「…わからないよ」

「え?」

「わからないよ! 五十嵐さんは優しいし、一生懸命だし、カッコいいし! それを誰かが悪く言うなんておかしいし、五十嵐さんが嫌われるフリするのもおかしいよ!」

「なっ…」

 ホントにわかってない……というか、なんでコイツ私に対してそんな―――…

 走り去る神代を見送りながら、私は重く息を吐いた。




 それから三日後の金曜日。校門を出たところで呼び止められた。制服を着ている同い年くらいの女子が一人……知らない顔なので、やや警戒する。

「あの……五十嵐あすみさん…ですよね?」

「…何?」

 全力で話しかけるなオーラを出す。レンジャーの時とのギャップが激しくなればなるほど黙らせられる。構わず来るヤツは空気を読まないか、何か拗らせているか、悪意があるか……

「あの……夏川くんのことで、お話しが…」

「夏…え? 誰の事?」

「夏川カオルくん…」

「カオル…」



 女性に変わるにあたって祖父母と養子縁組したとは聞いていたけど、元の姓が夏川とは知らなかった。

 私に声を掛けてきた槙野美穂という子は中学の時の神代の同級生だという。ハンバーガーショップに入って席に着くと、彼女はジュースにも口を付けずにスマホを見せてきた。

「これです、中学の時の写真…」

「ぇっ……」

 今と変わらん…。髪の長さが違うくらい。細身だし、女装したらもうほとんど変わらない。容姿は手術でいくらか手を入れていると思っていたからびっくりだ…。

「中学生の時、私と何人かの女子は夏川くんと一緒にいること多かったんです。男子とは上手く馴染めなかったみたいで…」

「ふうん…」

「それで、その……カオルくんが、この間メッセージ送ってくれて……私たち、カオルくんは事故で重傷を負って、一生療養所生活だと聞いてたので、レンジャーになった姿を見ても、それが私たちの知っているカオルくんだって確信が持てなかったんです。どう見ても女の子だし、名字も違うし…でも憧れのレンジャーになれたんだって聞いて、私もよかったって思ったんです」

「憧れ?」

「えっと……五十嵐さんに憧れてたって…レンジャーで活動する五十嵐さんカッコいいって…」

「……」

 初耳だ。しばらく思考停止してしまった。

「…で?」

「その……カオルくん、五十嵐さんに女っぽくないって言われたのがショックだったみたいで……自分の事ずっと女の子かもしれないって思って中学の時過ごしてたけど、私たちからはやっぱり男子にしか見えてなかったのかなって書いてて……」

「……アンタはどうなの?」

「へ?」

「アンタにとってアイツは男? 女? さっきからカオルくんって言ってるけど」

「それ、は…」

 言葉は続かない。聞くんじゃなかったな…。



 男らしいとか女らしいとか、正直に言えば私にはどうでもいい。自分の成りたい自分に成れればいいと思うし、それを私もどうこう言うつもりはない。でも、他人から見てその人をどう思うか……私が神代にどう対応すればいいかまだ悩んでいる。私と二人きりの着替えの時とか、神代の方がぎょっとしているところがあるし……。

(アンタにとって私が憧れだとしても……私にはまだどうすればいいのかわからない…)






 あれ以来神代とは特に何もないまま、一か月が過ぎようとしていた。その間、私たちが出動するような大きな事故はなく、防犯・防災のPR活動に専念した。

 アイドルチックな衣装に身を包んだ神代は、本当に煌びやかだった。知らなければ、私も神代を天性の美少女アイドルだと認識していただろう。

(私、こんなだったかな…)

 神代の憧れが私? 理想の自分が私? それは嘘だ、過大評価だろう……実際の私はもっと計算高い、ただの偶像だ…。

「五十嵐さん、大丈夫…?」

 帰りの車中で、久しぶりに神代から話しかけてきた。

「何が?」

「元気、ないみたいだから…」

「別に……ちょっと考え事してただけ」

 神代は、きっといい奴だ。私の方がずっとつまらない女……私よりも、神代の方がアイドルに向いてるんじゃ―――…


 そのとき―――遠くで轟音が鳴って、車が揺れた。


「わ、な、え…⁉」

 バタつく神代の脚の上を乗り越え、車の窓から外を窺うと、黒煙が上がっているのが見え…そしてまた爆発が起こった。現場はビジネス街で、高いビルも多い――…!

「環状線降りて!」

 ドライバーに指示を出しながら本部に連絡する。ドアに手を掛けて走行中の車から今にも飛び出そうとする神代の頭を叩き、隊服に着替えろと促す。

 嫌な予感がする……。




 現場に到着すると、まだ消防車や救急車はなかったが、数分後には到着するだろう。

 とにかくわかることは、ビルの中の立体駐車場、四階にある車が爆発しているらしいということだ。原因はわからないが、今はそれを考える時じゃない…!

 どうすればいいのか困惑している神代の袖を引き、大きく息を吸い込み―――

「みなさぁん! レンジャーの五十嵐あすみです! 現在、立体駐車場のビルで火災が起き、さらなる爆発の危険性があります! 近隣の皆さまは、速やかに退避してください!」

 風に乗せて周囲に声を送る。直線距離なら一キロ近く先まで送れるけど、入り組んだビル街だとどこまで届くかわからない。それでも三回繰り返すと、様子を見ていたらしい人々がビルの中から出てきた。

「私たちは避難誘導と、緊急車両のルートを確保する!」

「でも、炎の中に取り残された人がいたら…」

「装備もないのに飛び込んでどうするの!」

 そう言うと、神代は黙って従った。レンジャーの隊服にはある程度の耐火性能はあるが、全身を覆っているわけでなく、一酸化炭素中毒を防ぐガスマスクの用意もない。

 やがて消防車や救急車、パトカーが到着して、私たちは下がる。レンジャーの活動はあくまで要請があった時だけだ。

 さすがに神代もこの場でしゃしゃり出ていかなかったが、もどかしそうにしていた。その気持ちは私にもわかる……時折私たちをカメラで撮影しようとする野次馬を下がらせるために、私たちも現場から遠ざかっていく。アイドルということは、こういう役回りを負うということでもある…。

 消化活動は難航しているようだった。鉄とガソリンの燃える臭いが離れていても漂ってくる……

 と―――また爆発が起こった。大きい! 

 やがて、救急隊員たちの動きが慌ただしくなってきた。重傷者が運ばれてくるらしい。さっきの爆発に巻き込まれた消防隊員がいたようだ。爆風で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて心肺停止の状態だと風に乗って聞こえた。

 担架で運ばれてきた消防隊員の服を剥ぎ取る様に脱がし、心臓マッサージを試みるが、脈拍は戻らない。同時に搬送先の照会を求めているがなかなか受け入れ先が見つからないようだ。先発した救急車がけが人を運び込んだところだろうから病院も余裕がないのかもしれない。

 段々と焦りだす救急隊員と消防隊員……まだ心臓が動かない。私は意を決して救急車に駆け寄り、開いたままの後部ドアから乗り込んだ。

「私にやらせてください!」

「は⁉ 邪魔をしないでくれ!」

「私なら血流を操作することができます! 人工呼吸器と合わせれば、病院までもたせられます! それで一人、助けたことがあります!」

 手を止めて聞いてくれるわけじゃない。それでも私は訴えた。

「血流をって、そんなバカな話あるわけない、アンタは風を吹かせるだけだろ! ちょっと黙ってくれ!」

「お願いします、私に――‼」

「うるさいっ‼」

「―――できますっ‼」

 後ろから大声で叫んだのは神代だった。あまりの剣幕に、私も救急隊員も声を失う。

「私です……五十嵐さんに助けてもらったのは私です! だから大丈夫です! きっと助かります!」

「え……」

 そんな……コイツが…⁉

「…五十嵐さん、だったね」

 救急隊の隊長が、スマホを持ちながら私に声を掛けてきた。

「上から指示があった……状況によって、君に任せるか判断を委ねるとのことだ。お願いできますか?」

「はい…!」

 私の本当の能力は風を起こすことじゃない。波を操作することだ。それには液体も含まれる。他人の血の流れを操作すれば血液の流れを補助したり、出血を抑えることもできる。

 この力が公表されていないのは、かつて問題になったからだ。

 一年近く前―――レンジャーになって七度目の出動の時、工場が爆発する事故があった。そのとき、見るも無残な姿になった重傷者を前にして、私は独断と思い付きだけで血流を操作したのだ。これよって病院に着くまでは何とか命を繋ぎ止めたと聞いたが、一方で私の行いは危険視された。能力制約の規則に従うのはこのことがあったからだ。人智を超えた力で命を奪うこともできると思われれば、私を見る世間の目は変わってしまうだろう。だから規則を遵守する。怖がられないために…。

 私は患者に手をかざし、血流の操作に力を集中させていく……しかし、さらなる爆発が起こった! そして―――駐車場の四階から、燃えた車が吹き飛んできていた!

 悲鳴が上がる中、スローモーションに感じられるその一瞬―――神代はもう飛び出していた。

 弾丸のようなジャンプで体当たりするように車に飛びつき、火の付いた車体のバンパーに手を添える神代。

 「あちッ」という声が私の耳に届いた。

 神代は車を支えたまま道路に着地すると、なんとか膝で衝撃を殺し、車体をガシャリ、と道路の脇に置いた。すぐに消防隊員が消火を開始する。

 救急車の中の私は状況を察することしかできなかったが「大丈夫だから!」と声を張り上げる神代に、全てを託した―――。




 結果的に消防隊員は病院まで持ち堪え、なんとかなりそうだった。ついでに神代の手の火傷を診てもらっている間、私は待合所から少し離れた椅子に座り込んで、疲れて動けなくなってしまっていた。

「私、五十嵐さんに助けてもらって、レンジャーになろうと思ったんです…」

 気が付くと、包帯で手をぐるぐる巻きにされた神代が立っていた。

 あまりにも運命的な…まさかあの時の子が生きていたなんて…。私はどう声を掛けていいのかわからず、

「…カッコよかったよ」

 率直な気持ちを述べると、神代の顔がくしゃっと崩れて、泣き笑いみたいになった。

 私にこう言ってもらうために、コイツはここまで来たのかな…。

 隣に座らせた神代に、私はふと質問した。

「カオルちゃん…って呼ばれるのは嫌?」

 顔を上げた神代は目を点にして――今度はぱっと笑顔を咲かせた。

「じゃあ、私はあすみちゃんって呼んでいい⁉」

「えっ…」

 いや、そういうことじゃなくて。違和感がないかって意味だったんだけど。

 満面の笑顔を向けられた私はドキッとして……


 ……あれ?





 段々とレンジャーに成っていくように、カオルは段々と女性に成っていくのだろう。私も成長するにつれて「女」になったはずで、いきなりそれを求めるのは間違いだった。私だってカッコいい女を目指してたんだから、結局カオルも同じということだ。

 それはそれとして……

「おはよう、あすみちゃん!」

 朝から馴れ馴れしく腕を組んでくるコイツになぜか緊張してしまう…。

 いや……コイツ、女じゃん…⁉ ああ、もう……!



                                      (終わり)


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