3.嫉妬
私は学園で学びながら、これから嫁ぐ侯爵家のためにと更に勉強に力を入れた。その努力を評価されて生徒会に推薦してもらえた。子供の頃から比べれば人見知りは随分とましになったが、ロニーやヘレンのように積極的にまではなれていない。だが、社交に出た時にこのままではよくないと、自分を変えるために生徒会入りを決断した。
「セリーナは偉いわね。生徒会なんて雑用係みたいなもんじゃない。忙しくてせっかくの学園生活が楽しめないわ」
「でも、せっかくのいい機会ですもの。いろいろ吸収したいわ」
「物好きねえ。勉強が一番大好きなセリーナらしいわ」
その言葉はどこか険があるように感じた。このころからヘレンとは別行動が多くなったが、私がロニーと会う約束をしたと聞けば同行を望んだ。本音では遠慮して欲しかったがそれを口に出すことは出来なかった。どこかでヘレンに嫌われたくないと思っていたのだ。
「ロニー、お待たせ」
「いや、僕も今来たところだ。セリーナ、元気そうだね。ヘレンも」
「ロニーは怪我などしていない? 騎士科は大変でしょう?」
「大丈夫だよ。これでもなかなか成績優秀なんだ」
「ロニーは一段と逞しくなったのね。今度の公開試合、応援に行くわ」
ヘレンが当然のように言う。
「公開試合?」
「ああ、今度騎士科で観客を入れて試合をするんだ。セリーナも良かったら見に来て欲しい」
何故ヘレンは知っているの。私は今知ったのに。ショックを出さないように笑みを浮かべ日程を聞いた。
「いつなの? ぜひ行きたいわ」
「再来週の土曜日だ」
「土曜日……その日は……」
「何か予定があるのか?」
「今、隣国から留学している公爵令嬢のお世話係をしていて、その日は彼女に王都を案内する約束をしているの。でも予定を変えられないか聞いてみるわ」
「あら、大事な留学生でしかも公爵令嬢でしょう? 無理なんじゃない? セリーナの分も私がロニーを応援してあげるわ!」
私の分もヘレンが応援? 楽しそうなヘレンを見ると心の中がモヤモヤした。
「セリーナ。無理はしなくていいよ。次の機会に来てくれれば。留学生の世話係という大役もらったんだ。誇らしいことじゃないか。今は僕よりもそちらを優先してほしいな」
ロニーは私を気づかって言ってくれていると分かっている。でも、ヘレンが来るから私は必要ないと言われているような気がした。最近の二人は距離感が近くなり知らない間に名前を呼び捨てにしているのも嫌だった。私はいつも聞き役で話題が豊富なヘレンとそれに笑顔で返すロニーを見ているだけだ。最初はそれだけで楽しかったのに今は胸が苦しい。まるで二人が婚約者同士のように見える。私は魅力的なヘレンに嫉妬している。でも自分に自信がなくただその光景を切なく見つめるしか出来なかった。
土曜日はロニーの雄姿を見たかったと後ろ髪を引かれながらも留学生の案内をした。
隣国の公爵令嬢である彼女は博識でなおかつ謙虚で優しい人だ。彼女と過ごすことは私には学びでもあり安らぎでもあった。彼女をもてなしたいという気持ちは本当だった。
案内が終わり夜に寮の部屋に戻ってもヘレンはいなかった。公開試合の結果が知りたかったのでガッカリしながら帰りを待った。
「セリーナ。あなたって随分薄情なのね!」
部屋に戻ってきたヘレンの開口一番の言葉に、ロニーを優先しなかったことを責められたのだと思った。
「でも、留学生の案内は先に決まっていたことで―」
「違うわ。ロニーは試合で大怪我をして病院に入院したのよ。すぐに来るように伝言をしたのに来ないんだもの。ロニーが可哀そうだわ」
目を吊りあげて声を荒げるヘレンの言葉に体が固まった。
「ロニー……が怪我?……どんな怪我なの? 大丈夫なの?」
私はヘレンの腕を掴み問いかけた。
「心配してるふり? わざとらしいのね。怪我は骨折と打撲よ。今は落ち着いている。しばらく入院するそうよ」
「命に別状はないのよね?」
私はロニーが死んでしまうのではと不安で震えながら再度問いかけた。
「そこまで酷くないわ」
ヘレンはそう言うと私の腕を振りほどいて部屋を出ていった。
私はへたり込み涙を流した。もし彼に何かあったらと思うと怖かった。何故伝言が私のもとに伝わらなかったのか疑問に思ったが、それよりも明日朝いちばんに外出許可をもらおうとそれで頭がいっぱいだった。彼の無事を自分の目で確かめたかった。