『姫様は、明日、落ちる』と預言されました。なので、地下に籠もって過ごしていたのに――――オトされてしまいました。
『巫女の預言は、絶対に現実のものになる』
これは、この国で当たり前のこと。
巫女が予言したらば、逃れることはほぼ不可避。
ただ、緩和や軽減させることは可能ではあります。
「ひめしゃまは、あした、おちましゅでしゅ!」
「え?」
御年三歳の巫女さまが、『姫様は、明日、落ちる』そう予言されました。
先月、九八歳の巫女が急逝し、代替わりの義が行われました。
巫女の力が顕現したのは、まさかの三歳の幼女。
「落ちるって、どこに、どうやってですの?」
「わからないでしゅ!」
「えぇ……?」
先日は防衛大臣が中央階段から転落する事故があり、それも巫女さまが預言しました。
ただ『だいじゅんしゃまが、かいだんのしたで、のたうちまわりましゅ!』でしたが。
そして、犯人は大臣にいつもきつくあたられていた、文官で処刑処分になるという悲しい事件でした。
未だ慣れていないのか、幼すぎるせいなのか、巫女さまの預言の内容がハッキリとしません。
ですが、今回は『落ちる』もしや同じように?
「ごめんなしゃい……」
すこし考え込んでいましたら、巫女さまの大きな瞳から、ぼたぼたと透明な雫が零れ落ちていました。
ヤヴァイです! 泣かせてしまいました!
「あぁっ! 怒ってはないですわ! 巫女さまのせいもないですわ!」
「ほんと?」
「ええ! 念のため、今日から地下で過ごしますわね? ほら、そうすれば、落ちようがありませんもの。ね?」
巫女さまが、ぐしぐしと目元をこすり、鼻水を啜り、こくんとうなずきました。
幼い子の泣き顔は、心臓に悪すぎます。
巫女さまのためにも、ということで、王城の地下にある『隔離部屋』に移動しました。
元々は何かしら不始末を起こした王族を謹慎させる為の部屋。
第一王女である私がそこに入るのは、なんだか不本意な気もします。が! 幼子を泣かせるのはもっと不本意です。
二泊する程度の荷物と食料を隔離部屋に持ち込み、侍女たちの同伴はなし。
『落ちる』が絶対に私だけとも限りませんので。
前日の昼過ぎから隔離部屋に入り、何かと気苦労の多い公務や、幼い頃は仲が良かったのに、今は関係をこじらせてしまった婚約者からも逃れられています。
公務をこなせないのは申し訳無いのですが、いつでも厭味を言ってくる婚約者と同じ空気を吸わずに済むと思うと、清々しています。
とくに最近は、両親たちから関係性を見直せと言われており、双方がイライラし気味です。
私は和解したいのに。
彼が頑ななだけなのにっ!
彼のことを考えていると、また胸が締め付けられたり、もやもやしたり、グルグルしたりと、負の感情をいだいてしまいそうでしたので、リラックスして過ごそうと決めました。
普段は出来ない簡素なワンピース姿で、ベッドに寝そべり足をパタパタとさせながら、のーんびりと本のページを捲っていました。
何時間か経った頃、隔離部屋のドアが軽くノックされました。
「はいはい、どうしたの? 来ちゃだめって言ったじゃない」
てっきり心配性の侍女が来たのだと思って、裸足でペタペタと歩いて行き、ドアを開けました。
「やぁ、ヴィオラ」
「…………ごっ、きげんよう、セシリオ」
「あはは、とても歓迎したくないといった顔と格好だな?」
「っ!」
同じ歳で、有力貴族の子息だから……と、そんな理由で生まれたときから婚約者のセシリオ。
深碧の瞳を細めて、にっこりと嗤っています。
パッチリとした目、高い鼻筋、薄く色付いた形の良い唇、サラリとした伽羅色の髪の毛。
見た目はどこぞの王子様。ですが、口を開けば嫌味ばかりの男。
「まぁ、確かに。歓迎していませんが?」
ついつい。彼の真似をして、私も棘が出てしまいます。
負の情動感染ですわね。
「何か用ですの? 嘲りに来られましたの?」
◆◆◆◆◆
生まれたときから決められていた婚約者、ヴィオラ。
気高き血族、国王陛下の第一子、王女殿下。
弟である王太子殿下が生誕される十年前までは、女王に即位する可能性もあり、良くも悪くも彼女は注目を集めていた。
そして、婚約者と定められていた私にも、それは例外なく集まってしまう。
私は幼かった。幼すぎたのだと思う。
王配として生きることになると言われ続け、帝王学をヴィオラと共に叩き込まれ、比べられる。
有力貴族の長子で、本来なら家を継ぐことになるのに、私が王女の婚約者だからと、二歳下の弟に家督は譲られることが決定していた。
王太子殿下がお生まれになり、状況が一変した。
私が家督を継ぐ方向に変え、ヴィオラが嫁入りするように、と王家との話し合いがされるようになった。
その話し合いには参加出来なかったが、控えの間でこっそりと話を聞いていた。
ヴィオラと私と弟で。
「僕は……どうなるの?」
弟がボロリと涙を流した。
自分の地位が崩れ去る恐怖を感じたのだろう。私と同じく。
弟のほうが、恐怖は大きかっただろうと今は思う。
だが、あの頃の私は幼かった。
「大丈夫、大丈夫よ。ヨシュア」
ヴィオラが弟を抱きしめ、頭を撫でている姿を見て辟易とした。
弟はヴィオラが大好きだ。そして、ヴィオラも。
いつも可愛い可愛いと言い、頭を撫でている。
「ヨシュアの頑張りは無にさせないわ。候爵家を継ぐのはヨシュアにして欲しいと陛下にお願いしているの。だから、大丈夫よ」
その言葉を聞いて、私は全てを諦めた。
私は選ばれないのだな、と。
「そうか、愛しあう二人が結ばれるのか。私はずっと邪魔者だったものな」
「セシリオ!」
彼女が何かを訴えるように名前を叫んだが、無視してその場を立ち去った。
それから暫くの間、とても嫌な態度を二人に取った。
思い出したくなくとも、脳裏から離れない数々の酷い言動は、一生悔やみ続けることになるのだろう。
殿下誕生から半年後に発表された内容を知り、ある種の絶望を感じた。
王太子殿下が王位継承権一位に繰り上げ。
ヴィオラの継承権は二位に引き下げ。
我が候爵家の家督は、弟が継ぐことに変更はなし。
私は、成人した時点で王家で休眠させている公爵位の継承。
ヴィオラと私の婚約関係は継続。
それは全てヴィオラが提案してくれたもの。
私も弟も、相応の地位を得るべきだと。
私に与えられるコンテスティ公爵位、それはヴィオラが得るはずの爵位と領地だった。
彼女は自身の地位より、私のことを優先させた。
彼女に守られた。
彼女を守るべきは、支えるべきは、自分だったのに。
恥ずかしさと悔しさとが綯い交ぜになり、彼女に取っていた頑なな拒絶の態度は、あれから十年近く経った今でも続いてしまっている。
――――心から愛しているのに。
◇◇◇◇◇◇
予期せぬ訪問者、セシリオ。
嘲りに来たのかという嫌味は完全に無視されました。
婚約者のなのに、部屋に招き入れてくれないのか? と言います。
自分は婚約者であることが不服なくせに、こういうときだけ都合よく持ち出す。
「……どうぞ、お入りになって。何もない部屋ではありますが」
ソファに案内し、最低限の礼儀として紅茶を淹れて渡すと、感謝の言葉とともに「美味い」と言われました。
「どうされましたの? ちょっと気持ち悪いですわよ」
どうしてこうも、嫌な言葉を紡いでしまうのでしょうか。
何度も後悔して、次こそは! と思っていますのに。
「巫女の預言で地下に籠もっていると聞いてね」
「嘲りに?」
そう聞くと、ハァ、と大きな溜め息を吐かれてしまいました。
びくりと身体が震えてしまいます。
いつも、いつも、嫌な態度ばかり。
好きなのに、好かれたいのに。
幼い頃から側で支えてくれたセシリオ。
家同士の契約でしたが、幼い頃から共に過ごし、支え合いながら学んだ十年近くの時間で恋せずにはいられなかったのです。
弟が生まれて状況が一変しました。
彼はなぜか、自身の弟であるヨシュアと婚約を結び直せと勧めて来ます。
私が好きなのはセシリオなのに。
彼が私を嫌いでも、諦められない程に。
「婚約者なんだ。心配するさ」
「……私が死んだら、爵位が消えるからですか?」
「は⁉」
彼が訳が分からないといった顔をしました。
どうやら、預言の内容までは聞いていなかったようです。
「私が行動しようとしたから、逃げたのではなかったのか?」
「え……セシリオ………………が、私を殺すの?」
「っ⁉ なんでそうなる!」
「キャッ、あつっ……」
彼が叫びながらガタリと立ち上がったせいで、驚いてしまい、手に持っていた紅茶が少し溢れてしまいました。
「すまない! 大丈夫か? 火傷は⁉」
慌てた様子で彼が駆け寄って来てくれました。
両手を取られ、隅々まで見られ、触られます。
「形だけ心配してくださらなくて、結構です!」
エスコート以外で触れ合うことが、とても恥ずかしくて……。
手を取り戻そうと抵抗したのですが、またもやセシリオが大きな溜め息を吐きました。
そして、ふわり、抱きしめられました。
「ヴィオラ、今まですまなかった」
「え?」
「ずっと君に伝えられずにいた」
「な、なにを?」
何を言い出すのでしょうか。
このようにきつく抱きしめて。
もしや――――。
「抱き上げて階段を登り、そこから?」
――――落とす?
「だから、何でそうなるんだ! というか、預言の内容は何なんだ!」
セシリオがイライラとしながら声を荒らげています。
普段は柔らかな雰囲気なのに、時々男らしく、荒っぽいところもある。
そんなギャップがまた恋心を刺激してきます。
モゴモゴと預言の内容を伝えると、セシリオの体から力が抜け、ぐったりと私に体重を掛けてきました。
「おおおおもいぃぃ」
「なんて預言をされているんだよ……バカ」
「っ! バカ? バカってなんですの! 事故でも故意でも、落ちて怪我をしたら、国民に不安を与えてしまうでしょ⁉」
「あー、あー、そうだね。ヴィオラはいつだって、そうだね」
ムクリと起き上がったセシリオが、私の顎をクイッと上向きにしました。
「なんですの? バカに――――んむっ⁉」
「……ん。ヴィオラのバカ。愛してる」
「ふへっ⁉」
重なった唇。
触れ合わせたままで話すセシリオ。
再度重なる、唇。
柔らかくて、甘くて、苦しい。
少しの息継ぎの間に、何度も「愛してる」と囁かれました。
「ずっと、愛していた。ずっと、愛している。陛下には許可をもらった。結婚の準備を進めたい」
「っ、私も。セシリオとの関係を…………もっと、進めたい、です」
両親たちから、もういい年齢なのだから、いい加減に結婚をしなさいと言われ続けていました。
それでも進められなかった。
セシリオに愛されていないと思っていたから。
「ヴィオラ、愛しているよ」
愛されていた。
王族という権力で、無理やり従わせている関係ではなかった。
また恋に落ちてしまった。
「あ…………落ちる、とはこういうことでしたのね」
なんという紛らわしい預言なのでしょうか。
「さて、それはどうだろうか?」
「へ?」
「浮かれて、階段や段差から落ちて怪我をしたら大変だ。今日は、ここに籠もっていたほうがいいだろう」
「っ、そう、ですわよね」
幸せな瞬間だけど、薄暗い地下室。
預言はやはり無視すべきではない。
だけど、すこし寂しく感じてしまいました。
「念のため、明日の朝まではここにいるべきだよ、二人で」
「へ?」
「ん?」
深碧の瞳を細め、にっこり微笑むセシリオ。
いやに『二人で』が大きく聞こえました。
私、色々と大丈夫なのでしょうか?
無事にここから地上へ戻れるのでしょうか?
―― fin ――
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